懐かしのアイテム、ポケベル。1990年代に女子高生を中心に大流行したものの、やがてPHS、携帯電話の普及に伴い利用者が減り、そのまま姿を消したかと思われました。
そのポケベルの技術がなんと今、防災分野で活用されているというのです。
ポケベル波を利用した防災サービスを展開する、東京テレメッセージ株式会社の清野英俊社長は「携帯は便利。スマホはもっと便利。他方、ポケベルができるのは、ただ文字を伝えるという一点のみ。しかし、だからこそポケベルには、ほかの通信手段にはない圧倒的な強みがあるのです」と語ります。
一体どういうことなのか? ポケベルの今について、清野さんから解説していただきました。
■1990年代にタイムスリップ!ポケベルあるある5選
ポケベルの最新技術について解説する前に、まずは約20年前にタイムスリップして、当時の思い出を振り返っておきましょう。
(1)登場時は、「プライベートな連絡が取れる」革命的ツールだった
ポケベル出現以前の連絡手段といえば、もっぱら自宅の固定電話。友人や恋人と連絡をとる際、電話口に本人以外の家族が出ると「○○と申しますが、~~さんいますか?」などと、かしこまって取り次いでもらわなければいけない……という(厄介な)時代でした。
そんななかで、プッシュ回線の電話から個人にメッセージを送れるポケベルは、まさに人間関係に革命を起こしたツールだったのです。特に、男性にとっては「電話口に彼女のお父さんが出たら、どうしよう……」という緊張から解放してくれる、救世主でありました。
(2)数々の暗号が登場
0840=おはよう、724106=何してる、14106=愛してる。初期のポケベルでは数字しか受信できなかったため、語呂合わせによるさまざまな暗号が生み出されました。
上で挙げたのはメジャーなメッセージですが、女子高生の仲間内では次々と暗号が編み出され、使い慣れていない人だと、数字の羅列の解読に苦労することも……。
(3)ベル打ちでは入力ミスも……
11→あ、12→い、し→32、て→44、る→93……というように、電話機から数字だけでなく日本語も送れるように進化したポケベル。
数字の語呂合わせに縛られず、より自由度が高まったものの、打ち間違えで意味不明なメッセージになってしまう……という現象も多発しました。
(4)公衆電話に大行列
携帯電話やスマホと異なり、ポケベルは受信専用機。受け取ったメッセージに返信するには、公衆電話などプッシュ回線式の電話を使わなければいけません。
このため、高校や大学の休み時間には公衆電話に行列ができるのが、当時の日常茶飯事。また、外出中にメッセージを受け取ったら、条件反射的に公衆電話を探したものでした。
(5)女子高生は早打ち名人
公衆電話でもたもたしていると後ろにどんどん行列はできるし、長引けばそのぶん、電話料金もかかるため、いかに早く正確に数字を打つかが当時の至上命題。
日本語入力するのに、サラリーマンが対応表を見ながら四苦八苦する一方、女子高生が慣れた手つきで早打ちする……なんて光景も、駅の公衆電話でよく見かけられたものです。
■「ポケベルがスマホに勝てる」唯一の強みとは?
前掲のように、1990年代にひとつの文化を形成していたポケベル。当時としては画期的なツールであったものの、21世紀に入ってからはPHS、携帯電話、そしてスマホが普及し、ポケベルは過去の産物と化したかのように思えました。
たしかに、スマホは通話ができて、画像や動画も送受信できる。他方で、ポケベルができることといえば、文字を受け取ることだけ……。
しかし、冒頭で清野さんが語ったように、このように機能が特化しているからこそ、ポケベルには他の通信機器にはない強みがあるのです。それは圧倒的な受信能力。その強みを生かして、今ポケベルの技術は、防災情報を伝えるのに活用されつつあります。
自然災害やミサイルの発射など、人命にもかかわる防災情報を自治体が住民に伝えるのに、ポケベルの技術がいかに適しているのか? 次項以降でご紹介していきます!
