ピッティを訪れるイタリア紳士たちのスナップが、お洒落の手本となって久しい。しかし単なるテクニックやその場しのぎのトレンドではなく、スーツが持つ本当の美しさや、格好いい生き様までも教えてくれた男が、いったい何人いただろうか? そこで現代に生きる本物のスーツダンディ、ルチアーノ・バルベラ氏のもとを訪ねた。生地メーカー「カルロ・バルベラ」のオーナーである彼は、イタリアのファッション業界人ならだれもが知る洒落者である。ここではマルチェロ・マストロヤンニやフレッド・アステアのような、往年の伊達男の華やぎを濃厚に漂わせる装いのマエストロに、スーツという洋服の真髄をうかがった

本物のスーツとは、こんなにも格好いいものだ

イタリアを代表する織物産業の拠点ビエラにあり、広大な庭からはアルプスの山々を望める、バルベラ氏の邸宅にて。自ら設計に携って1962年に建てたというだけあり、バルベラ氏専用のクローゼットを中心にしたかのような間取りである。そこに並べられたスーツや靴はどれも古いが、しっかりと手入れが行き届いていることは一目瞭然。紳士とは本来、長い年月をかけて、こんな奥行きのあるワードローブをつくるべきなのだ。

あなたとスーツとの出会いはどんなものでしたか?

「イタリアで私くらいの世代なら、物心ついたときにはもう、ちょっとした外出にはスーツを着ていたものです。大切な行事である『聖体拝受式』なら必ず正装。もちろん冠婚葬祭もね。私は幸いにも生地屋に生まれたため、基本はス・ミズーラ(オーダー)。私にとって、スーツは日常の外出着でした」

はじめてご自分の意思で買ったスーツはどんなものでしたか?

「英国留学から戻って、すぐにつくったプリンス・オブ・ウェールズ柄のグレースーツです。英国でアングロサクソン風スタイルの影響を受けてきたので、真っ赤な蝶ネクタイを合わせて、意気揚々と着ていたことを思い出しますよ(笑)」

若い頃に憧れたのはどんな人でしたか?

「たくさんいましたが、自分のスタイルを持って魅力を放つ男たち。たとえば、ジャンニ・アニエリやジョバンニ・ヌヴォレッティ伯爵(イタリアの貴族)でしょうか。しかし私にとって最高のスーツダンディは、英国のウィンザー公爵です。私の青春時代に彼は圧倒的な存在感を放ち、着こなしのみならずライフスタイルや生き方にいたるまで影響を受けました。今でも伝記を読むと、感銘を覚えます。彼は保守的な時代に生きながら、格式のある装いをモダンに着こなし、自分らしいテイストと温もりのあるオーラを放ち続けた。しかも50 年、たったひとりの信頼するビスポークテーラーにすべてを任せたのですから」

バルベラさんにも、そんな信頼できるサルトはいましたか?

「私にも、マリオ・ポッツィという24歳の頃からつきあい続けているサルトがいます。男にとってスーツとは第二の皮膚のようなもの。自分の欠点を補い、魅力は最大限に引き出してくれる、男の人生になくてはならないツールなのです。ですから私は常々言うのですが、腕利きのサルトとはいわば神父であると同時に、装いの名医のような存在です。パンツ一枚で身をさらし、ときにはだれにも言えない秘密を打ち明け、服の処方を受けるわけですからね。もしあなたが、そんな長年つきあえるサルトに出会えたのなら、それは幸運なことです。浮気したり、手放したりしてはいけませんよ」

男にとってスーツとは一生つきあうべきもの

 どんな場面でも洒脱な装いを貫き通し、イタリア最高のウェル・ドレッサーといわれるバルベラ氏だが、トレンドを追いかけるファッショニスタとは違い、彼が身につけているのは、着込んだ年代もののワードローブばかりだ。しかも、その体になじんだ生地や擦り切れたコートのそで口が、みすぼらしく見えるどころか、実に格好いいのだ。

あなたが持っているいちばん古い洋服は?

