これまで当たり前だと思っていた日常が一変したここ数年を経て、住まうこと、暮らすことを見直した人も多かったのではないでしょうか。

そんななか、雑誌『Precious』10月号では、暮らしの拠点として、週末の別宅として、自然と触れ合う場所で、自然と共に生きるキャリア女性たちを取材。海や山、森や湖、あるいは砂漠…。そこでの暮らしが彼女たちにもたらしたものに迫ります。

今回は、Wedding&Lifestyle プロデューサー 黒沢祐子さんのお住まいをご紹介します。

黒沢 祐子さん
Wedding&Lifestyle プロデューサー
(くろさわ ゆうこ)自動車メーカーからウエディング業界へ。2008年からフリーランスのウエディングプランナーに。鎌倉移住を機に、現在はウエディング・ライフスタイルプロデューサーとして、個人宅のインテリアやコーディネート相談、洋服のプロデュースなど幅広く活躍。オンラインサロン「Y's room」主宰。インスタグラム@yukowedding

「鳥のさえずり、雨の音、木々の香り、朝どれの野菜…。穏やかな時間を手に入れて、日々の暮らしが、いっそう愛おしくなりました」

朝7時。昨日まではまだ暗かったのに、今日はほんのり明るい。空の色、温度、湿度、風の匂い。季節は確実に移り変わっているんだな…。

「そんな日々の小さな変化に気付くことがうれしくて、楽しいんです」

フリーのウエディングプランナーとして長年活躍してきた黒沢祐子さん。コロナ禍の影響でウエディング業界も大ダメージを受けるなか、自身の仕事とこれから、さらに東京一拠点生活に疑問を感じ始めました。

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黒沢さんのお気に入りの場所、リビング。大きなダイニングテーブルは、東京・千駄ヶ谷のヴィンテージショップで発見。「150〜200年前のヨーロッパのもので、ミシン台にしていたものらしい。重いのですが、ひと目惚れして購入。椅子はほとんど『コンランショップ』で。今後、どこに引っ越しても合うようカール・ハンセン&サンの「Yチェア」とフリッツ・ハンセンの「セブンチェア」を、色違いやデザイン違いでミックスしています」。ラグはヴィンテージのペルシャ絨毯。家中に、コレクションしている花器がたくさん。テーブル上の白い花器は、パリのアスティエにオーダー。

「当時、毎朝ランニングをしていたんですが、走っても走っても息が詰まってしまい…。離婚を経験して、本当の意味での自立について考えていた矢先のコロナ。東京のど真ん中で暮らし、時間に追われる生活で、何か見落としていないか、大切なものは何か。自分と向き合う日々でした」

そんななか出会った鎌倉育ちの友人のおかげで、鎌倉移住を決意。探し始めてすぐこの家に出合いました。

「条件は、鎌倉といっても海側でなく山側、自然に囲まれた一軒家で、キッチンとお風呂が広くて、リビングに光が入る家。ぴったりの物件があると不動産会社の方に言われ、情報を見た時点で、この家で暮らす自分の姿が明確にイメージできました。そこで、自己紹介を含め複数枚にわたって綴った手紙を手に内見へ」

その手紙のかいあってか、無事、入居することになりました。

「後で聞いたら、20組近い希望者がいたとのこと。クリエイティブな仕事のシングルの入居を希望されていたオーナーの想いもあり、ご縁をいただきました。

20年前に建てられたこの家は、木がふんだんに使われていて、壁は漆喰塗り。海風や湿気が大敵といわれる鎌倉でも、カビとは無縁の暮らしができるのは、日本の四季を考えた漆喰や木の呼吸なのだと実感しています。ゴミ出しや交通の便など、不便なことはありますが、それすら楽しいと思えるんです」

「カラフルで元気な鎌倉野菜や新鮮な魚介類がとにかく美味しい。糠漬けや手づくり味噌も再開しました」

朝は5時起き。白湯を飲んでからお香を焚いて「コンブチャ」を飲み、ラジオ体操後、朝ごはんの準備を。

「もともと料理は好きだったんですが、鎌倉に越してきてからは自炊が中心に。カラフルで元気な鎌倉野菜や新鮮な魚介類が身近に手に入るうえ、とにかく美味しい。糠漬けや味噌の手づくりも再開しました」

