日本における紳士と言えば、マナーに優れ、レディファースト。地味だが、手入れの行き届いた英国風味のかちっとした服装の男、というイメージがある。ダンディのほうは、ほぼ一般的な意味での「粋」の意味に近く、すぐれた審美眼の持ち主で、シガーやヴィンテージカーなど趣味にもうるさく、服装にはその人独自のセンスが光るといった具合だろうか。両者を交え「あの人、紳士的で、ダンディ!」という形容だって日本ではありうる。

だが、厳密に言えばこの両者は違う。限りなく正反対に近いと言ってもよろしい。紳士は英国の王族・貴族、その下に位する紳士階級らに代表される支配階級の「あるべき姿」を象徴している。

控えめな装いを貫いたフィリップ殿下

1921年にギリシャ王家に生まれたフィリップ殿下は、1947年に英国王女エリザベスと結婚。エジンバラ公爵として長年にわたって女王を支え続けたのち、2017年にすべての公務から引退した。質実剛健でだれの目も惹かないその装いこそ紳士の理想的なファッションと、通人からの評価が高い。写真は1951年に撮影されたもの。
1921年にギリシャ王家に生まれたフィリップ殿下は、1947年に英国王女エリザベスと結婚。エジンバラ公爵として長年にわたって女王を支え続けたのち、2017年にすべての公務から引退した。質実剛健でだれの目も惹かないその装いこそ紳士の理想的なファッションと、通人からの評価が高い。写真は1951年に撮影されたもの。

王室を尊び、質実剛健にして寡黙。フェアプレーを愛し、冒険心に富むといったところでしょうか。対してダンディは、階級的なモラルよりも美を優先する趣味的、唯美的生き方である。前者が王道なら後者は覇道だ。

服装で言うなら、紳士は必要と目的のために服を着るが、ダンディは着るために着る。貴族出身のウインストン・チャーチルの服装は、優れて紳士的ではあるが、実用第一だ。ダンディの代表であるボー・ブランメルは、シャツの白さやクラヴァット(後のネクタイ)の結び目には異常に凝ったが、その出自は、貴族でもなんでもない。

大雑把なもの言いをすると、ダンディは、後に現れる作家のオスカー・ワイルドやフランスの詩人シャルル・ボードレールなど非上流階級が提出した紳士への異議申し立てなのである。

本来、紳士路線まっしぐらであるべき英国王室にも、実は、ダンディ路線が存在する。

エリザベス女王の旦那であるフィリップ殿下の服装など、質実剛健かつ伝統的で、うわついたところはひとつもない。それが息子のチャールズ皇太子にもきっちり受け継がれている。

英国王室史上に残る洒落者ウィンザー公

王冠をかけた恋で知られる、史上最強のダンディ、ウィンザー公(1894~1972年)。自らの美意識に則り、装いからライフスタイルにいたるまで、英国王室の厳格なルールをことごとく打ち破った。ちなみに有名なネクタイの結び方「ウィンザーノット」は、実はウィンザー公とは無関係。

ところがエリザベス女王の伯父にあたるウインザー公(エドワード8世)は、「洒落者」で有名だった。国よりも女性を愛し、世界は彼のチェックの上着やワイドカラーのシャツ、明るくスポーティな色づかいなどの新鮮なスタイルに目を見張ったのだった。

もし彼が1936年に退位しなかったら……覇道のダンディファッション真っ盛りの王室を想像するのはそれはそれでちょっと楽しい。

この記事の執筆者
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PHOTO :
Gettyimages
WRITING :
林 信朗( 服飾評論家)