12年ぶりの主演映画でみせるのは、人間味をさらけ出した、強くおおらかな母の姿
息子の一歩先を歩き、道を切り拓く母を演じて
「今、この時期に出合えてよかったと思える作品です。3人の子を育てる母となって、初めてわかる気持ちがある。それらを少しは生かせたのではないかと」
そう話す小雪さん。盲ろう者として、世界で初めて大学教授となった、福島智さん(東京大学)の半生をもとにした映画『桜色の風が咲く』に主演。9歳で失明、18歳で失聴した息子を支え続け、やがて自立させていく、たくましく、慈愛に満ちた母を演じた。
「だんだんと光も、音も失っていく息子の姿を見ているのは、母として身が引きちぎられるような思いだったと思います。でも福島先生のお母様は、ここで留まっていても道は拓けない! と立ち上がるんです。セリフにも、『一緒に同情したってしょうがないじゃない』とありました。だからこそ、彼の一歩先を歩く、光にならなくてはと」
氏の母親である福島令子さんは、指で相手の手にタップする “指点字” という会話の方法を、世界で初めて思いついた人である。この新たな交流手段に息子は応えて、一気に未来が広がった。
「すごい発想力ですよね。伝えんがために、心を絞るようにして生み出した行為だったと思います。でも指点字は打つ強弱をはじめとても難しくて、私も学びましたけど、到底、習得できるものではなくて。けれど、もっと世界中に広まれば、盲ろうの方たちが、今よりもっとラクに生きられるだろうと思います」
ひとすじの希望をつかんだ母と子、支えたその家族の物語は心に沁みて、大きな勇気をもたらしてくれる。
「きっと、福島先生の明るさも大きいのだろうと思います。暗闇の淵にあってどれほど苦しくても、光あるほうへと立ち向かわれた。お会いすると、ものすごくパワフルで面白く、ユーモアにあふれた方なんです。苦をスッとユーモアに変えられるというのか。先生の前では、つまらないことにカッコつけて取り繕って生きることなんて、無意味なんだなと。苦しかった境遇など感じさせない、懐の大きさ、深い “人間力” のようなものを感じさせられます。
映画のシーンにも出てくるのですが、天命というものを与えられた。神様が人を選んで、そういう苦難、試練を与えられたのではなかったか、そんなふうに思います」
ハンディを持つ人たちに対して、「まだまだ社会の偏見が多いことが気になります」と、言葉に熱がこもる。
「どんな人であっても、同じ大切な人生のはず。この映画を観て、少しでも世界観が柔らかく広がってくれたなら」
「どんな人であっても、同じ大切な人生であるはず。この作品を観て少しでも世界観が広がってくれたなら」(小雪さん)
10代の頃、モデルとして活躍しつつも、将来の仕事として看護師を志し、看護学校に通っていた小雪さん。幼少期から他者に思いを寄せる心が人一倍強く、在学中に阪神淡路大震災が起こった際には、いち早くボランティアとして神戸入りしたこともある。
「今回、この母役を演じて、たくさんのことを学びました。終えてみて、あらためて人生っていいものだな、と思えた。1回の公開だけでなく、長く上映され続けていくことが望みです。生きるということのひとつの指針、バイブルとして。英字版も出来ましたので、世界中に広がってくれたらうれしいです。努力している人が報われる社会であって欲しいんです」
遠回りだけれど違う景色を見られる幸せ
福島氏は3人兄弟だが、小雪さんも3人の子育ての真っ最中だ。4年前から北の地にも居を構え、東京との2拠点生活を送っている。
「田舎暮らしを考えたいちばんの理由は、情報があふれる社会にあって、子どもたちに大自然にまみれた生活の経験をさせたかったから。陽が昇って、陽が沈む。夜は真っ暗闇です。土の匂いや、風や光……冬には雪が積もる。四季というものをまるごと肌で知って欲しかった」
田舎暮らしをすると決めてからの行動は早く、生活が変化することでの心配や不安はまったくなかったという。
「私は決断が早いんです。夫はそれ以上に早くて、すぐに動く人(笑)。いつも直感的に動いてしまう自分の人生を、遠回りしている、不器用だなと思うことはあります。でも遠回りする分、そのままなら出合わなかった、いろいろな “景色” を見ることができる。この経験は、子どもたちにとっても大きいと思っていて、人として最低限のことはできる、どんな環境にあっても、生きていける力になっていくと思っています。さきほど “人間力” という話をしましたけど、そこがこの暮らしの原点といいますか。人としていちばん大切なことだと」
