「手盆で失礼!」。

お茶好きの母が、時々無精をしてお茶の入った湯飲みをお盆を使わずにテーブルに差し出すとき、口癖のように言っていました。私も、キッチンから振り向けばすぐにテーブルのある小さな部屋にひとり暮らしをしていたときは、いつも手盆状態で(お盆は物の居場所をつくれる感じがいいなと、もともと好きな道具でしたが)、その本来のよさを知る機会がありませんでした。

左より佃 眞吾さんの丸盆[直径約33㎝] ¥28,000(税抜)、「studio fujino」の木のトレー ¥8,000~

ところが、引っ越しをし、台所とテーブル間の移動距離が長くなり、「お盆にのせて運ぶ」行為が日常になると、その使い勝手を意識するようになりました。重すぎず、軽すぎず、手になじみがあって、運ぶときの安心感がある形に惹かれるようになりました。

小さいころ、風邪などをひいて寝込んだとき、お粥とすりりんご、白湯と薬と体温計がお盆にのって枕元に運ばれてくると、ちょっとうれしく感じたことを思い出します。この場合のお盆は、運搬上の利便性や、枕元というスペースで小さな机代わりにもなるということで使われていたと思いますが、お盆に諸々がセットされている様子はていねいな感じがして、特別扱いされているような感覚になるのです。

その理由のひとつとして、お盆には、昔から日本が神饌(しんせん)をのせていた折敷(おしき)としての意味合いも含んでいるからのように思います。神饌は、豊作祈願や日々の感謝のため神に捧げる供物のこと。その神饌を共にいただく神人共食の儀礼において、折敷だけが、神様と人の間の結界を行き来できる唯一の存在のように感じます。

東屋 盆真鍮銀メッキトレー[直径約29㎝] ¥21,000(税抜)

秋の夜長、お団子をお月様にお供えしたら、銘々好きなお盆と酒器とお酒とおつまみで、オリジナル一献セットをつくり、ちびちびと飲みたいものです。「これで最後…」のつもりが、お酒をもう少し…おつまみをもうちょっと…と、お盆の往復便になるのです。

<今回のアイテム:お盆>盆の字は食物をのせる皿の象形で、食器などをのせて運ぶ道具をさす。料理を運ぶお盆と似た用途があるものに一人前の食器や食物をのせる折敷や膳がある。低い縁のついた食台の折敷は神事などで木の葉を食物の下に敷いたことが始まりとされる。脚がついて膳の形となり、江戸時代以降、庶民の生活に浸透。畳での生活が少ない現代では盆、折敷、膳はトレーやランチョンマット代わりなどさまざまに使われる。

■佃 眞吾さんの丸盆

(写真一枚目・左)木工芸家・佃さんのお盆。東大寺で僧侶の食事に用いられる「二月堂練行衆盤(日の丸盆)」のような、わずかに縁のある形は木をえぐってつくられたもの。欅の木目と溜塗が生む重厚感ある美しさ。丸盆[直径約33㎝] ¥28,000(税抜)

■「studio fujino」のトレー

(写真一枚目・右)神奈川県・相模原の自然に囲まれた地に工房とギャラリーを構える「studio fujino」。日々、木と向き合う中で生まれたトレーは、木目など木の個性や美しさを活かした作品。木のトレー ¥8,000~

■「東屋」のシルバートレー

(写真二枚目)フランスのカフェにあるようなトレーは「さる山」の猿山 修さんがデザインし、ヘラ絞りの技法で職人が形づくる。使うほどに燻し銀のような風合いに。 東屋 盆真鍮銀メッキ[直径約29㎝] ¥21,000(税抜)

問い合わせ先

  • 夏椿 TEL:03-5799-4696
  • studio fujino TEL:042-684-9351
    さる山 TEL:03-3401-5935
この記事の執筆者
TEXT :
城 素穂さん スタイリスト
2017.9.1 更新
1978年生まれ。デザイン事務所、スタイリストのアシスタントを経て独立。主に食まわりのスタイリングを中心に、雑誌や書籍で活動。2008年から1年間、ベルギー・アントワープのレストランで、食ともてなしを学ぶ。将来の夢は、おばあさんになったら、小さな食堂のマダムをやること。 好きなもの:食べること、つくること、旅行、器、古いもの、食に関する学術書、職人
クレジット :
撮影/濱松朋子 スタイリング・料理・文/城 素穂