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明るく広く、使い勝手のよいキッチン。来客も多く、自家製の糠漬けや手づくり味噌の具だくさん味噌汁、本葛を使った手づくりの葛切り(絶品!)などでもてなす。
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この日は、玄米の味噌に、通称レンバイ(鎌倉市農協連即売所)で購入した旬の野菜たっぷりの味噌汁を。

海までは徒歩10分。少し時間ができれば、散歩がてらのんびりと、波や空、鳥などを眺めます。

「最新のファッションや話題のレストランは今でも好きですし、トレンドを追いかけた経験が仕事にも生きています。でも、気持ちのアップダウンが激しく、隙間時間を必死で埋めるような生き方は、私らしくないと気付きました。自分と向き合う時間が日常になった今、日々の暮らしが愛おしいと思える心の余裕と、『凪』のような穏やかさを手に入れた気がします」

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鎌倉での暮らしを通して、流行りのものより、ずっと愛せるものを育てていきたいという気持ちに。時間があるときには欠けてしまった器の金継ぎをして過ごすことも。
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お気に入りのキャンドルを灯し、「バタフライチェア」に座って庭を愛でつつ、のんびり読書も至福のとき。

また、鎌倉に移住して東京と行き来することが増え、ファッションにも変化が。シワになりにくく、都内でも着られて、スニーカーに合う服、家で洗えて体型を問わない、シーズンレスな服が欲しい…。

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お茶の時間も大好きという黒沢さん、ポットや湯呑み、カップなども多数所持。お薄を点てることも日課。
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朝ごはんは、糠漬け、味噌汁、旬のごはんが定番。「漆塗りのお椀は赤木明登さん、湯呑みは吉田直嗣さん、折敷はハタノワタルさんのもの。作家ものの器が好きで、ひとつずつ集めています」。美しい「オールドバカラ」には水出しの緑茶が。

「以前からやりたかった服づくりですが、そんな構想を語っていたら、実際に手掛けられることに。完全受注生産ですが、今年、第2弾も発売しました。どんな人生、暮らしをしたいか。本当にやりたいことは何か。鎌倉への移住をきっかけに、より明確になりました。また、こうした日常の積み重ねの先にしか未来はなく、その未来は自分が描いたようにしかならないこと。素敵な未来を描くためには『自愛』が必要だと実感。この経験と想いを発信したくて、オンラインサロンも立ち上げました」

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鎌倉の山側、雨が似合う小道。
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自宅近くの小道。鎌倉の緑には雨がよく似合います。「海側とはまた違う、山側の鎌倉らしい風情で、雨がよく似合うんです」ワンピースとコートは黒沢さんがプロデュースしたもの。
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玄関には、さっと出かけられるよう、ハットやキャップ、サコッシュなどがスタンバイ。

鎌倉のこの家は3年定借。この春、新たなパートナーとも出会い、次はどこに住もうかと、休みを利用して、一緒に候補地を旅する日々。

「山梨県や長野県もいいかも。いつか、小さな畑で家族と友人たちが飲む分のワインをつくりたいんです」

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湘南の景勝地、稲村ヶ崎からの夕景。江の島と、晴れた日にはくっきりと富士山も見える。
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住宅街を走る路面電車、江ノ電。
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鎌倉暮らしに欠かせない自転車。

黒沢さんのHouse DATA

場所…稲村ヶ崎まで徒歩10分ほどの山側の一軒家。江ノ電の駅も近い。
建物…築20年の借家(3年定借)。
間取り…3LDK。1階にリビング、ダイニング、キッチン、バスルーム。2階に寝室と仕事部屋。
訪れる頻度…2020年11月に移住した直後は鎌倉中心。最近は再び東京に拠点を構え、鎌倉は多くて週2、3日。ほとんど電車移動。「グリーン車での1時間は、仕事したり本を読んだり有意義な時間です」
ここに決めたいちばんの理由…R不動産に依頼。「なんといっても静かで自然豊かなこと。ほかには、鳥のさえずりで目覚めること。歩いて10分ほどで海に行け、朝陽や夕陽を見にいけること。日帰り温泉や野菜直売所が近いこと、などが決め手です」

PHOTO :
長谷川 潤
EDIT&WRITING :
田中美保、古里典子(Precious)