「汝の敵を愛せよ」や「汝の隣人を愛せよ」という聖書の言葉を知っていますか? 今回はこの「汝」という語について学びます。ほかに、故事やことわざ以外では古典文学で使われていたり、漫画やアニメのキャラクターが発するものとして認識している人がいるかもしれませんね。普段の会話で使うことのない言葉こそ正しく理解しておきたいもの。サクッと解説していきます。
【目次】
【「汝」とは?「読み方」「意味」「由来」】
■読み方
現代語としての「汝」は「なんじ」と読みます。古くは「い」「いまし」「うぬ」「しゃ」「なむち」などとも読みました。
■意味
「汝(なんじ)」は二人称の代名詞で、「お前」という意味です。古くは相手を尊敬して呼んだ語と推定されますが、奈良時代以降は対等またはそれ以下の相手に対して用いられてきました。中世以降は、目下の者に対する最も一般的な代名詞として用いられています。
読み方によって意味が異なるので整理しておきましょう。
・「なんじ」「なむち」「い」「うぬ」「しゃ」と読む=相手を卑しめて言う際に使います。
・「いまし」と読む=親しみの気持ちをこめて言う場合に使います。
・「な」と読む=自称では「わたくし」、対称では「おまえ」「あなた」という意味になります。
■由来
漢字の「汝」が「さんずい+女」なのは、中国河南省洛陽市の嵩県(すうけん)から淮河(わいが)に流れる汝水(じょすい)という川の名前からきています。それが「なんじ」という人称代名詞の漢字に使われるようになったのは、「にょ」や「じょ」など、昔の二人称代名詞の音(おん)に近い発音をもつことからのようです。
【「汝」を使った「故事・ことわざ」4選】
「汝」を日常会話で使うことはなく、見聞きするのは故事やことわざが多いでしょう。代表的なものを挙げます。
■1:艱難汝を玉にす(かんなんなんじをたまにす)
困難に直面し、苦しみ悩みながら克服していくことで立派な人間になっていく、という意味。
■2:汝自らを知れ(なんじみずからをしれ)
古代ギリシャのアポロン神殿の柱に刻まれていたとされる、自分をよく知ることの大切さを述べた言葉。「自分の分限をわきまえよ」という処世の格言を、哲学者ソクラテスが「自分の無知を自覚せよ」という人格修練のための言葉として解釈し直したもの。
■3:汝の敵を愛せよ(なんじのてきをあいせよ)
新約聖書のマタイ伝5章とルカ伝6章にある言葉で、神がすべての人を愛するように、あなたの敵をも愛せ、という意味。
■4:汝の隣人を愛せよ(なんじのりんじんをあいせよ)
新約聖書のマタイ伝22章より、自分を愛するのと同じように、他人も愛すべきだという教え。
3と4はほぼ同じ意味と捉えてよいでしょう。
【大人の語彙力としての「類語」「言い換え」表現】
特異な言葉遣いをする漫画やアニメなどのキャラクターは別として、日常会話で使う機会がなさそうな「汝」という古風な言葉。使うなら下記のように言い換えてみてはいかがでしょう。いずれも「汝」と同様、目上の相手には使わないようご注意を。
・あなた:「あなたはどちらにお住まいですか?」などと使います。丁寧にいう場合には「あなたさま」としても。
・おたく:相手や第三者を敬ってその住居や家庭をいう語が転じ、相手のことを指す意味も。「おたくさま」としても。
***
「汝」という言葉、キリスト教の最も代表的な祈祷文である「主の祈り」のおしまいの一文「国と力と栄とは 、限りなく汝のものなればなり」で知っている人がいるかもしれません。これはイエス・キリストの栄光を称えたものなので、ここでの「汝」とは神のことなのです。もうすぐクリスマス、どこかで見聞きするかもしれませんね。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 参考資料:『日本国語大辞典』(小学館)/『デジタル大辞泉プラス』(小学館)/『使い方のわかる 類語例解辞典』(小学館)/『プログレッシブ英和中辞典』(小学館)/『ランダムハウス英和大辞典』(小学館)/ :