世界でもっともスペシャルなポルシェを作るのが、カリフォルニアの「シンガー」だ。いわゆるシンガー・ポルシェは、米国をはじめ、世界の富裕層の憧れである。シンガーがユニークなのは、クルマは売らない点。顧客が持ちこんだ911をレストアするのが、シンガーの仕事。ただし、レストレーションの解釈が、世間一般よりかなり幅広い。
2021夏、最新作「ユニコ」が登場!
2009年にロブ・ディキンスンが操業したシンガーの“仕事”は、ポルシェ911ただし、シンガーはみずから手がけたモデルを、「911 Reimagined」と呼ぶ。
リイマジンドとは、再解釈。自分(たち)にとって理想の911はこれでしょう、と前出ディキンスンと彼のチームは、徹底的に手を入れる。シャシーからサスペンション、エンジン、それに内外装まで。オリジナルを壊さず、クールな要素を付け足す。それが「Reimagined」のゆえんだ。
たとえば、2021年夏に発表された最新作「ユニコUnico」では、顧客のポルシェ964(1989年−93年の第3世代の911)を対象にしたレストアのサンプルだ。
ベースになっているのは、シンガーが打ち出した「ダイナミック&ライトウェイティング・スタディ」(DLSとシンガーでは呼ぶ、動的性能と軽量化の研究)。もう30年ちかく前の911をベースに、軽量化と高出力をどこまで実現できるか。自動車好きのあいだでは、以前から話題になっていたプロジェクトだ。
はたして、シンガーは、このプロジェクトのために、英国の「ウィリアムズ・アドバンスト・エンジニアリング」と手を組んだ。F1の経験も豊かな会社ゆえ、はたして結果は見ものだ。
空冷水平対向6気筒ユニットに4バルブヘッドを載せ、圧縮比も吸排気効率も最適スペックで調整。自然吸気(ノンターボ)のまま500馬力(発生回転数は9000rpm)を実現してしまった。
サスペンションはダブルウィッシュボーン式に再設計したもの。理由は大トルクで駆動されるタイヤをしっかり設置させるためと、車体のコントロール性だろう。ABS、トラクションコントロール、スタビリティコントロールなども搭載される。
カーボンファイバーのボディも同様。空力、軽量化、高剛性と、すべてにわたって最適のスペックが目指されたそうだ。ギアボックスも軽量マグネシウム製とレーシングカーのよう。
同時に、ミシュランには、パイロットスポーツ・カップ2タイヤを専用スペックで開発してもらい、それにセンターロック式のマグネシウム軽量ロードホイールを組み合わせている。
生産可能台数は75台といい、今回のユニコはその最初の1台として、お披露目された。価格は公表されていないが、だいたい3億円少々とか。最新のニュースでは、このクルマを含めて75台の「シンガーDLS」はすべて売り切れたそうだ(予約が入ったというほうが正しいかな)。
「ハリウッド」コミッションの真意は…!?
私はかつて、英国のモータースポーツのイベント「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」で、シンガー・ポルシェをじっくり眺めさせてもらったことがある。
加速性とかコーナリングはわからなかったのが残念であるものの、内外装の作りこみはすごかった。それにエンジンルームの眺めも、911ファンなら感激のあまり卒倒しそうな美しさなのだ。
今回、シンガーがDLSを発表した舞台は、米国西海岸モンタレーで開かれた「ザ・クェイル、ア・モータースポーツ・ギャザリング」だ。ウルトラレアなスポーツカーが集まるだけでなく、世界のスポーツカーメーカーが、プロトタイプを含めて、超ド級のプロダクトをお披露目することでも知られるイベントである。
シンガーでは、加えて、もう1台「ハリウッド」コミッションと名づけた、オーナー、ディキンスンの69年型911Eをベースにしたモデルも持ちこんだ。
こちらは馬力は公表されていないものの、カーボンファイバーボディや、特別に組んだ6段マニュアルギアボックスなど、やはり徹底して、自分の理想のポルシェとして”リイマジン”したモデルのようだ。
ハリウッド・コミッションっていえば、映画をはじめとする娯楽産業におけるセクシャルハラスメントなどを止めさせる「ハリウッド委員会」と同名ではないか。
命名の意図は発表されていないようだ。ただよくみてみると、シンガーでは、ユニコも「ユニコ」コミッションとしているので、ひょっとしたら、映画界とは関係ないかもしれない。いろいろと人心を騒がせるのが好きなのが、シンガー、ということか。
- TEXT :
- 小川フミオ ライフスタイルジャーナリスト