凛とした気品と透明感あふれる佇まいに、聡明で気さくな人柄。関わるスタッフからの信頼は厚く、時を重ねるほどに輝きを放っている中谷美紀さんですが、40代半ばで臨んだ舞台『猟銃』の再演では、膨大なセリフの記憶に苦戦したのだとか。インタビュー2回目では、年齢や時代の変化にまつわる本音に迫ります。
【俳優・中谷美紀さんVol.01】仕事を辞める覚悟から始まった物語。キャリアの岐路から舞台の頂点へ
「いつ仕事がなくなっても幸せだと思えるか、を大事に」
――中谷さんが『猟銃』のNY公演に挑まれたのが、47歳のとき。Precious世代にとっては希望でもあります。新刊エッセイ『オフ・ブロードウェイ奮闘記』の中では「コンフォートゾーン（＝快適な空間や居心地のいい場所）に留まりたくない」という志を綴られていましたが、その思いはどこから湧いてくるのでしょう？
「自分の人生そのものが、ギャンブルのようでして（笑）。文字通りの賭け事とは一切縁がないのですが、リスクを取らないと面白くないと感じるところがあります。それは10代、20代の頃から変わらず、おそらく拠り所のない俳優という職業を選んでいる時点でその性分はあるのではないかと」
――実際に40代半ばでの再演となると、ご苦労された部分もありますか？
「若い頃と比べると、やはり記憶力に格段の差がありました。振り返れば、20代で刑事を演じたドラマ『ケイゾク』の時期は、睡眠時間が30分～1時間程度。撮影現場では事件の謎を解く長いセリフが急に変更されることも頻繁にありましたが、対応できていたんですよね。3役を演じた『猟銃』の膨大なセリフも2011年の初演時は1か月で覚えましたが、2023年には3か月必要でした。脳の機能は、着実に衰えてきてるんだなと実感します。
でも、プロセスに時間をかけたからこそ、噛むほどに味わい深い作品の力を再発見した部分も。12年前にはまだ理解できていなかったことに気づけた。ですから、年齢を諦める理由にはしたくないと思えるようになりました」
――『オフ・ブロードウェイ奮闘記』では、オペラ歌手であるバーバラ・ハニガンさんが50歳にしてバレエのトウシューズを履いて歌い、演じることに挑戦された際のスピーチに背中を押された…というエピソードにも心を動かされました。「年齢によって居場所を失うことへの不安」について触れられていましたが、中谷さんご自身がそういった思いを感じたことは？
「むしろ若いときのほうがあったかもしれないですね。私が20代のころには、40代後半で月9の主演を務めた女性はいらっしゃらず、同時期に複数のCMに出演する方もいなかったように思います。女性が社会に進出したことで、一線に立つ役だったり、働くお母さんの役もいただけるようになりました。そういった意味では、演じる側もいただく役の幅が広がったように思います。
年齢を重ねることによって居場所が追いやられる不安は絶対ない…と言ったら嘘になりますけれど、むしろあるのは、AIに仕事をとられるのではという予感（笑）。ただ、これも随分前に覚悟を決めていたので、不安ではなく」
――随分前に！
「はい、15年ほど前に映画『アバター』が出てきたタイミングですね。こうやって人間の仕事は奪われていくんだな、と考えたことを覚えています。日本映画の興行上位をアニメ作品が占めていることも含めて、映像や舞台に出演し、紙の本を出版している自分は斜陽産業に属しているという自覚はあります」
――「想定内」という感覚なのでしょうか？
「いつ仕事がなくなっても幸せだと思えるか、を大事にしています。社会的な自己実現ではなかったとしても、“お天気が良い”とか“花が咲いた”と感じるだけで幸せですし、雨が降っていれば雨音に耳を傾けるだけで幸せだと思えるベースがもうある。そういった意味での不安はないですし、淘汰される領域にいるという覚悟はある程度はできています。
読者の皆さんも、年齢に関係なくAIに仕事が置き換えられていく現場を経験されているかもしれませんね。でも、日本の女性にしかできないことは、まだまだあるはず。一緒にブルーオーシャンを見つけてかいくぐっていきたいですし、みなさんが幸せであったらいいなと思います」
――『猟銃』をはじめグローバルに評価される作品にも携わってこられた中谷さんですが、日本の演劇の未来にどんな思いを抱かれていますか？
「コロナ禍の数年は厳しい状況でしたが、お客さまとパフォーマンスする側は一緒に育っていくものだと思うので、その関係が途切れずに、共に切磋琢磨してお客様と一緒に育っていけたら嬉しいことですね。
わかりやすく、エンターテイメント性の高い作品はもちろん楽しいものです。でもそれだけではなく、アーティスティックな作品にも目を向けていただけたら、演じる側もまたそのお客さまに向けてさらに成長していくことができる。実際、海外で賞を獲得する作品や挑戦的な表現の作品も増えてきていますよね。希望は失わずに取り組んでいきたいです」
中谷美紀さんインタビューVol.03では、ボディメンテナンスや難局を打破する心得も教えていただきました。新刊エッセイとあわせてぜひチェックを！
■新刊エッセイ『オフ・ブロードウェイ奮闘記』（幻冬舎）好評発売中！
舞台『猟銃』のニューヨーク公演に挑んだ中谷美紀さんが、約2か月にわたる激動の日々を、書き下ろしの日記形式で綴った一冊。47歳でニューヨークの舞台に立つという挑戦を通じて、自らの限界に挑み、様々な壁を乗り越えていく様子をリアルに描き出す。息をのむような臨場感あふれる文章が明かす知られざる日々は、キャリアや人生の転機に直面している人々にとって、困難に一歩を踏み出す勇気を与えてくれるはず。
■2024年6月8日（土）16:00〜 舞台『猟銃 The Hunting Gun』をWOWOWにて放送・配信！
圧倒的な演技で魅了する中谷美紀さんと、世界的なバレエダンサーであるミハイル・バリシニコフさんが夢の競演を果たした舞台『猟銃』のNY公演。アカデミー賞受賞歴を持つ映画監督であり、ニューヨーク メトロポリタン・オペラや『ZED』も手がけてきたフランソワ・ジラールさんの緻密な演出で、許されざる不倫の恋を巡る女性たちの深い感情を浮き彫りにする。
ひとりの男が、3人の女性から同時に別れの手紙を受け取り孤独に陥る物語。心揺さぶる芸術はどのように創られていたのか、本編はもちろん、中谷さん、バリシニコフさん、ジラールさんのインタビューや稽古場の様子など、舞台裏も交えた密着ドキュメント付きのスペシャル映像も公開。エッセイとあわせて、お見逃しなく！
関連記事
- 小雪さん、杏さん、大政 絢さんから、鈴木保奈美さん、米倉涼子さんまで！『Precious』創刊から20年間のカバーを一挙に振り返ります
- 【Precious.jp独占】ディオールのホリデーポップアップに来場した俳優・中谷美紀さんへのインタビュー
- 俳優・中谷美紀さんの美しさに迫るスタイリング＆インタビューをお届け｜多岐にご活躍のこの一年を振り返ります
- TEXT ：
- Precious.jp編集部
- PHOTO ：
- 伊藤彰紀
- STYLIST ：
- 岡部美穂
- HAIR MAKE ：
- 下田英里
- NAIL ：
- ネイルハウス安气子
- WRITING ：
- 佐藤久美子
- EDIT ：
- 福本絵里香
