【目次】


昭和の日とは?意味・由来を簡潔に解説

■4月29日は「昭和の日」

1926(大正15)年12月25日、大正天皇の崩御により皇位を継承し、第124代天皇となった昭和天皇。4月29日はその昭和天皇の誕生日です。1948(昭和23)年から1988(昭和63)年まで4月29日は「天皇誕生日」の祝日として国民の休日でしたが、1989(昭和64)年1月7日に崩御されたあと「天皇誕生日」を改め「みどりの日」に。植物に造詣の深かった昭和天皇にちなみ、「自然に親しむとともに、その恩恵に感謝し、豊かな心を育む日」として「みどりの日」と改称されました。

■「天皇誕生日」「みどりの日」、そして「昭和の日」へ

さらに祝日法の一部改正により、2007(平成19)年からは「昭和の日」と呼ばれるように。「激動の日々を経て復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす日」とされています。これにともない、「みどりの日」は5月4日に移動されました。

今上天皇の誕生日は2月23日。この日が「天皇誕生日」で国民の祝日(休日)です。


【昭和の日の背景|祝日の変遷と制定の経緯】

■「天皇誕生日」の変化

天皇陛下の誕生日を祝う「天皇誕生日」は、1947(昭和22)年までは「天長節(てんちょうせつ)」と呼ばれていました。起源は中国の唐代748年(天宝7)にさかのぼり、玄宗皇帝が老子の「天地長久(てんちちょうきゅう)」の語に基づいて創始したもの。「天地長久」とは「天地とともに天子の寿命の限りないことを希 (ねが) う」という意味で、日本では775(宝亀6)年に、光仁 (こうにん) 天皇が詔 (みことのり) して、自らの誕生日を祝したという記録が残っています。

「天長節」は、天皇の代替わりと共に日付が変更されるのがルール。そのため、明治天皇、大正天皇、そして昭和天皇と代が移るごとに、その誕生日である11月3日、8月31日、そして4月29日と、「天長節」の日付も変わっていきました。

そして、1948(昭和23)年に「国民の祝日に関する法律」が施行されると、「天長節」は「天皇誕生日」に改められ、昭和天皇が崩御すると、「天皇誕生日」は平成の天皇である現在の上皇さまの誕生日(12月23日)に移動しました。それに伴い、それまで天皇誕生日だった4月29日は前述の通り「みどりの日」になり、2007年から「昭和の日」に。戦前の「天長節」から数えると、4月29日の祝日は3回も名称が変更されたことになります。

昭和天皇の誕生日が祝日として残されたのは、ゴールデンウィークが短くなることによる国民への経済的・社会的な影響が懸念されたことも背景のひとつだったようです。ちなみに…明治天皇誕生日の11月3日は「文化の日」になっています。

■「平成の日」が制定されないのはなぜ?

昭和天皇の誕生日は祝日なのに、なぜ現上皇さまの誕生日は祝日として残っていないのでしょう。平成の30年間、12月23日は「天皇誕生日」として祝日だったため、元号が令和に移ってから12月23日が平日になったことに違和感をもった人も多かったようです。

12月23日が祝日にならない理由については、新聞を含む多くのメディアが取り上げています。それらを要約すると、

1)平成から令和への天皇の代替わりは「生前譲位」によるものだったこと 

2)12月23日は連休ではなく独立した祝日だったため、昭和天皇の誕生日である4月29日がゴールデンウイークに絡んでいることと比べれば、国民への影響が小さかったこと

3)「生前譲位」だった影響もあり、祝日にするか否かの議論が持ち上がらなかったこと、

などが挙げられています。そして何より、存命中の上皇さまの誕生日を祝日にしてしまうと、今上天皇との間で「二重権威」が生じる懸念の声があることが、最も大きな理由ではないかと言われています。


【昭和とはどんな時代?暮らしと社会の変化を振り返る】

■「昭和時代」の基礎知識

・在位期間:昭和時代とは、1926年12月25日から1989年1月7日までを言います。最も長く続いた日本の元号として64年を数えますが、昭和元年も昭和64年も7日間のみだったので実際の期間は62年と14日。他国を含め、ほかに歴史上60年を超えた元号は中国・清の康熙(こうき、61年)と乾隆(けんりゅう、60年)があります。昭和は日本の元号の中で最長の時代であり、世界的に見ても長い統治期間のひとつとされています。

・昭和天皇:大正天皇の崩御に伴い、皇太子裕仁親王が皇位を継承。即日「昭和」と改元されました。崩御により皇太子明仁親王が皇位を継承、「平成」と改元されて昭和時代は幕を閉じました。

■「激動の時代」と言われるわけ

昭和が「激動の時代」と言われるのはなぜ? それは、62年超という長い期間であったこと、明治から大正時代に突き進んだ西洋化と近代化の流れを引き継いでいたことや、戦争からの復興を成し遂げたことが大きな要因です。

・戦争による壊滅と復興:1939(昭和14)年に第二次世界大戦が勃発。日本は各地で空襲や戦災に見舞われ、さらに沖縄戦や広島・長崎への原子爆弾投下などにより、甚大な被害を受けました。そして、1945(昭和20)年8月15日に終戦を迎えてからのわずか数十年で奇跡の復興を遂げ、世界有数の経済大国へ。

・生活様式、ライフスタイルの変化:それまでは、かまどでの炊飯や洗濯板による手洗い、ほうきや雑巾での掃除など、家事は手作業によるものでしたが、昭和に入ると、炊飯器や冷蔵庫、洗濯機、掃除機など、あらゆる道具が電化され、家事のタイパは劇的によくなりました。そして、新幹線や高速道路、空路の全国的な整備が、昭和を生きた人々の生活様式を劇的に変えました。3世代生活が核家族化し、サラリーマン社会となったのも昭和時代の特徴ですね。

昭和は、「国民生活を豊かで便利に変える」という目標に向かって、社会全体がダイナミックに動いた時代。次の平成は、「整ったインフラの持続」や「個々の充足」に焦点が当たり、精神的な課題にも向き合った時代と言えるでしょう。

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昭和の時代は60年余り続いた「激動の時代」と言われています。最も大きな出来事は、言うまでもなく第二次世界大戦と太平洋戦争であり、この終戦を迎えた昭和20年以降は、日本にとって復興と成長の時代でもありました。昭和の日は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日。さまざまな出来事を風化させず、平和を求める気運を高めるためにも、ひとりひとりが昭和に思いを寄せるのは、意義深いことなのではないでしょうか。

この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
参考資料:『デジタル大辞泉』(小学館)/『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)/『現代用語の基礎知識』(自由国民社)/昭和天皇記念館( https://f-showa.or.jp/museum/ ) :