働き方、生き方…さまざまな価値観が揺らぐ今、ときに自分を、未来を見失いそうにもなりますが、大丈夫! 私たちには“本”があります。雑誌『Precious』5月号では特集「知的欲求を満たすニュー・ノーマル時代の読書案内」を展開中。目利き揃いの読書家たちが"今"を見つめた珠玉のブックセレクトをお届けします。
雑誌『Precious』5月号では特集「知的欲求を満たすニュー・ノーマル時代の読書案内」を展開中。
その特集のなかから、本記事では「代官山 蔦屋書店」文学担当コンシェルジュ・間室道子さんが推薦するフェミニズム文学の新時代を牽引する3人とその作品をご紹介。
フェミニズム文学が注目される今、「男VS女」の先へゆく、女性の解放は男たちをも自由にする、という読み味をもたらす作品をお届けします。
「男 VS 女」のその先へ。フェミニズム文学の新時代を牽引する3人
最近女性作家の活躍がめざましい。今期の芥川賞、直木賞は宇佐見りんと西條奈加だったし、本屋大賞の最終候補作も7対3で女性の作品が多かった。そして世界的にフェミニズム文学が注目される今、わが国にも斬新なトライがある。
このテーマといえば、男社会への怒り、悲しみ、問題提起がまず挙がるだろう。でも「よくぞ告発してくれた」という女性側の満足だけではいけない。私はフェミニズム文学は、男が読まなきゃだめだと思うのである。
あの女性蔑視発言をはじめ、わが国の男性陣は「もはやこういうのはアウト」の全貌がわかっておらず、1件1件「え、ダメなの?」の連続。だから差別や失言が止まらない。一方でフェミニズム作品が「俺たちのひどさが槍玉に」と思われていては、男性読者は手に取らないだろう。
今回紹介する3人の書き手は「男対女」の先に目を向けている。
例えば柴崎友香の『待ち遠しい』には、仕事帰りにお茶とお菓子でささやかな回復をする女たちが出てくるのだが、男性上司は「女の人は、生きるのがうまい」と言った。ほめ言葉ではなく、俺たちに比べて贅沢だね、オトクだね、という口ぶりで。
女性主人公は怒る代わりに、「うまい」方法だと知っているなら、男たちはなぜそうしないのか、それを阻んでいるのは何なのか、思いを巡らせる。
藤野可織の『来世の記憶』には、森の奥にいる怪物を虐待しに行く女の子たちが出て来る。怪物とは何か、考えさせられる作品だ。
山内マリコの『あたしたちよくやってる』の一作では、年上男と若い女のカップルだらけの高級鮨屋で、女の子が自分のお相手の中年男にセクハラ発言をされる。
この話はどうしたら「平等」になるのか。大将が女だったら、お客の大半が中年女性と若い男だったらなど、考えをふくらませたくなる。「これは何とかしなくちゃ」と思う心は男女を問わないのだ。
女性の解放は男たちをも自由にする、という読み味を、ぜひ彼らにも。
■1:藤野可織|不穏な空気に満ち溢れたミステリアスな作品世界
1980年京都府生まれ。'06年『いやしい鳥』(河出文庫)で文學界新人賞を受賞しデビュー。'13年『爪と目』(新潮文庫)で芥川賞を受賞。『おはなしして子ちゃん』(講談社文庫)収録の一編を長編にした、女子高生探偵とその助手との女子バディ物語『ピエタとトランジ〈完全版〉』(講談社)も好評を呼んでいる。子供の頃から映画好きで、ニコラス・ケイジの大ファン。(撮影/佐山順丸)
『ファイナルガール』
人工物でつくられたビルの中のキャンプ場で快楽のないキスをする中学生男女、男性ホルモン全開で血と暴力にまみれていながら純潔なマッチョ俳優など、現代の清潔で無菌な状態にいる人々の欠落が描かれる7話。表題作は連続殺人鬼たちとの死闘でなぜか毎回「最後のひとり」になる女性のお話。
確かに多くの映画で、若く綺麗な娘や母性溢れる女性が「ファイナル」になるが、本書の主人公がある場所、ある状態でなお戦うラストは圧巻!
