4月6日は「白の日」であり「城の日」です。なぜこの日になったのか、理由は…もう、おわかりですね! そう、語呂合わせです。今回は「白の日」「城の日」にスポットをあて、その目的やこの日にまつわる雑学をご紹介します。

【目次】

どちらも語呂合わせです。
どちらも語呂合わせです。

【「白の日」「城の日」は、いつ、誰が決めたの?】

「白の日」とは?

「私が証明です!」…有名なこのフレーズ、どなたが発したものかご存じですよね? そう、あの、素肌美研究家でクリスタルジェミー社長の中島香里氏の台詞です。実は4月6日を「白の日」と制定したのは、この中島香里氏。一般社団法人日本記念日協会からも、「白の日」として正式に認定・登録されています。4月6日にした理由は、ズバリ「しろ」の語呂合わせ。「しっかりケアして美白の肌になりましょう!」と美肌への意識向上を促したのがきっかけです。

「城の日」とは?

一方、「城の日」も、「しろ」の語呂合わせが由来となった記念日です。公益財団法人日本城郭協会が1974(昭和49)年に制定しました。日本全国のお城ファンが推し活で盛り上がる一日です。そして、日本で最も「白」くて美しい「城」といえば、1993(平成5)年に世界遺産に登録された姫路城ですね! 実は兵庫県姫路市の観光課も、1990(平成2)年に4月6日を「城の日」と制定しています。姫路城を中心とした市の復興が目的で、この日を挟んで1週間は、姫路城周辺の文化・観光施設の無料開放、観桜会など、さまざまなイベントが開かれます。


【「黒の日」はある?「白の日」にまつわる雑学3選】

■「黒の日」は…ご推察通り「9月6日」です!

「白の日があるなら黒の日もあるのでは?」と思った方も多いでしょう。はい、あります。「黒の日」は、9月6日。こちらは1989年に京都黒染工業協同組合により制定された記念日です。「烏の濡れ羽色」とも称される京都の黒染めは、現在では失われつつある日本の文化のひとつ。「黒の日」は伝統染色である京黒染めを広く知らしめ、黒紋服や黒留袖の普及を図ることを目的につくられました。、現在は染め物だけでなく、さまざまな黒いもののPRに用いられています。例えば、鹿児島県伊佐市で芋焼酎「黒伊佐錦(くろいさにしき)」などを製造・販売する酒造メーカーの大口酒造は、黒麹を使用した焼酎「黒伊佐錦」の発売30年を記念し、2017年に9月6日を「黒の日」「クロイサの日」に制定しました。こちらは日本記念日協会により認定、登録されています。

■日本の美白ブームはいつから?

さて、日本の美容界に「美白」という言葉が初めて登場したのは、1966(昭和41)年。「カネボウ化粧品」の『ソワドレーヌ』という美白パウダーの宣伝でした。とはいえ、当時の流行は小麦色に日焼けした肌。美白ブームには遠く、後続する美白商品もありませんでした。その後、小麦色の健康的な肌のトレンドは続き、「アルビオン」の『ナチュラルシャイン』がシリーズ化されたのが1974年。これにより、「夏は小麦肌、冬は白肌」が新たなトレンドとなっていきます。1980年代になると、「美白=シミのない肌」という概念が定着。1983年に「ビタミンC誘導体」が美白有効成分として認可されると、美白化粧品が続々と登場してきました。1985年には「コーセー」から発売された『雪肌精』が大ヒット。また「エスティ ローダー」からは、外資系初となる美白コスメ『スイスホワイトニング』が登場。これが日本における、本格的な美白時代の幕開けとなったのです。

■元祖「美白の女王」といえば?

4月6日を「白の日」と定めたのは、上で紹介した通り、「美白の女神(ミューズ)」「美白大臣」として知られる中島香里氏ですが、元祖「美白の女王」といえば、 料理・美容研究家として知られ、1990年代に「美白の女王」として一世を風靡した鈴木その子さん。ミリオンセラーとなった著書『やせたい人は食べなさい』も有名ですね。2000年に68歳で急逝されましたが、鈴木さんが考案した食品や化粧品を扱う「SONOKO」は、現在も銀座に店舗を構えています。


【日本でいちばん古い城は?「城の日」にまつわる雑学3選】

■日本でいちばん古い城は?

城のルーツは、弥生時代につくられた「環濠集落」だと言われています。城の築造年代の確定は困難ですが、現状では、室町時代の天文6年(1537)に織田信長の叔父・信康が築城した国宝・犬山城(愛知県犬山市)の天守が、現存する日本最古の城とされています。次いで古いのが、1576(天正4)年に築かれた丸岡城(福井県酒井市)の天守で、天守の築造は江戸期の1624年から1644年ごろとわかっています。

■「姫路城」って最初から白いの?

「姫路城」は別名「白鷺城(はくろじょう・しらさぎじょう)」と呼ばれていますが、現在のような白く輝く外観になったのは、関ヶ原の合戦の戦功により城主となった、池田輝政が行った大改築(1608年)以降です。外壁は「白漆喰総塗籠造(しろしっくいそうぬりごめづくり)」という方法で、外壁を白漆喰で塗り込めることに加え、屋根瓦の目地にも白漆喰を施しています。「白鷺城」と呼ばれた理由には諸説ありますが、真っ白な天守群がそびえ立つ姿がまるで白鷺が羽を広げているように見えたことから、姫路城下の人々は親しみを込めてそう呼ぶようになった、というのが最も有名かもしれません。また、城を白くした理由については、池田輝政が戦国時代の終わりを予感し、「武による統治 」から「美による威嚇」の時代になると考えたからといわれています。戦が激しかったころの城は、敵から目立たないようにするために黒が用いらましたが、太平の世においては、荘厳な城をできるだけ目立たせて威厳を見せつけるよう、膨張色である白が選ばれた、というわけです。

■お城の玄関はどこ?

城の入り口、いわゆる正面玄関は「大手門」と呼ばれています。元は追手門と書かれ、高知城など、現在でも追手門と表記しているところもあります。「大手門」は非常に重要な門であるため、防御のために厳重な築造がなされ、大規模な櫓門を設け石垣を築く場合も多いそうです。見た目も大きく、目立つように造られます。「大手門」に対して、背面の門は「搦手門(からめてもん)」と呼ばれます。東京千代田区にある「大手町」は、江戸城本丸、大手門の前にあたる町というのが、名前の由来です。

***

2015年に約6年にわたる「平成の大修理」を終えた姫路城は、眩いばかりの白さから、「白過ぎ城」と揶揄する声もあったとか。現在では徐々に落ち着いた白になりつつあるようです。果たして半世紀ごとの次の大修理まで、黒ずみは放置されるのか、注目したいところ。一方で、美白コスメの多機能化には拍車がかかるばかりです。ストレスジミを消去する、最新ピーリング成分で透明感を底上げする、長寿遺伝子にアプローチしてシワやたるみの影も消すなど、肌のノイズを一掃してくれる秀逸品が続々と登場。期待感が高まりますね!

この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
参考資料:Precious.jp「たった約60年でここまで発展!日本の美白の変遷【1960年~2019年振り返り」https://precious.jp/articles/-/12349 国宝「犬山城」https://inuyama-castle.jp/#:~:text=国宝犬山城は、室町,最古のものです%E3%80%82 世界遺産姫路城「雑学・姫路城」https://www.city.himeji.lg.jp/castle/0000007742.html :