広々とした畑では、無農薬の野菜を数種、作っている。子どもらと共に作業し、虫食いもあるそれらを収穫する。
「生きるために必要なものを作る。何が必要かとか、どういうことをしたらいいのかとか、私たちが知らない生きる基本を、自然はたくさん教えてくれるんです。土地に根ざした自然のままの味もわかる。お味噌や漬物……といった発酵食品なども作るし、麓のスーパーへの買い物は、週に一度ぐらいですね。もはや長靴しか履いてない。気づくと、爪の中にも土が詰まっている暮らし(笑)」
確かに小雪さんの手は、よく働く主婦のそれである。『プレシャス』のカバー・モデルであった頃からのラグジュアリーな雰囲気も、時が巡り今、大地に根を張って生きる素朴なたくましさも、その両面が小雪という女性の持つ、大きな魅力なのだろう。今作で見せた母の愛、ずっしりとしたリアリティも、納得がいく。
「子どもたちには、信念を持って、おおらかに生きていく人になって欲しい」
周辺に住む人々との交流も、自身にとって、そして子どもらにとっても「ありがたいです」という。
「どなたも私のことを、女優だなんて思っていないですよ(笑)。この間も、お隣からネギをどさっと50本ほどいただいて、長期保存の知恵も教えてもらいました。うちも何かしらお返しをして。フード・シェアリングですね。私が東京で短期の仕事がある時は、その間の惣菜を作って、冷蔵庫に保存して出かけますが、少し長い期間になるときは、近所の方にご厚意で作っていただいているんです。子どもたちは、その土地の、美味しい家ごはんをいただける。手を貸していただいて、本当に感謝しています」
「自分の尺度で生きることは、ワガママとは違う。自分の人生だから、意志を持って生きていたい」(小雪さん)
出産後も、仕事は続けてきた。2拠点になってからは、夫婦それぞれの仕事を、東京と田舎と交代する形で組んでいる。
「まだまだ手がかかるので、仕事の分量、時間は私のほうが少なくして、子育てを優先しています。フル回転で疲れ果てることもありますけど、子どもがいつのまにか洗濯物を畳んでくれていたり、ホロリとさせられることもあって(笑)。でもこれまでに、休業するとか、やめるといったことはまったく考えたことはないですね」
家庭があっても、「仕事であれ、好きなことであれ、自分だけの世界、時間を持つことが人生には重要」というのが、小雪さんのポリシーだ。
「妻だから、母だから、こうしなければならないと思い込んでいると、精神的に溜め込んでしまう。100%努力をするなんて無理ですし、どこかで壊れてしまいます。たとえば若いお母さんから仕事と子育ての両立について相談を受けると、『仕事をやめるのではなく、細く長く続けていることが大事では』と、答えています。自分の尺度を持つことは、ワガママとは違いますし、精神的に自立していれば、夫や子どもに依存することもなくなると思うんです。自分の意志を持って生きていくことって、とても大事ではないでしょうか」
これまでも、自分がどうしたいのかを軸に、正直に、しなやかに生きてきた。だからこそ、「今回のような世に出すべきと思える作品に今、出合えて、やらせていただけたと思うんです」という。
柔らかく微笑む仕草が、美しい。
映画『桜色の風が吹く』
盲ろう者として、世界で初めて大学教授となった、福島智氏(東京大学)の半生をもとに映画化。苦難を背負った息子のために、母は “指点字” という会話方法を考えだす。希望という光に向かって歩んだ母と息子、その家族の姿を描き出した感動の “人間賛歌”。
主演・小雪。共演に田中偉登、吉沢悠、リリー・フランキーほか。監督・松本准平。全国順次公開中。配給:ギャガ
※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
<問い合わせ先>
- PHOTO :
- 下村一喜
- STYLIST :
- 押田比呂美
- HAIR MAKE :
- NOBU(HAPP’S.)
- EDIT&WRITING :
- 川村有布子、佐藤友貴絵(Precious)
- 取材・文 :
- 水田静子