essay


積極的に短編小説を読むほうではない。閃きに次々感心するあまり、さてそれぞれどういう話であったかと中身が霞んでしまうことがままあるからである。慌てて読み進めれば余計にそうなるので、一編読んでは置いておき、またしばらくしてからもう一編と、数日かけて、長いディナーを楽しむように読み進めることが多い。

最初の一編「アンティーブの三人の太った女」はまさに見事な前菜。『月と6ペンス』も未読の私は初モームであるゆえ予測は不能であったが、実にウィットに富んでおり、小気味よい結末をひょいと投げ込まれる。前菜と言っても決してあっさりし過ぎず、たとえばパクチーとブルーチーズのような強い個性を混ぜ合わせたら、こんな素敵な味わいのサラダになるのかといったような歓びを与えてくれる。これは二編目を読み始めずにはいられない。

「征服されざる者」の衝撃。同じ作家が書いたとは思えないほどの冷徹な筆致。あっという間に読み終えたのに、長編を読破したような疲労感。私はここで一度本を置いた。とっておきのステーキを口に入れた途端、その芳醇に、胡椒を利かせた白色の濃厚ソースに、ミディアムレアの完璧な焼加減に舌鼓を打つ。思わず訳者の金原さんにメールをお送りしてしまった。シェフに賛辞を贈らずにいられなくなったというわけだ。

半月ほどして、また先を読み進める。ここからまたバラエティに富んだ作品群がずらりと並ぶ。「マウントドラーゴ郷」は一転してまさにロアルド・ダール的怪奇色を帯びる。「サナトリウム」にはまるで違う爽やかな清廉な風が漂うし、「ジェイン」の痛快さといったらない。短編集はゆっくり読み進めたい私も、今回は無理であろうと覚悟を決め、すっかり腹を空かせて、いっきに読み進めたというわけだ。

表題作の軽やかな結末。編集の素晴らしさに、思わず声が出た。

この記事の執筆者
1975年、東京都出身。1996年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。2008年、文化庁新進芸術家海外研修制度にてロンドンに1年間留学。2011年、「葛河思潮社」を始動。近年の作品に舞台『浮標』演出・出演、『夢の劇─ドリーム・プレイ─』台本・出演、『ツインズ』作・演出、『十一ぴきのネコ』演出、『かがみのかなたはたなかのなかに』作・演出・出演、『蛙昇天』演出など。また俳優として、NHK『あさが来た』、NTV『Dr.倫太郎』、WOWOW『グーグーだって猫である』シリーズ、映画『バケモノの子』、TOKYO FM『yes!~明日への便り~』など積極的に活動。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。 好きなもの:サム・ペキンパー、鰻、文房具(特にノート)、散歩、澁澤龍彦、カレー、ロンドン、春の祭典、高校野球、ナイツ、広島東洋カープ、塚本晋也監督『野火』、ソーセージ、冬、猫のいる生活、足、三好十郎、空いているバス、そば屋で昼酒、昔の原宿、本屋、『宇宙戦争』、日曜の朝のラジオ、有元利夫、早川義夫、下北沢ザ・スズナリ、アントニオ・タブッキ、CAMPER、市川紗椰、諸星大二郎
クレジット :
撮影/田村昌裕(FREAKS) 文/長塚圭史
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