メールや手紙の最後を締めくくる定型文として、「お体をおいといください」はよく使われるフレーズです。何気なく使っているため意味が曖昧になっていますが、「おいといください」は今回のテーマ「厭う」を用いたもの。改めて、正しい意味や使い方、類語や言い換え表現、英語表現をおさらいしましょう。
【目次】
【「厭う」を正しく理解するための「基礎知識」】
■読み方
「厭う」は「いと-う」と読みます。「厭」は「いや」とも読み、「嫌」と同じように使われますが、「厭う」は「いやう」ではありませんよ。注意してくださいね。
■意味
「厭う」の意味を『デジタル大辞泉』で検索してみましょう。
1) 嫌って避ける。嫌がる。
2) かばう。大事にする。いたわる。現代では多く健康について言う。
3) (多く「世をいとう」の形で)世俗を嫌って離れる。出家する。
4) 危険や障害などを避ける。しのぐ。
現在、「厭う」は1と2の意味で多く使われます。とはいえ文章語のため、日常会話で使われることはほとんどなく、あまり馴染みのある言葉ではありませんね。
まずは例文で使い方をチェックしてみましょう。
【「使い方」がわかる「例文」5選】
■ 「嫌って避ける。嫌がる」の意味で用いた例文
・「彼は非常に有能だが、団体行動を厭うあまり、チームに溶け込めずにいるのが本当に惜しい。なんとか彼の能力を生かす方法はないものだろうか」
・「彼女がどんな苦労も厭わず仕事をしてきことは誰もが知るところだ。その結果が今回の大抜擢につながったと、周囲も納得している」
・「母親の死後、彼は世を厭い、人里離れた場所に引きこもってしまった」
・「誰だって心の奥底には、労を厭い、ラクをしたいと思う気持ちが潜んでいるものだ。いかにしてその気持ちを制御できるかが、成否の分かれ道だ」
■「かばう。大事にする。いたわる」の意味で用いた例文
・「今後はご無理なさらぬよう、くれぐれもお体をおいといください」
「お体をお厭いください」と漢字で表記するよりも、仮名書きが一般的です。
【『山月記』作中の「刻苦を厭う怠惰」とは?】
『山月記』は『文学界』1942(昭和17)年2月号に掲載された、中島敦 (あつし) の短編小説です。青年が詩人になろうとしたものの挫折し、虎になってしまう話です。この中に「刻苦を厭う怠惰」という文章が出てきます。意味がわかりますか?
■「読み方」
「刻苦を厭う怠惰」とは「こっく(を)いと(う)たいだ」と読みます。
■「意味」
「刻苦」とは「心身を苦しめて、励み努めること」。「怠惰」は「怠けてだらしないこと」。つまり「刻苦を厭う怠惰」とは、「必死に努力することを避け、怠けてだらしなかった」という意味の言葉です。『山月記』の主人公は、自分が詩人になれなかった原因は「刻苦を厭う怠惰」にあったと嘆きます。
【「嫌う」との「違い」】
前述の通り、「厭」は「いや」とも読み「嫌(いや)」と同じように使われます。では「厭う」と「嫌う」にはどんな違いがあるのでしょうか。
■そもそも「嫌」「嫌う」とは?
「嫌(いや)」は「気に入らない」という意味で、「対象になんとなく近づきたくない、避けたい」という気持ちを表します。「嫌う」は「いやがって、その対象と関わりたくないと思う」ことです。
■「嫌う」と「厭う」の違いは?
「嫌う」も「厭う」も、「いやがって避ける」という意味では同じですが、「嫌う」が相手を積極的に切り捨てて遠ざけてしまうことであるのに対し、「厭う」はなんとなしに身を引いて避けることを言います。
【「類語」「言い換え」表現】
■「嫌って避ける。嫌がる」の意味での「言い換え」
・嫌がる
・嫌う
・疎む:気に入らなくて遠ざけようとする
・疎んずる:嫌って避けるという意味に加え、軽視して相手にしない意もあります。
・忌(い)む:信仰上・縁起上、悪いとして避ける意味があります。また、嫌悪する意でも用いられます。
■「かばう。大事にする。いたわる」の意味での「言い換え」表現
・いたわる
・大事にする
【「英語」で言うと?】
「厭う」をズバリ表す英語表現はありませんが、「嫌がる」「いたわる」それぞれの意味を表現するフレーズをご紹介しましょう。
■「嫌がる」の意味で
・I don't mind doing any job.•(どんな仕事も厭いません)
・He jogs every morning, not minding the cold wind.
(寒風を厭わず彼は毎朝ジョギングをする〕
・I would go to any amount of trouble [pay anything] to get it.
(それを手に入れるためなら労苦[出費]をいとわない)
■「いたわる」の意味で
・Please take good care of yourself.(どうぞお体をおいといください)
***
「厭う」は「嫌う」とほぼ同じような意味で使われている言葉ですが、違いは「嫌う」が相手を積極的に切り捨てて遠ざけてしまうことであるのに対し、「厭う」はなんとなく身を引いて避けることを表します。こんな微妙なニュアンスの違いを知識として蓄えられたら素敵ですね。まさに「大人の語彙力」です!
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 参考資料:『日本国語大辞典』(小学館) /『デジタル大辞泉』(小学館) /『プログレッシブ和英中辞典』(小学館) /『新選漢和辞典Web版』(小学館) /『角川類語新辞典』(角川書店) :