英国紳士の5つの型(スタイル)をひもとくシリーズ。今回は第5番目の「グローバル時代のモダンジェントルマンスタイル」について。サヴィル・ロウ一番地に店舗を構えるギーヴス&ホークスにスポットを当てて紹介する。
みなさま、大変ご無沙汰いたしました。なんと一年以上も間が空いてしまいました。サイトのリニューアルも大々的におこなわれたこの間、私自身もリニューアルを果たすべく準備を進めておりましたが、そのような状況下、遅筆すぎる私を見捨てることなく寛大にお待ちいただいていたメンズプレシャス編集部のスタッフにはどれほど感謝してもしきれないくらいです。
言い訳無用で、まずは保留していた「英国紳士5つの型」、第5番目の「グローバル時代のモダンジェントルマンスタイル」のお話を終わらせてしまいましょう。
ひとつの例をあげます。ロンドンはサヴィル・ロウ一番地に店舗を構えるギーヴス&ホークス(Gieves & Hawkes)というメンズウエアのブランドがあります。
メンズプレシャス読者にはおなじみかと思いますが、初めてその名を耳にするという方のために簡単に説明しますと、世界最古のビスポークテーラー(のなかの一店)を謳い、英国の海軍陸軍の制服のみならず英国王室関連行事の伝統衣装や、紳士養成所パブリックスクールの制服も手がける、ザ・英国紳士を作り続けてきたテーラーです。紳士の伝統を形成し、それを保守してきた王道ブランドですね。この店の変貌そのものが、グローバル時代のモダンジェントルマンのイメージを映し出しているように見えるのです。
創業者は、18世紀に陸軍のテーラーであったホークスと、19世紀に海軍のテーラーだったギーヴス。両者がタッグを組み、1974年に正式にギーヴス&ホークスとなりました。陸軍と海軍、両軍の軍服づくりのノウハウがスーツに凝縮されているのが特徴です。きわめて乱暴なたとえで恐縮ですが、陸軍の英雄ウェリントン公爵と海軍の伝説ネルソン提督が最強のチームを組んだようなイメージでしょうか。
軍服の威厳と機能性を活かし、スーツにおいても強くシャープな肩、構築的な胸元、絞ったウエストを特徴とするごりごりの英国紳士スタイルを得意としてきました。
しかし、21世紀に入り、香港資本に買収されてから方向を若干変えているのです。2012年には香港のリー&ファン傘下にあるトリニティが買収、香港や中国、台湾へとギーヴス&ホークスのフランチャイズを展開してきました。ちなみに、トリニティがマネージメントをおこなうブランドは、ギーヴス&ホークスのほかにチェルッティ1881、ハーディ・エイミス、ダーバン、ケント&カーウェルがあります。チェルッティがイタリア、ダーバンが日本、あとはイギリスのブランドですが、ハーディ・エイミスは英国紳士・淑女の王道を行くスタイルの作り手で、一方のケント&カーウェルはクリケットセーターはじめスポーティーなスタイルを得意とします。コスモポリタンで、幅広いテイストに備えようとしているコングロマリットと見えます。
話をギーヴス&ホークスに戻します。サヴィル・ロウ旗艦店も、2011年にはリニューアルをおこない、メンズウエア・エンポリウムへと変貌を遂げ、靴やアクセサリー、ニットやカジュアルウエアまでを幅広く扱うセレクトショップと見まがう形態になっていきます。
2013年にはブリオーニでアーティスティック・ディレクターをつとめていたアメリカ人のジェイソン・バスマジアンがクリエイティブ・ディレクターに就任し、サヴィル・ロウの技術を基盤としながらも、コスモポリタンなエッセンスを加えて「モードな」コレクションを発表します。「シーズンごとのコレクション」という概念自体、伝統的な英国紳士の世界とは無縁だったはずなのですが、時代の波長に合った新生ギーヴス&ホークスは人気を博し、2シーズン後、売り上げは前年比21%増と報じられました。
バスマジアンは、成功の理由を、2016年1月に「ヴォーグ」のインタビューでこのように答えています。「イギリスなまりは残したまま、世界標準語で語ろうと思った(I want to keep a British accent, but speak an International language)」。英国紳士はもはや一地方のなまりのような名物と化し、世界に通じる理想的男性のあり方ではなくなっているということまでほのめかしてしまう名言です。
