是枝裕和監督最新作『ベイビー・ブローカー』公開中|世界中の映画ファンから愛される是枝監督作品の魅力とは?
その場に実在しているかのような世界…。是枝監督が初めて韓国で製作した映画『ベイビー・ブローカー』がカンヌで2冠を達成しました。フィクションでありながら、気付けばその世界に引き込まれ、考えさせられる…。そんな是枝作品の妙味を、映画ライターの坂口さゆりさんが改めて振り返ります。
是枝監督オリジナル脚本にソン・ガンホをはじめとした豪華俳優陣が集結|映画『ベイビー・ブローカー』
韓国の製作陣・俳優起用と共に是枝監督が長く温めていたオリジナル脚本の本作。同作品でカンヌ国際映画祭の最優秀男優賞を受賞したソン・ガンホをはじめ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナなど、実力派俳優を迎え、「ベイビー・ボックス」をきっかけに出会った男女5人の予期せぬ旅の模様を描く。血縁ではない家族のあり方を問う感動作。全国公開中。
是枝裕和監督
テレビ制作会社のドキュメンタリー番組担当を経て、1995年『幻の光』で映画監督デビュー。2018年『万引き家族』で、第71回カンヌ国際映画祭でのパルム・ドール賞受賞。そのほか、国内外で数多くの賞を受賞。
是枝監督作品『歩いても 歩いても』
久々に集まった家族の情景を静かに描き出す。
「冒頭で故・樹木希林さんが演じる母親が『とうもろこしのかき揚げ』をつくるシーンから没入。是枝作品は五感(匂いと味さえ感じられるような)に響くのも大きな特長」(坂口さん)
映画監督デビュー作『幻の光』
若くして夫を亡くした女性の喪失と再生の様子を描いた、味わい深い感動作。
「是枝監督のデビュー作は西麻布で催された完成披露試写で拝見。物語よりも映像美に強い印象を受けたことを思い出す」(坂口さん)
この人たちはこれからどんな人生を送るのだろう? 是枝映画を観終わると、大抵そんなことを考える。『ベイビー・ブローカー』もそうだった。
フィクションなのに、その人たちがあたかも存在するかのように響く、考えさせられる。「あー面白かった」で終わらないその先に、是枝映画を観る愉しみはある。
観客が映画に没入するための仕掛けが徹底したリアリズムだ。人間の日常のディテールを微細に積み上げる。
例えば、『誰も知らない』でさらりと映るガスや電気の未払い請求書、小さくなっていくクレヨン。『歩いても 歩いても』で主人公の実家の風呂場が映った時は、泣きたくなった。欠けたタイルに、時の流れ=老いてしまった親、自分自身の両親を観たからだ。
生きるために必要な「食」の描写もまたリアル。『海街diary』で母親のカレーの記憶がない三女にとって、ちくわカレーはおばあちゃんの味。だが、迎え入れた妹に振る舞う家族の味でもある。擬似家族であっても、食は“家族”を結ぶ帯のような役割も果たす。
ホームドラマという一見小さな世界を描き続ける是枝監督だが、人間を映し出すのに、“家族”ほど適したテーマはない。近親憎悪も喜びもあらゆる感情を詰め込むことができる。
今回過去の是枝作品を見返すうちに、人は足りない何かを探して生きているのではないか、と思うようになった。あの人たちは今どうしているのか――。それは、自分はどう生きるのか、という問いかけにも繋がっている。(文・坂口さゆり)
- EDIT :
- 正木爽(HATSU)、喜多容子(Precious)