『来世の記憶』
女性の息苦しさを描いた20編を収録。死ではなく鮮度が落ちることを恐れて冷蔵庫で眠る女の子の話、非正規雇用の女性の失踪から始まる壮大な反乱など衝撃作揃い。
でも「自分をどうにでもできる力をもった人の顔色をうかがいながら生きる」「長いこと変わらない法律や世間のイメージに従わされる」―これは女たちばかりではない。BLACK LIVES MATTER運動やLGBTQなど、世界で今起きているさまざまに広く重ねることができる傑作。
■2:柴崎友香|時の流れのなかで描き出す人と人、人と街の物語が見事!
1973年大阪府生まれ。'00年に『きょうのできごと』(河出文庫)でデビュー。'10年『寝ても覚めても』(河出文庫)で野間文芸新人賞、'14年『春の庭』(文春文庫)で芥川賞を受賞。連載10年目に突入した『よう知らんけど日記』(京阪神エルマガジン社)では、テレビや漫画、ライブ、アートの話も。近著は社会学者・岸政彦との共著エッセイ『大阪』(河出書房新社)。
『百年と一日』
どれも長い時をはらんでいるのに数ページで終わる異色の本。幼い頃から大根好きな主人公が大人になって海を渡り、大根文化のない町で栽培を始めて7年、「大根料理教室」を開いて10年、の話は3ページ。ある国で戦争が起き、終わり、その後内戦があり、そして、という物語は6ページ。
男性が「時代、人物、成果」を描くのに対し、女性作家は時の流れそのものを描くのがうまいのだろう。安らぎが、お話の目撃者である読者の胸に満ちてくる。
『待ち遠しい』
主人公の春子は39歳で独身。新しい大家である60代のゆかり、ゆかりの甥の妻である20代の沙希が彼女にからみ、物語は進む。社交的なおばちゃんキャラに留まらないゆかりの抱えているもの、若い沙希が時折ぶつけてくる失礼さ。ぎくしゃくしたところを残しながらも3人は交流を続け、ある事件を共に乗り越える。
新しい「つながり」を示す物語であり、場面のほとんどが庭先、離れ、母屋、職場といったご近所なのに、とても広い世界が見える作品。
■3:山内マリコ|「地方と東京」「女の友情」をテーマに無二の存在感を発揮
1980年富山県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。'08年に『₁₆歳はセックスの齢』で第7回「R-18文学賞」読者賞を受賞。'12年に同作を含む短編集『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎文庫)でデビュー、映画化の際はエキストラとして出演も。アート好きで、自腹で企画展を巡ったエッセイ『山内マリコの美術館は一人で行く派展』(東京ニュース通信社)も好評。
『あのこは貴族』
典型的な「東京の名家の箱入り娘」である華子と、ガリ勉して慶應義塾大学に入学したものの、周囲との格差に打ちのめされる地方出身の美紀。彼女たちが青木幸一郎という男をはさんで出会うところからドラマは急展開する。
「彼はどちらを選ぶのか」という話ではないのが読みどころで、女ふたりは手を組み、「東京」「金持ち」「育ちがいい」の三拍子だけでつくられた日本社会の尋常でない狭さと戦う。映画化も話題の、スリリングで心にずっしりくる傑作。
『あたしたちよくやってる』
「地方と都会」に始まり「男と女」「外国人と日本人」など対比するものの視点を入れ替えて浮上する社会のおかしさを描いて人気の著者の代表作。
「ショートストーリー」「エッセイ」、そして小説とも日常の思いの吐露ともとれる「スケッチ」で構成されており、さまざまな目線のチェンジが、気づかなかった世界を見せてくれる。おすすめのひとつはアメリカの生理用品ブランドが制作し、再生回数6千万回を超える動画についての考察「ライク・ア・ガール」。
※掲載した商品はすべて税込です。
- PHOTO :
- 唐澤光也(RED POINT)
- EDIT&WRITING :
- 剣持亜弥(HATSU)、喜多容子(Precious)