「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉をご存じですか? 「悪銭身に付かず」と同じような意味だと思っている人もいるようですが、「悪貨」と「悪銭」では、表しているものが微妙に違うんですよ! ということで今回は少々難解な「悪貨は良貨を駆逐する」の意味や言葉の由来、使い方がわかる例文や英語表現を解説します。

【目次】

悪貨は良貨を駆逐するとは?由来は経済の法則です。
由来は経済の法則です。

【「悪貨は良貨を駆逐する」を正しく理解するための「基礎知識」】

■読み方

「悪貨は良貨を駆逐する」は、「あっかはりょうかをくちくする」と読みます。「悪貨」を「あっか」と読むのは、ちょっと意外ですよね。「あくか」と読んでいた方も多いのではないでしょうか。

■意味は?

「悪貨は良貨を駆逐する」は、「名目的には同じ価値をもった悪貨と良貨が同時にひとつの国内で流通すると、人々は良貨は貯め込んで使わず、結果として市場には悪貨だけが流通することになる」、ということを意味するのですが、「悪貨」を「黒い(悪い)お金」、つまり不正なお金だと思ってしまうと、何を言っているのか、ちょっと理解しにくいですよね。実は「悪貨」には別の意味があるんです。順に説明していきますね。ちなみに、「駆逐」は「追い払うこと」という意味です。

■要するに「悪いものはよいものを滅ぼす」ということ

「悪貨は良貨を駆逐する」の直接の意味は上記「名目的には同じ価値をもった悪貨と良貨が同時に同国内で流通すると、人々は良貨は貯め込んで使わず、結果として市場には悪貨だけが流通することになる」の通りなのですが、現在ではここから転じて「悪いものほど社会に拡散され、よいものは消えてしまう」、あるいは「悪人がのさばると、善人は身を縮めて暮らすようになる」といった意味で使われています。たとえば社会問題になっているいじめの構図もそのひとつといえるでしょう。ビジネスシーンに当てはめてみると、「出来の悪い人がのさばると、仕事ができる人がいなくなってしまう」といった現象が「悪貨は良貨を駆逐する」と表現できます。

■「悪銭身に付かず」ってどんな意味?

では、同じような言葉だと勘違いしている人も多い「悪銭身に付かず」は、どんな意味なのでしょうか。こちらは「盗み・賭け事などで得た金銭は、無駄に使われてすぐになくなってしまう」ことを意味しますよね。「悪銭」には、「品質の低い貨幣。悪貨」のほか、「悪いことをして手に入れた金。あぶく銭」という意味があるからです。こちらの意味で正しく「悪銭身につかず」を解釈すると、「悪貨は良貨を駆逐する」とはまったく違う意味になりますね! そして、悪貨は、「悪いことをして手に入れた金。あぶく銭」ではなく、「品質の低い貨幣」のこと。「悪貨」と「悪銭」を混同してしまうことで、「悪貨は良貨を駆逐する」の意味自体を取り違えてしまいやすくなるのです。


【ネタ元「グレシャムの法則」とは?】

「悪貨は良貨を駆逐する」には、元ネタがあります。それは、16世紀のイギリスの財政家トマス・グレシャムが提唱した「グレシャムの法則」と呼ばれる経済法則で、「悪貨は良貨を駆逐する」は[Bad money drives out good]を訳したものとされています。

[Bad money drives out good]の[Bad money]は「悪貨(質の悪い貨幣)」のこと。中世以降、ヨーロッパでは貨幣には金や銀が使われていましたが、経済状況によって、「金や銀の含有率が低く、混ぜものが多い硬貨」と「金や銀の含有率が高い硬貨」がつくられました。名目上の価値は同じでも、金の含有率が90%の金貨Aと金含有率30%の金貨Bがあったとしたら、「良貨」は文句なしに金貨Aですよね。貨幣価値が下がっても、金貨に含まれる金そのものに価値があるからです。もし、金貨Aと金貨Bが同じ貨幣価値のものとして同時に市場で流通すれば、人々は金貨Aを貯め込み、使うのは悪貨の金貨Bばかりになります。そして、金貨Aの一部は鋳(い)つぶされたり、国外に流出してしまうことも考えられますね。その結果、市場に流通するのは金貨Bだけになる、という現象が起こるのです。これが「グレシャムの法則」です。

