連綿と先人が築いたスーツの不文律。ときに則り、ときに崩す。その自在な抜き差しこそが、装う根底にある醍醐味だ。知的なゲームを解き明かすヒントは、このスタイルのなかにある。
男の琴線に触れる、スーツという愉しみ
歴史にオマージュを捧げ、今を体現するボールドスーツ

スーツという枠組みがあれば、いともたやすく時代を往来できる。例えば、こちら。ジャケットはダブルの6ボタンだが、下ひとつ掛け。パンツはやや太めのストレート。'80年代後半のバブル期のにおいを感じるか、その源流ともいえる20世紀初頭アメリカのボールドルックを感じるか。どちらの解釈も自由だ。日本が誇る〝リングヂャケット〟の技術により、肩パッドなしでも立体的なフォルムに。ウール×シルク×リネンによるツイーディな素材感は、軽量で美しい。真っ白なシャツにポルカドット柄のタイで、チャーミングな印象も潜ませて。
定番の夏素材シアサッカーが見せる進化により趣も深化する

うつろう季節に思いを馳せ、その微細なニュアンスを装いに宿せるのだから、スーツはおもしろい。その大役を担うのは、素材だ。クラシックの世界には天然ものにこだわる至上主義者もいるが、世は21世紀。コットンのシボ素材として認知されるシアサッカーもまた進化している。例えば、生地メーカーでもあるゼニアは、自慢の銘柄素材「トロフェオ」ウールをベースに、シルク、リネン、エラスタンを混紡することで、伸縮性、さらなる通気性、心地よい肌触りを実現。時代の要請に応える先端的な素材で、その趣を堪能させてくれる。
懐かしさを漂わせる、ヴィンテージテイスト

日本を代表するファッションディレクター・鴨志田康人さんが手掛けるポール・スチュアートの一着。ゴージ位置の低い幅10.8mmのワイドラペルジャケットとインプリーツ仕様の2タックパンツからなるセットアップはどこかクラシカルなエッセンスが漂う佇まい。ヴィンテージウエアを思わせるスモーキーなグリーンのギャバジンの素材感も含めて、遡る年代までをも「ブレイキングルール」の一部にしてしまう。そうした懐の深さが、我々を惹きつけてやまないのだ。

巧みな小物使いを受け止める、モダンなテーラリングが有名な北イタリアのカルーゾによるスーツ。ラペルにキラリと輝くのは、ロック&キーをモチーフとしたTASAKIのゴールドジュエリー『ア・シークレット』だ。自らが、まだカギのかかってない「空き物件」であることを仄めかすのか、あるいは、これからの話は他言無用の「秘密」なのか。会話の端緒としては申し分なし。一方のフレスコタイに入る赤いラインには、勝負どきの気概、あるいはラッキーカラーを重ねてもいいだろう。いずれにしても、話が盛り上がるか否かは貴殿しだいなのだ。
インスピレーションを与えてくれるスタイルアイコン

クラシックのルールは、それを崩してきた先人たちが新たに生み出したものの積み重ねでもある。スタイルアイコンの技を真似ることは、自らのスタイルメイキングの礎にもなりうるだろう。過去の名作を模写する画家のように。フィアット創業者の孫にして元名誉会長ジャンニ・アニエッリは、下の世代にも数々の影響を与えたウェルドレッサー。タイのノットはややずらしたり、小剣を長く結んだり。シャツのカフは留めず、ときには大胆にその上から腕時計を巻く。スーツにワークブーツという選択も。そんな手練手管をモダンなスーツに合わせて現代流にアレンジしてみる。

- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2021年春号より
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- PHOTO :
- 谷田政史(CaNN)
- STYLIST :
- 坂井辰翁
- HAIR MAKE :
- 宇津木 剛(PARKS)
- MODEL :
- Matthieu
- WRITING :
- 髙村将司