2010年にイギリスで放送開始された、全6シーズンの大ヒット時代劇テレビドラマ『ダウントン・アビー』。2022年9月30日からは、映画第二作目となる『ダウントン・アビー/新たなる時代へ』が公開となり、話題を集めています。
『ダウントン・アビー』といえば、そのファッションも注目の的に! 今回は、ドラマのシーズン5から制作チームに加わり、今回の新作映画でも衣装を担当されたアナ・メアリー・スコット・ロビンスさんに、Precious.jp独自インタビューをさせていただきました。インタビュー前後編の前編をお届けします。
Instagram(@annamaryscott)
田園地方で生まれ育った勉強好きのアウトドア派少女
―生い立ちや子供の頃の夢ついてお聞かせください。
「スコットランド中部の田園地方で生まれ育った、活発なアウトドア派少女でした。毎日スポーツなどのアクティビティに明け暮れていましたね。とても恵まれた環境で、満たされた子供時代を過ごしました。読書も大好きで、週末に古城の廃墟を訪れたら、その歴史やそこで繰り広げられたドラマを思い描いたりしていました。勉強は得意な方で、一番好きな科目はアートと英語。でも、科学や数学にも興味を持っていました。将来の夢は、水泳選手、美術修復家、画家、医学倫理の専門家など、いろいろありました」
法学士号取得後、大きく方向転換
―エディンバラ大学で法学士号を取得後、芸術大学で再び学業に戻ることを決めた理由は?
「大学に進学するときに法学を選んだのは、私の勉強好きな側面にけん引されてのことだと思います。法学士号はとても将来性の高い学位ですし、法律の勉強は私の知的意欲をかき立ててくれると感じていました。でも、もしかしたら、あの頃はまだ、アートの世界に飛び込む心の準備ができていなかったのかもしれません。自分のアイデアに自信がなくて。アートが大好きで、自分はクリエイティブだと信じていたけれど、芸術大学に進学するほどの才能はないって。
でも、法学士号を取得した後、やっぱりもっとクリエイティブな分野で仕事をしたいと考えるようになりました。家族や親しい友人たちに相談したら、私がアートの道を追求することをみんなが応援してくれました。特に母は反対するどころか、『やっとその気になったわね!』って言ってくれて。そこで、エディンバラ芸術大学に入学することを決めました」
―芸術大学で衣装デザインを選んだなりゆきは?
「芸術大学での最初の一年間は、さまざまな分野のアートを学ぶ基礎課程でした。デッサンや絵画やデザイン、ジュエリーデザインなどの基礎を学び、どの分野を専攻するか決めるのです。ここで、シーンの雰囲気や登場人物のイメージに大きな影響をおよぼす衣装デザインの奥深さを発見し、これこそ自分が求めていたものだと感じました」
なけなしの予算で工夫を凝らして衣装をつくり出す
―2005年に芸術大学を卒業した後の最初のお仕事と、その後の下積み時代について教えてください。
「卒業制作で、シェイクスピアの『十二夜』をテーマにした映画の衣装を担当しました。ギリシャのパトモス島で撮影をしたのですが、超低予算でアマチュアそのものの作品でした(笑)。ただ、なけなしの予算で工夫を凝らして衣装をつくり出すという点で、とてもいい経験でした。それに、制作スタッフ全員が心から楽しみながら取り組んだ作品で、彼らとは今でもいい友達です。
この作品が卒業後のキャリア開花に直接つながったとは言えませんが、この企画に取り組んでいる最中に、知り合いがある短編映画を制作中だという人に出会い、卒業制作の撮影が終わってスコットランドに帰国してから、その短編映画の衣装を担当させてもらうことになりました。その作品の監督とは今でも親しい関係で、彼女はその後、数々の素晴らしい作品を手掛けています。
こうして学生映画を介して業界に飛び込んだのですが、最初は自分にできることなら何にでも“YES”と言って取り組んできました。そうやって担当した仕事のそれぞれが、次の仕事へとつながっていったと思います。
衣装デザイナーのキャリアには、いろいろな方向性があります。衣装部門には、デザインのほかにも調達や製作など数多くの専門分野があります。デザイナーを目指すなら、ごく一般的なのは、大規模な企画の衣装部門のデザインルームで見習いやアシスタントとして修業を重ね、業界の仕組みについて学びながら、ジュニアデザイナー、アシスタントデザイナー、スーパーバイザーなどと、ヒエラルキーの階段を徐々に上っていくというものでしょう。でも、キャリアパスは人それぞれ。「これぞ正しいパス」などというものはないと思います。
私の場合、常に自分自身でデザインを手掛けたいという願望が強かったので、低予算の小規模な企画の衣装デザインを積極的に請け負いました。もちろん、2~3の大きな企画でアシスタントをやった経験もあります。その経験は、業界の内情を理解するのにとても役立ちました。
今までで一番思い出に残っている仕事のひとつは、古代ヴァイキング戦士一団の摩訶不思議な旅を描いた短編映画『Tumult(混沌)』(2012年作品)です。この作品も予算が限られていたので、いろいろと工夫しました。撮影現場近くの高校の校舎を借りて作業場にし、友達や地元のボランティアを衣装部門の作業員に動員してこき使ったり(笑)! ヴァイキングの皮革製の鎧は私が手縫いしたものです。それから、地元のレストランでロブスターのハサミを茹でて、それからジュエリーをつくったり、衣装の染色には野菜などの天然染料を使いました。
このうえなくクリエイティブで協力的なプロセスで、出来上がった衣装は信じられないほど表現力のあるものでした。体力的にとても要求度の高い仕事でしたが、本当にやりがいのあるもので、いつまでも忘れられない体験です」
夢だった『ダウントン・アビー』の仕事
―『ダウントン・アビー』の衣装のお仕事をするようになったいきさつは?
