「私たちの作る江戸切子は、出来上がったときが完成ではありません。たとえば酒器だったら、使い手がそこに酒を注ぐことで完成する、と思っているのです」
江戸切子のブランドとして海外からも注目されている“堀口切子”の代表・堀口徹さんは、そう語る。ここで紹介するのは、三代秀石を名乗る江戸切子職人である堀口さんの代表作であり、“堀口切子”ブランドのロング&ベスト・セラーのひとつである「万華様切立盃」。好みの銘柄の夏酒を、そこに注いでみる。そんな情景を想像しながら、とくと眺めてほしい。
無限の広がりを美しく見せる「万華様」のぐい呑
万華様切立盃(まんげようきったてはい)は、「まるで万華鏡のよう」という呟きをその名にした“ぐい呑”。初めて手にしたときは「江戸切子にしてはシンプル?」と感じるが、上から覗き見ながら丁寧に酒を注いでいくと、ため息が出るほど美しい姿を目の当たりにすることに。そして、「ほんとうに万華鏡だ」と呟くことになる。
江戸切子には伝統の文様がいくつもあるが、この万華様は、堀口切子オリジナルの文様。無限の広がりを見せる現代の切子なのだ。
この万華様切立盃は、現在4色の展開がある。その中から2つの色を紹介する。
ひとつは、「青藍被(せいらんぎせ)万華様切立盃」の名前でラインナップされている、深みのある藍色の酒器(写真右)。クールな印象の漂うこの色は、堀口さんがハンガリーに行ったときに立ち寄ったレストランで目の前に出され、一瞬にして魅せられてしまったガラスの皿の色を再現したものだという。
そしてもうひとつは、堀口切子の酒器のなかでも人気の高い、黒。「黒被(くろぎせ)万華様切立盃」の名で呼ばれるこの一品(写真左)は、他の色の万華様切立盃より、ひとまわり大きなサイズになっている。そのため、ぐい呑として楽しむのはもちろんのこと、ウイスキーを注ぐショット・グラスとして愛用するのにも適している。ウイスキーを注いだら、透明と黒のコントラストのモダンさと、芳醇なウイスキーの色との重なりを、しばし堪能してから口元に運びたい。
「ワインコップ」という江戸切子の酒器の新しいかたち
もうひとつ紹介したいのは、長年、堀口切子が大切にしてきたデザインを施した「ワインコップ」。その誕生までには、こんなストーリーがある。
東京・茅場町にある人気のイタリアン・レストラン「ターブルドット」のオーナー日暮勝秋さんが、フィレンツェのトラットリア『ソスタンツァ』を訪れたときに目にしたのが、脚のないグラス(=コップ)でワインを楽しむ人々。その日から日暮さんが抱くようになった「気軽にコップでワインが楽しめる文化を日本でも広めたい」という思いに賛同する人たちが、試作を繰り返してワインコップを製作。それはシンプルながらワイン本来の味や香りをしっかりと引き出す理想的なコップだった。その第一号のワインコップが生まれたストーリーに共感を覚えた堀口さんは、日暮さんを囲むプロジェクトへの参加を申し出た。そして、そのコップに、堀口切子が長年大切にしてきた“パールカット”と呼ばれる玉状のカットを施すことにしたのだった。
実は、堀口家にはパールカットのコップがたくさんあった。それを子供のころから普段使いしていた堀口さんは、いつかこのパールカットを堀口切子ブランドでリバイバルさせたいと思うようになっていた。それが、ワインコップという意外なかたちで実現した。
こうして堀口切子のラインナップに加わったワインコップは、側面に玉状のパールカットが並び、底面には放射線状に菱カットが施されている。かたちはとてもシンプルで、彩もはぶいた透明の江戸切子。手にすると伝わってくる硝子の重みも心地よい。最初はよく冷やした白ワインを、次は少し樽香のきいた赤ワインをいただこうか‥。ひとりでも、仲間と一緒でも、ワインを楽しむ時間がもっと愛おしくなるにちがいない。
※価格はすべて税込です。
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- TEXT :
- 堀 けいこ ライター
- PHOTO :
- 島本一男(BAARL)