40代も半ばを過ぎた筆者の世代にとって、「ボルボ」といえばやはりエステートと呼ばれるステーションワゴンだ。広い荷室と卓越した安全性で、どこまでもツーリングできる、旅へ誘うクルマである。
懐かしの名車240の思い出を抱きながらV90へ
筆者は20代のころ、1987年型ボルボ240GLを7万kmにわたり愛用した。当時の新車は、実直な940、ファッショナブルな850、そしてスムーズな6気筒エンジンを備える贅沢な960というラインナップだった。自分が手に入れられたのは50万円の中古車で、ベーシックなセダンだったから、エステートの、それもレザーシートを身に着けた上級モデルとなれば、手には届かない高嶺の花であった。
V90 T8のボディサイズは、幅が現代風に少し大きくなっているほかは、240とさほど変わらないから、絶対的には大柄とはいえ親しみがある。しかしながらプラグイン・ハイブリッド(PHEV)化の影響もあり、車重は1380kgだった240GLのセダンの1.5倍を超える2110kgにおよぶ。ホイール径は20インチが標準で、これも14インチだった240の1.5倍近い。当時の240は新車で400万円弱くらいだった。値段のほうは、V90 T8の場合は1.5倍ではきかないが、エントリーモデルのT5というグレードなら、消費税別で630万円で入手できる。
パワーについてだけは、さらに大きな差がある。240の2.3L自然吸気4気筒エンジンは、たった115ps/185Nmしかなかった。「Twin Engine」を名乗るT8は、エンジン318ps+モーター34kW(前)/65kW(後)という怪力の持ち主なのである。
無駄のないフォルムと洗練されたインテリア
実車と対面しての第一印象は、大きいけれど無駄のないフォルム、というものだった。240シリーズなどから受け継がれた、ショルダーの張り出したラインが印象的だ。サイドビューが伸びやかなのも、近年では希少である。
インテリアには、ウッドとレザーをふんだんに配置していて、昔ながらの「ボルボ」最上級モデルらしい贅沢さを備えている。今後、「ボルボ」はサステイナビリティに配慮して天然素材を使わなくなっていくようだから、こうした誂えのラグジュアリーモデルは少なくなる運命かもしれない。
ダッシュボードやステアリングコラムに備わるボタンの数は極端と言っていいくらい削減され、中央のディスプレイに集約されている。車をミニマルに見せたい人にとってはとても洗練されたインテリアだ。ノーベル賞の晩餐会でワイングラスが用いられることでも知られる、スウェーデン・オレフォス社のクリスタルガラスを使ったシフトノブは、陽の光を受けて虹色に輝く。夜はベースのほうから照明が当てられるので、とても綺麗で強く印象に残るだろう。
シートの作りは非常に素晴らしく、ヒーター、ベンチレーターに加えてマッサージ機能も与えられている。これがお飾りのような装備ではなく、しっかりと身体の要所を揉んでくれるのが嬉しい。シート脇のボタンで一瞬にして起動できるので、やみつきになってしまいそうだ。
後席に乗り換えても、洗練された雰囲気は変わらず、膝前にもゆったりしたスペースが広がる。ただしPHEVモデルであるT8は、後席中央の足元にバッテリーのケースと思われる盛り上がりがあるため、左右席の間での移動はしにくい。
余裕の走りと引き締まった乗り心地
PHEVゆえ、始動を含め普段はとても静かだけれども、エンジンがかかってもあまりそれを意識させることはない。数字の上ではエンジンが優位に見えるが、発進時はモーターのトルクが分厚く、さらに踏み増していったところでエンジンからのアシストが得られるという印象だ。
遮音レベルは高く、ノーマルモードにおけるモーターからエンジンへの切り替えもとてもスムーズだ。意図して急なスロットルワークをしない限り、高級車然とした振る舞いを見せる。基本的に同じパワーユニットを用いるXC90 T8と比べおよそ200kg軽いから、いっそう余裕があって快適な印象を受ける。
といってもエンジンの構造は4気筒なので、充電レベルを高めるモードを選んだり、深々とアクセルペダルを踏んで加速したりすると、4気筒なりの音しかしない。けれども、そもそもデザインのモチーフを240にしている「ボルボ」であれば、あまり気にする人もいないのかもしれない。
回生ブレーキと油圧ブレーキの強調には苦労しているようで、ゆるい制動の時にブレーキの踏力とストロークの関係がリニアでなく、ある程度深く踏んだ先で利き始める感じがある。発進時にあまりにもモーターの力によるクリープが強いためか、ブレーキでそれを抑えるのに苦労し、極低速で速度コントロールしにくい。
乗り心地は、常に地に足のついた感じが昔ながらの「ボルボ」らしくて好ましい。リアがエアスプリングとなるサスペンションは、7シリーズやSクラスほど洗練されたクッションの効きを見せるわけではないけれども、適度に引き締まっていて、車重の大きさをあまり意識させない点でも評価できる。
車重2.1トンを超えるにもかかわらず、重心が低いことが幸いしているのだろうか、コーナリング時のロールは控えめだ。前後重量配分が54.5:45.5と、横置きエンジン車としては比較的後寄りである事もハンドリングのスムーズな感覚につながっていると思われる。スタッドレスタイヤと4WDの組み合わせにより、取材の途中で雪道に足を踏み入れた機会にも、しっかりトラクションがかかり盤石のフットワークを楽しめた。
満載の先進装備
ナビゲーションとインフォテイメントシステムにはGoogle アシスタント、Google マップ、Google Play を統合したものが採用されている。スマホで調べた目的地をそのままクルマに持ち込めるのはとても便利だ。
自動運転支援機能は、前の車に着実に追従してくれる点でとても有用である。車線の認識については日本製の一部の車種の方が巧みだ。「ボルボ」らしい安全性への配慮からか、着実にレーンキープしたいという意図を伝えるものの、少し車線の見えにくいところでは進路に迷い、車線の中でふらふらするようにステアリングを左右に切ってしまうことがある。乗員に余計な動きを感じさせない運転をしようと思うなら、レーンキープの機能を切った方が快適に走ることができる。
今回は、高速道路を中心として700kmあまりを走り、燃費は13.1km/Lを記録した。堂々たる車格、2.1トンという重量を考えれば上出来だろう。
かつての「ボルボ」を知る人にとって、スタイリングといい、ハンドリングといい、インテリアといい、数多くの点で満足させてくれる「刺さる」ボルボである。1000万円ちょっとという価格は、満載の装備を考えればリーズナブルと言える。
【VOLVO V90 Recharge Plug-in Hybrid T8 AWD Inscription】
ボディサイズ:全長4,945㎜×全幅1,890㎜×全高1,475㎜
エンジン:水冷直列4気筒DOHC 16バルブ[ガソリン](インタークーラー付ターボチャージャー&スーパーチャージャー)
総排気量:1968cc
エンジン最高出力:233kW(318ps)/6000rpm[ECE]
エンジン最大トルク:400Nm/2200−5400rpm[ECE]
モーター最高出力:34kW(前)、65kW(後)
モーター最大トルク:160Nm(前)、240Nm(後)
※2022年モデルは前52kw、後107kw、前165Nm、後309Nm
車両本体価格:¥10,340,000(2022年モデル)
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- TEXT :
- 田中誠司 著述家