脚本家トニー・クシュナーの鋭い視点が光る
「マンハッタンの今リンカーン・センターがあるあたり」。ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』(West Side Story)の舞台となった地域を説明する際に必ずと言っていいほど使われる表現だが、スティーヴン・スピルバーグ監督による映画版は、いきなり、そのリンカーン・センターが建設されようとしている工事現場から始まる。スラム化したアパート群を取り壊して“金持ちのための”芸術の拠点を作ろうとする強大な力が、物語に登場する行き場のない若者たちを脅かしつつある、という幕開き。鋭い歴史認識を持つ脚本家トニー・クシュナーならではの見事な改訂だ。
アイゼンハワー大統領臨席によるリンカーン・センターの着工式は1959年。オリジナル舞台版『ウエスト・サイド・ストーリー』のブロードウェイ初演は1957年なので、その時点では表立った再開発の動きはまだ見られないはずだが、開発計画自体は1956年に承認されているから、現地で住民の“追い出し”が始められていた可能性はある、という見地に立っての改訂だろう。そのリンカーン・センターの一角に、同作の作曲家レナード・バーンスタインが音楽監督を務めるニューヨーク・フィルの新たな本拠が築かれる、というのも歴史の綾。
改めて説明すると、『ウエスト・サイド・ストーリー』は、1950年代末のセントラル・パーク・ウエストを舞台にした現代版『ロミオとジュリエット』。この作品が時代を超える存在になった理由は、その背景にプエルトリコからやって来た若者たちとポーランド系住民の子供たちとの対立という、現在も続く“遅れて来た移民”問題を設定したところにある。クシュナーによる脚本(オリジナルはアーサー・ローレンツ)の改訂は、キャラクター設定の変更も含めて多岐に及ぶが、多くがそうした移民たちの不確かな立ち位置を強調する方向で行なわれていて、その一端が上記の発端部分。半世紀以上前のドラマの内包する“今”を掘り起こすクシュナーの手腕が観どころのひとつだ。
“あの振付”はどうなっているか?
ジャスティン・ペックの振付も観応えがある。『ウエスト・サイド・ストーリー』の発案者であり、舞台/映画の演出も手がけたジェローム・ロビンズの、世界を震撼させた“あの振付”がどう改訂されているのかに注目が集まるのは必然だが、ニューヨーク・シティ・バレエ出身でロビンズに連なる人脈でもあるペックは、オリジナルの“気配”を引き継ぎつつ、現代の感覚に則したスピード感、躍動感を備えたダンスを次々に繰り出してみせる。撮影のカット割りも的確で、ダンサーの全身を写し込んだ長回しも多用。近年のミュージカル映画のダンス・シーンに感じることの多かった“もどかしさ”とは無縁だ。
また、編曲のデイヴィッド・ニューマン、指揮のグスターボ・ドゥダメル、歌唱指導のジーニン・テソーリら音楽関係スタッフの仕事ぶりも快調。ちなみに、現在LAフィルの音楽監督を務めるドゥダメルは、以前シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラを率いて『ウエスト・サイド・ストーリー』の「Mambo」を演奏して話題を呼んだ人。彼の起用自体がシャレている。
脇役陣に舞台ミュージカル経験者が集合
ロバート・ワイズ/ジェローム・ロビンズ監督による映画版第1作の数少ない弱点のひとつが、ハリウッド然としすぎた感のある主演の2人だったが、今回のトニー役アンセル・エルゴートとマリア役レイチェル・ゼグラーは、みずみずしく新鮮。ブロードウェイ経験者が揃った主要脇役陣にも注目。アニータ役のアリアナ・デボーズは『サマー:ザ・ドナ・サマー・ミュージカル』のドナ・サマー役、ベルナルド役のデイヴィッド・アルヴァレスは『ビリー・エリオット』のビリー役、リフ役のマイク・ファイストは『ディア・エヴァン・ハンセン』のコナー役の、いずれもブロードウェイ・オリジナル・キャスト。ブライアン・ダーシー・ジェイムズ(『サムシング・ロッテン!』)やアンドレア・バーンズ(『イン・ザ・ハイツ』)も活躍する。なお、映画第1作でアニータを演じたリタ・モレノは、カメオ出演ではなく主要キャストとしての登場だ。
上映館情報など詳細は公式サイトでご確認を!
※2022年2月11日(祝・金)より全国ロードショー/配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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- TEXT :
- 水口正裕 ミュージカル研究家
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」