江戸時代の日本においても、悪貨が出回ることで同様の現象が起こっていたことから、「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉が生まれたのではとされています。


【「使い方」がわかる「例文」4選】

■1:「コミックやCDなどの著作権物に違法な海賊版が多く出回る国では、正規の商品がまったく売れなくなってしまうそうだ。まさに『悪貨は良貨を駆逐する』といえる」

■2:「上司に取り入ることだけが得意な課長が重用されたことで、課全体の活気もやる気も削がれてしまった。悪貨に良貨が駆逐されるとはこのことだな」

■3:「値段の安い粗悪品がヒットしたせいで、高価だが品質の高い商品はつくられなくなってしまった。やがてはその技術まで途絶え、ロストテクノロジーとなる日が来るだろう。悪貨に良貨が駆逐されるという言葉は真実だね」

■4:「A社では、社内での不正が常習化し、まっとうに仕事をこなしていた人はみな転職してしまったそうだ。悪貨は良貨を駆逐するって、本当だね」


【「類語」「言い換え」表現】

「悪貨は良貨を駆逐する」は、実に説得力をもった言葉ですが、少々難解で、日常的な会話で使う機会はあまりないかもしれませんね。同じ意味をもち、もう少し馴染みのあるフレーズをご紹介しましょう。

■腐ったミカン

「腐ったミカン」あるいは「腐ったミカンの方程式」をご存じですか? 初出は1980年から1981年にかけて放送された、伝説的人気TVドラマ『3年B組金八先生』第2シリーズの第5回と第6回のタイトル「腐ったミカンの方程式」とされています。第1シリーズで暴力沙汰を起こし、桜中学に転校してきた不良少年・加藤勝が「腐ったミカン」とされ、「箱の中に腐ったミカンがひとつあると、ほかの腐っていないミカンまでどんどん腐ってしまう」つまり、「クラスの中に不良がひとりいると、周囲に影響を与えて全体をダメにしてしまう(=ミカンの方程式)」という理由で前校から排除されたというところから、武田鉄矢さん演じる坂本金八先生が「生徒・人は、ミカンではないんです」と反論・熱弁、そして行動する数々のシーンが感動を呼びました。その後、流行語ともいえるブームを起こし、現在では慣用的な表現として認知されています。

■憎まれっ子世にはばかる

「憎まれっ子世にはばかる」とは、「人に憎まれるような者のほうが、かえって世間では幅をきかせる」という意味のことわざです。「はばかる」には「気兼ねする。遠慮する」などの意味がありますが、この場合は「幅をきかす。増長する」といった意味で使われています。

■割れ窓理論

「割れ窓理論」あるいは「破れ窓理論」とは、「窓ガラスを割れたままにしておくと、その建物は十分に管理されていないと思われ、ゴミが捨てられ、やがて地域の環境が悪化し、凶悪な犯罪が多発するようになる」という犯罪理論です。「軽犯罪を取り締まることで、犯罪全般を抑止できる」とする米国の心理学者ジョージ・ケリングが提唱しました。別名「ブロークンウインドーズ理論」。

■衆寡敵せず

「衆寡(しゅうか)敵せず」は、「少数のものは多数のものに敵対しても勝ち目がない」という様子を表した言葉です。「寡(か)は衆(しゅう)に敵せず」と表現することも。


【「英語」で言うと?】

最初に説明した通り、「悪貨は良貨を駆逐する」のオリジナルは[Bad money drives out good(money).]です。[drive out]には「追い出す、排斥する、駆逐する」という意味があります。また、言い換え表現としてご紹介した「憎まれっ子世にはばかる」ということわざは、[Ill weeds grow apace.(雑草はすぐ伸びる)」や[The devil looks after his own.(悪人は悪人で結構うまくやっている)]と訳されていますよ。

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いかがでしたか? 「悪貨は良貨を駆逐する」は、実は経済法則が由来の言葉でした。確かに、人間的に尊敬できない人が出世するような会社では、優秀な人はやる気を失ってしまって当然。あるいは、雑用に追い立てられているような職場環境では、独創的な発想は生まれませんね!「悪貨は良貨を駆逐する」。実に含蓄のある言葉です。

この記事の執筆者
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参考資料: 『日本国語大辞典』(小学館) /『デジタル大辞泉』(小学館) /『プログレッシブ英和中辞典』(小学館) :