昭和を生きた大人の男にとって、機械式のカメラとは必須のスキルであり、趣味でもあった。そんな古きよき時代は安価なデジカメやスマートフォンの跋扈によって終わりを告げたが、その反動は今、確実に押し寄せている。新旧問わず本物の質感を持ち、本物の写真が撮れるカメラが、再び高度な審美眼を持つ男たちを魅了しているのだ。『ライカ』に代表されるそんな本物のカメラを、われわれは「ラグジュアリーカメラ」と名付けたい。なぜならそれを手に入れることは、男たちのライフスタイルを新たな境地へと誘ってくれる。

携行する人物の品格を上げてくれる希有なカメラ

『ライカ』は、ドイツが生んだカメラ界の至宝である。ご存じのとおり、写真撮影装置としてのカメラはフランス人が発明し、登場の初期は木製だったがゆえに指さし物ものの技巧に秀でた英国産が主導権を握り、その筐きょう体たいが金属製になるとドイツに生産の主流が移っていったのだ。

ライカを代表するレンジファインダー機

フルサイズの撮像素子を備え、ライカMシステム用レンズの描写性能を余すところなく捉える、世界でただひとつのデジタルカメラ。正確な光学式レンジファインダーに加え、動画撮影やライブビュー機能も備えている。上位仕様としてプロフェッショナルユースを意識した『ライカM-P』もある。いずれのモデルもシルバークロームとブラックペイントの外装仕上げが用意されている。左・『ライカM(Typ 240)』¥870,000・レンズ(アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.)¥920,000(ライカサポートセンター)

 そんなエピソードとともに、私の幼なじみの父上は、訪ねるたびに毎回違う『ライカ』を差し出して説き聞かせてくれた。ご本人は東京大学の建築学科出身で磯崎新氏と同窓でありながら、東京の東日本橋で和装小物問屋を商う家業を継いでいた。この界隈の二代目の例に漏れず、仕事を離れた趣味の世界にも血道をあげていた。蒸気機関車、軍艦、ステレオ装置、長唄や端唄にお座敷遊び。もちろんカメラも大好きで、主に『ニコン』と『ライカ』を熱愛していた。『ニコン』の丈夫さに全幅の信頼を寄せながら、お座敷に持っていくカメラは『ライカ』と決めていた。なんとも雰囲気のあるモノクロで芸妓を撮った写真を見せられて「やっぱり『ライカ』ですか?」と問えば、「こんな所に『ニコン』を持っていったら場の雰囲気が硬くなるでしょ」と、いかにも趣味を極めた粋人らしいコメントが返ってきたのだった。『ライカ』は、最高級のカメラなのに存在感が控えめで、決して変に目立つ所がない。もしも、カメラにドレスコードが適用されるとするならば、いかなるフォーマルな席にも対応できるだろう。あなたのカメラが『ライカ』であれば、宮殿、礼拝堂、美術館から墓地に至るまでカメラを持っていることに気後れすることなく立ち振る舞えるだろう。

 この感覚は、被写体に対峙する撮影者の心構えにもよい影響を与えるのだと思う。『ライカ』を持っていれば、撮るべき状況で一歩踏み出していく勇気が湧く。逆に『ライカ』を持つことで、撮影者は『ライカ』で撮るに値するか否かを常に意識させられるから、品位に欠けたショットを削減するのにも役立つのだ。

生涯の楽しみになる奥深きレンズの世界

高性能な現行品に加え、過去の名作レンズも装着可能だ。上右/(ズマリットM f2.4/75㎜)¥250,000・上左/(ズミクロンM f2/28mm¥500,000(ライカサポートセンター) その他/私物

 幼なじみの父上のコレクションの中から、初めての『ライカ』を譲り受けて30年近くの年月が経過した。一眼レフカメラしか使用経験のなかった私にとって、『ライカ』のレンジファインダーは異文化そのものであり、その鮮明な視界にひどく緊張していたことを思い出す。いつしか私の所作は『ライカ』によって磨かれ、ごく自然に撮影できるに至った。

 こうして身体が憶えた『ライカ』での撮影方法は、新鋭機のデジタルMシステムを扱うときにも適用される。さすがにフィルムを巻き上げる動作は必要ないけれど、それ以外のアクションは現在の、過去の、そして未来の『M型ライカ』に共通のものだ。紳士の嗜みとして、『ライカ』の使い方を身につけている。そんな表現でカメラのことを語れるのは、やはり『ライカ』しかない。(文・ガンダーラ井上)

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