彼は今や同じトリニティ傘下のチェルッティに移り、2016年からは、トム・フォードなどで仕事をしてきた若きマーク・フロストがクリエイティブ・ディレクターに就任しています。クリエイティブ・ディレクターがくるくる交替するという事態はモードの世界では常態ですが、トレンドとは無縁であることが美点だったはずの紳士のスーツにまでついにこの波が侵食してきたのかと思うと、苦い思いがよぎります。しかし、生き残るために、変わりゆく環境と折り合いをつけ、自ら変身を遂げて時代に適応してきたのもまた英国紳士。この変貌もまた生き残るための適応の一つと思えば、そのしぶとさもまた愛おしく思えてくるものです。
「感じたのは孤独と後悔だけだった」(by ハリー・ハート)
さて、このような英国紳士テーラーのグローバル化に合わせ、虚実皮膜の紳士像も変化します。「キングスマン」の続編「ゴールデン・サークル」では、英国紳士スパイは、マーガレット・サッチャーとマーサ・スチュワートの怖いところどりしたような女ボスのポピーが仕切る麻薬組織にあっさりとやられ、アメリカの従兄弟組織で時代錯誤的なカウボーイ軍団、ステーツマンに助けを求めにいきます。
世界的麻薬組織、ゴールデンサークルのボス
ダブルスーツを着て傘をもつ英国紳士は、投げ縄使いのカウボーイに負けず劣らず、時代錯誤感満載のステレオタイプ。しかし見た目はアナクロの英国紳士も、時代に合わせた大胆な変節ぶりを見せてくれます。
かつてボンドガールとして英国紳士スパイを惑わせたハル・ベリーが、今はお色気皆無の地味な情報係として働いているという変わり果てた世界。この設定から、彼らをとりまく時代の激変ぶりを読み取らねばなりません。
かつての英国紳士スパイのロマンスのお相手は、その仕事内限りのお楽しみとして毎回取り換えられておりました。しかし現代において、女性をそのように扱うなんてもってのほか。英国紳士スパイでさえ、関係をもった女性はシリアスな、つまり生涯をともにするパートナーとして扱わねばならなくなったのが現代なのです。ジェームズ・ボンドの生みの親、イアン・フレミングは、妊娠させてしまった女性と結婚せざるをえなくなったその前夜に「恐怖に対する解毒剤」として「007」シリーズを書きました。あれから約65年。
かくも変わってしまった世界のなかで、不条理と闘いながら成長した青年が、掟を破って女性を愛したその暁に、究極の階級上昇というごほうびによって報いられるという展開は、おとぎ話の逆パターンのパロディとして笑えるところでもあります。いやしかし、恋か仕事かに迷う弟子に次のように語るハリー・ハートの声を聞いてしまうと、真顔にならざるをえません。
「撃たれた時、心には何も思い浮かばなかった。恋人なんかいなかったから思い出もない。感じたのは孤独と後悔だけだった(All I felt was loneliness and regret)」
「失うかもしれないものがあるということは、人生を価値あるものにするんだ(Having something to lose is what makes life a worth living)」
新時代の女性うけがよさそうな、そんなヤワな(とフレミングだったら言うだろう)英国紳士が、現代の男性には憧れの対象と見えるのかどうか、読者のご意見を伺いたいところです。
見え方はともかく、彼らが着る数々の衣服や所有する小物は、ネットショップMr. Porter で買えるようになっています。「キングスマン」シリーズは、「See Now, Buy Now」のための究極のプロモーション映像として成功しているばかりでなく、続編ではウイスキー「オールド・フォレスター」の販促も担っています。PRマンとしても華麗な働きぶりを見せる、007時代からはるかに進化した『
さすがにちょっと過剰適応では?と心配したくなるのも愛ゆえに。
キングスマン:ゴールデン・サークル
キングスマン:ゴールデン・サークル
2018年1月5日(金) TOHOシネマズ 日劇他全国ロード
配給:20世紀フォックス映画
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- 「ジェントルマンの名前が新聞に出るのは、一生のうち三回だけ」(ハリー・ハート)
- TEXT :
- 中野香織 服飾史家・エッセイスト
公式サイト:中野香織オフィシャルサイト
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