あるがままに、「不安」と生きる

会って、食べて、笑って、語り合う。当たり前だと思っていた何気ない日常が一変。外出や接触が禁止され、得体の知れないものと闘い続けたここ数年の日々は、目に見えない「不安」を私たちの心に植え付けました。どんなに前向きに気持ちを保とうとしてもモヤモヤ、鬱々とした気持ちになってしまう…。そんな人も多いのでは?

そこで、そもそも「不安」とはなんなのか、うまく付き合うにはどうすればいいか。3人の識者の方に、「不安」と上手に生きる心構えをおうかがいしました。

 

【みなさんからの不安】キャリアアップか、自分の人生を生きるか…

「キャリアアップか、自分の人生を生きるか。こんな時代のワーク・ライフ・バランスってなんだろう?答えが見つかりません」(Wさん・マーケティング)

子供たちも巣立ち、未来が見えない…

「子供たちも巣立ちふと気付いたら“自分の未来”が見えない…。今まで感じなかった孤独を感じています」(Sさん・メーカー広報)

◇「社会学者の目」で答える【「不安」と上手に生きる心構え】

「“ 順調病 ”、“ 向上病 ”にかかっていませんか?それぞれのスピードでいいし、今のままでもいいんです」

富永京子さん
社会学者、立命館大学産業社会学部准教授
(とみなが・きょうこ)1986年生まれ。立命館大学産業社会学部准教授。専攻は社会運動論。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2015年より現職。著書に『社会運動と若者』『社会運動のサブカルチャー化』『みんなの「わがまま」入門』など。

不安を感じるのはなぜなのか。自分の経験から考えた結果“社会を信頼できない”という思いが根底にあるのでは、と思いいたりました。

コロナ禍、世界情勢、日々目にするやるせないニュース。自身のキャリア、結婚や出産、お金や老後、子供の未来…。考えだしたらキリがないくらい、不安要素ばかりなのに、国も社会も助けてくれそうにない。そのうえ、何をするにも、例えば子供を産んで育てることですら、“自己責任”という言葉が重くのしかかってきます。

私自身、昨年、妊娠・出産を経験し、抱いたのはまさに「不安」でした。“妊娠・出産を公表したら、職場のお荷物になるし、これまでいただいていた仕事もなくなるんじゃないか。何か、これまでとは違う存在として見られてしまうんじゃないか…”こうした孤立感と不安は、抱いたことのないものでした。産休中も、一刻も早く元どおりに働きたい、と焦る気持ちが募りました。

ただ、今振り返ると、壮大な杞憂だったかもしれません。新聞の連載で公表したのですが、驚くほど私の仕事は変わりませんでした。一方で気づいたのは、それまでの私が「順調」や「向上」にこだわりすぎていたこと、他人を属性や言動から「わかりあえない」と勝手にジャッジしていたこと。

こうした不安は私だけのものだと感じていましたが、「この人には私の出産にまつわる不安はわからないだろう」と思っていた既婚男性の同僚が共感してくれたり、他業種の人々も「わかる」と言ってくれました。そこで私たち共通の不安は何かと考えたら、子どもができてキャリアが順調でなくなり、今まで通り向上できなくなる怖さなのかと気づいたんです。だとすると問題は、私たちがなぜそこまで強い「順調」と「向上」にとらわれているのかなんですよね。

「個人的なことは政治的なことだ」というフェミニズム運動の言葉がありますが、このとき初めて、一見異なる人でも同じ不安を抱えていて、私だけだと感じていた不安も、社会的な要因があると実感しました。だから不安なことがあれば、まずは気の合う人3、4人でいいから伝えてみてはどうでしょう。誰かは必ず「わかる」と言ってくれるし、その不安は自分のせいじゃないこともわかるから。

 

数年前、#KuToo(クートゥー)と呼ばれる運動がありましたよね。きっかけは「なんで足を怪我しながら仕事しなきゃいけないんだろう。男の人はぺたんこぐつなのに」といった、ひとりの女性のツイート。これが多くの人々の共感を呼び、日本の職場で女性がハイヒールやパンプスの着用を義務づけられていることに抗議する社会運動となりました。個人の実体験に基づいたほんの小さなつぶやき、素朴な疑問が社会を動かす力になることだってあるんです。

ただ、私自身の話に戻ると、育児とキャリアの不安を誰かと共有しても、不安自体はなくなりませんよね(笑)。やっぱり仕事がなくなるのは怖い。ただ、「自分と同じ不安は誰にでも、いつでもある」と開き直れたのは、大きな収穫です。無理して解消しなくていい。というより、できない。

大切なのは“不安と格闘する時間そのもの”かもしれないですね。妊娠・出産を公開するか、ずっと悩みました。結果だけ見れば壮大な杞憂でしたが、何が怖いのか考え続けたからこそ、少しは他人と共有できたのかな。「不安なんてムダ、すぐに解消して前向きにならなきゃ」という強迫観念も、「順調」や「向上」へのこだわりから生じているのかもしれません。

“順調じゃなきゃいけない病”、“向上しなきゃいけない病”になっていませんか?時間がかかってもいいし、ムダでもいい、今のままでもいい。まずは、みんな違う、正解がない世界に慣れましょう。


目に見えない「不安」との付き合い方、向き合い方、教えます|「不安」と生きるためのワンポイント・アドバイス ── 富永京子さん

不安を受け入れ、不安と共に生きていく…とはいえ、やっぱり、不安を少しでも解消できる術があるのなら知りたいもの。ここでは、より具体的に不安と付き合う方法を教えていただきましょう。

社会学者、立命館大学産業社会学部准教授・富永京子さん
社会学者、立命館大学産業社会学部准教授・富永京子さん

Q1: 不安を感じたら、まず何をする?

A:不安の原因、モヤモヤの理由を探す

まず、身の回りや日常の出来事のなかで、モヤモヤしたことを書き出しましょう。できるだけ具体的に、その理由も書くこと。そのうえで、他人にそれを話してみる。不安の原因を可視化、言語化すると、ほかの人とも共有できて、自分だけではないと思えます。

Q2:不安なとき、自分にかける言葉とは?

A:「ムダでいい」

Q3:不安な日におすすめの本や音楽、アクションは?

A:『黄昏流星群』弘兼憲史(小学館)、『後ハッピーマニア』安野モヨコ(祥伝社)、『実践 日々のアナキズム─世界に抗う土着の秩序の作り方』ジェームズ・C・スコット(岩波書店)

漫画は、長期連載の作品やその続編が好きですね。誰にでもある人生の浮き沈みを描いていて、安心します(ちなみに私は一気に買わずチマチマ課金派。そのムダもいい・笑)。スコットの本は世の中の“ふつう”について考えるきっかけになります。

 

PHOTO :
Getty Images
EDIT :
田中美保、池永裕子(Precious)