「2013年末のことでした。当時はエージェントさんを雇っていて、そのエージェントさんが『ダウントン・アビー』のプロデューサーとの面接を設定してくれたんです。
同じテレビ局の別のテレビドラマシリーズ、『ブレッチリ―・サークル』(1950年代の英国を舞台に、戦時中の暗号解読の経験を活かして連続殺人事件の捜査に乗り出す4人の女性を描いたサスペンスドラマ)の仕事を終えたところでした。もちろん『ダウントン・アビー』の仕事は夢だったから、徹底的に下準備して面接に向かいました。しっかりリサーチし、ビジュアルをたくさん用意してムードボードも作って。
プロデューサーとの面接は、とても手ごたえのあるものでした。『ブレッチリ―・サークル』での私の仕事を高く評価してくれていて、話は大変スムーズに運びました。
制作チームは、私が自分なりの感性を生かしながらも、前任者たちの仕事からかけ離れず、時代設定に忠実で魅力的な衣装をデザインできるかどうかという点を特に重視していました。『ダウントン・アビー』シリーズの衣装は世界的な名声を確立していましたから、多大なプレッシャーの下でも、このシリーズの評判に見合った仕事ができるかどうかということも、非常に重要なポイントでした。
この面接が終わった後、『本当にうまくいった!』って実感したんです。そしてその数日後に制作会社の代表者との面接に呼ばれ、その2日後に正式に『ダウントン・アビー』の衣装デザイナーに採用されました!」
―衣装のリサーチから製作、撮影までにどのくらいの時間がかかりましたか?
「複数のエピソードがあるテレビシリーズでは、契約期間は9か月から1年ぐらいです。映画の場合は、企画の規模と予算にもよりますが、もう少し短くなります。
まず、独自にリサーチを行って下準備をします。今までの仕事では、本格的な準備はだいたい撮影開始の12週間前ぐらいから始めていました。下準備のリサーチをもとにムードボードをつくり、シナリオを分析し、それぞれの登場人物の「らしさ」を形成してデザインを決め、製作していくという流れです。チームは段階的に形成し、撮影が近づくにつれて大きくなっていきます」
―『ダウントン・アビー』の衣装デザイナーになった初期のころの気に入っているお仕事を教えてください。
「私はシーズン5から衣装を担当しました。どの衣装も気に入っていますが、第4話でレディ・メアリーがファッションショーに行くときの衣装はとてもスマートで好きです。
また、レディ・ローズの衣装はどれもとても気に入っています。彼女の衣装には象徴的にバラをたくさん使い、ソルベカラーやベビーピンクなどのソフトなカラーのゴージャスな当時のオリジナルドレスをたくさん使うことができました。この系統のカラーは、レディ・メアリーやレディ・イーディスの衣装には使っていませんでしたから、新しい可能性が開けました。
他にも、ファイナル・シーズン第6話でメアリーがまとっているクライテリオンガウンは、とびきりゴージャスです。このドレスは雨のシーンで使われるので、2着用意する必要がありました。幸い、ゴールドのアールデコ・ローズ装飾が入った当時のオリジナルのレースファブリックを4~5m程度入手できたので、同じものを2着つくることができました。
レディ・イーディスのウェディングドレスも信じられないくらいエレガントで気に入っています。やっぱり、ウェディングドレスはいつの時代も特別ですよね。私が1920年代のファッションに夢中なのは、クラフトが繊細でレベルが信じられないほど高いからです」
以上、『ダウントン・アビー』で衣装を担当されたアナ・メアリー・スコット・ロビンスさんへのインタビュー前編をお届けしました。後編もお楽しみに!
- PHOTO :
- Carnival Films & Television Limited、Anna Mary Scott Robbins
- WRITING :
- ケリー狩野智映(海外書き人クラブ会員: https://www.kaigaikakibito.com/)