■首都圏直下型地震が起きても、基地局が停電しない
2011年の東日本大震災の際には、大規模な停電が発生して基地局もその影響を受けたため、スマホや携帯が使い物にならなかったのは記憶に新しいところ。災害時の停電にどう対応するのかは、情報通信機器の課題ですが、実は、ポケベルはこの課題をクリアしているのです。
2017年11月現在、ポケベルの基地局は東京23区内に8つ。もし、首都圏直下型地震が発生しても、このうちのどれかひとつだけでも機能していれば、23区内に情報を届けることは可能だといいます。
そんなことを言っても、被害が甚大で8つの基地局が全滅ということになったら……? ポケベルに限っては、その心配はありません。東京都庁、皇居、国会議事堂といった施設で停電が起きるような最悪な事態でも、東京23区内でただ1箇所だけ、電力が途絶えない場所があります。
それは東京電力本社です。いわば電力の心臓ともいえるこの場所は、日本でもっとも停電が起きにくいといっても過言ではありません。ポケベルは、その東京電力本社の屋上に基地局を有しています。そのため、どんなに深刻な被害が生じても停電の影響を受けずに、ここから防災情報を発信することができるのです。
■ポケベルは窓を通過するのに適した波長
地震や台風などの災害が発生した際、屋外のスピーカーがその状況を伝えるのを聞いたことがあるでしょう。あれは防災行政無線という昔から使われているシステムですが、住民に確実に情報を伝えきれていないのが現状です。
去る11月14日午前11時、防災行政無線の訓練放送が全国で一斉に行われたのをご存知でしょうか? 自治体の事前告知を見逃した人では、気づかなかった人も多いはず。
まず、屋内にいると音がはっきりとは聞き取れない。建築物の防音設備は、日常の静謐な環境を保つのに役立ってくれますが、災害時にはそれがアダとなるおそれがあるのです。この点、ポケベルでは家の中での戸別受信機で情報をキャッチするので、音が聞こえないという問題は発生しません。
また、ポケベルで使われる電波(ポケベル波)の波長の長さにも、情報を確実に伝える秘密があります。
波長の大きさは、防災行政無線(5m)>ポケベル(1m)>スマホ(10cm)。防災行政無線(5m)は波長が大きすぎて、家の窓を通り抜けることができません。では、波長が小さければいいのかというと、そうとは限らず、スマホ(10cm)の波長だと小さすぎて、窓の材質に遮られてしまいます。
ポケベルの波長が、窓を通過するのにもっとも適したサイズだといえるのです。
■ポケベルはデータ伝送速度が適切
仮に電波が家の中に届いても、受信機がそれをしっかりキャッチしなければ意味がありません。その受信具合を決めるカギとなるのが「データ伝送速度」です。
これは野球のピッチャーとキャッチャーにたとえることができます。プロのピッチャーの150キロの剛速球を、素人のキャッチャーが受けとめることはまず無理ですが、芸能人が始球式で投げるような、ゆるやかなボールであれば、キャッチすることができますよね。
この点、ポケベルのデータ伝送速度は1,200bpsと、ゆっくり目。これが防災行政無線では20倍の24,000bps、スマホだと100万bpsにも及ぶとのことです。
このようなデータ伝送速度の違いは、伝える情報の複雑さによります。音声、画像、動画といった複雑な情報を伝えるには、ハイスピードを要しますが、他方で、文字だけ伝えるポケベル波だからこそ、受信機が受け止めやすいロースピードが実現可能なのです。
■現在、ポケベルはさらに進化をとげている
さて、再三にわたってポケベル=文字だけ受信と述べてきましたが、今のポケベルはさらに進化を遂げて、音声による表現も可能となっています。
電波が伝えるのはあくまで文字情報なのですが、それを受信機の側が音声に変換する技術が、10年ほど前に開発されたのです。そして現在では、アナウンサーのような自然な音声での再生が可能に!
大災害が発生するとパニックに陥って、文字情報を落ち着いて確認するどころではない、という状況もあるでしょう。しかし、現在では文字だけでなく音声でも災害情報を伝えることができるので、ポケベルの有用性がより高まっているといえるのです。
2017年11月現在、ポケベル波を利用した防災システムを採用している自治体は、東京23区内では江東区、豊島区、千代田区、港区、北区の5つ。これからもポケベルの進化を見守るとともに、お住まいの地域でこのシステムが導入されるのを願いたいものですよね。
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- Precious.jp編集部