「1960年につくった、大きなチェック柄の入ったサキソニー生地のスーツです。これを着てビエラの街を歩いていたらカメラマンのウーゴ・マラスに撮影されたのですが、その写真がVOGUEマガジンに掲載されたことで、世界中で脚光を浴びることができました。私にとっての出世作ですね(笑)」

物持ちがいいんですね。

「たとえ着なくなったとしても、スーツを捨てることなどありません」

モードファッションに浮気したことはありますか?

「皆無です」

トレンドは気にしますか?

「まったく気にしたことがありません。大事なのは、自分が好きかどうか。自分がそれを着て、気分よくいられるのが最高です」

私はつい流行にとらわれてしまいます。どうすればあなたのようなスタイルを持てるのですか?

「日々の心がけしかありませんね。メディアに頼るだけではなく、自分で見たり体験して、自らの趣味嗜好としっかり向き合うこと。また、その時々に合ったドレスコードを心がけることです。その積み重ねが、ひいては人生のドレスコードを理解させてくれるのです」

自然や季節感を大切にしたバルベラ流お洒落術

1938年生まれ。イタリアを代表するビエラ地方の高級生地メーカー「カルロ・バルベラ」社の2代目オーナー。1968年にそのスタイルを『VOGUE』に撮影されたことで、洒落者ぶりを知られるように。1974年には、生地のみならず自身の名を冠したファッションブランド「ルチアーノ バルベラ」をスタート。今もなおイタリアを代表するダンディであり続けている。

ワードローブの数は?

「スーツとシャツが100着、ネクタイが1,000本、靴は60足くらいです。ほとんどが『マリオ・ポッツィ』か『カラチェニ』のものです」

スーツの色や生地、シルエットのこだわりは?

「自然の中にある色を取り入れた、ナチュラルな配色が好きですね。もちろん生地はウールに限ります。季節に合わせた様々な織りの美しさが楽しめる上、体をいたわってくれますから。シルエットは、ダブルブレストが基本。シングルなら3つボタンで、真ん中のボタンだけをかけて着ることが多いですね」

Vゾーンの配色にポリシーはありますか?

「スーツは基本的に単色が多いので、Vゾーンで季節感やその時々の気分を取り入れています。まるで胸元に花を飾るような気分で、思いっきり遊ぶのです」

ファッション業界の若者で、あなたが認められるような洒落者はいますか?

「答えは控えさせてください」

現在の男たちのスタイルについて、言いたいことはありますか?

「最近のピッティを見ていると、多種多様なスタイルの坩堝ですね。モードからクラシックまでひしめき合っていますが、周囲の人間に対してのリスペクトを欠く装いは、いただけません。着こなしとは、まず第一に身だしなみを整えるということ。自己満足だけではなく、周囲の環境にも配慮しなくてはならないのです。最近はTPOをわきまえず、どこへでもカジュアルな格好で出かける人もいますが、それは悲しいこと。男たるもの、自分をわきまえ、自分らしくあるために、自分のため、自分と関わる第三者のため……それなりの装いをすべきなのです。それを可能にしてくれる上等なスーツは、きっとあなたの人生の伴侶となってくれるでしょう」

 トレンドではなく、自らの培った美意識に忠実な装いを楽しむバルベラ氏。彼にとってスーツとは決して退屈なユニフォームなどではなく、着る者の魅力を際立たせる、唯一無二の洋服なのである。そして、そんな感性豊かな彼だからこそ、現代の男たちのスーツ姿には我慢ならない点もあるようだ。

この記事の執筆者
TEXT :
MEN'S Precious編集部 
BY :
MEN'S Precious2016年春号 新しき「クラシコイタリア」スーツ伝説より
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
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クレジット :
撮影/仁木岳彦 コーディネート/大平美智子 構成/山下英介(本誌)