「ラグジュアリーとサスティナビリティは共存する」(伊達美和子さん)
――『1 Hotels(ワンホテルズ)』は米国企業・『SH Hotels&Resorts』が4大陸、13カ国・地域で約30施設展開する、世界的に人気のホテルブランドです。今回が日本初進出ですが『森トラスト』がパートナーとなった理由はなんでしょうか。
2017年1月に、私がアメリカ本国の1 Hotelsに宿泊して、その居心地の良さに驚いたことがきっかけでした。真冬のニューヨーク、セントラルパークに面したエントランスの扉を開けると、2万株とも言われる植物が迎え、天井にはシャンデリアのように、「グリーンボール」と呼ばれる植物が吊るされているのです。ホテルではなく、植物園に入ったかのような経験をしました。このとき、ホテルは滞在の場であり、新しい体験をする場でもあると感じたのです。
私は仕事柄、ホテルの滞在中に、デザインだけではなく、間取り、動線、建材、配管、スタッフのオペレーションなどを見てしまいます。これまで、多くのホテルに宿泊しましたが、1 Hotelsは全てが新しく、これからの時代の世界の潮流に乗っていると直感しました。このホテルが東京に進出するときは、私たちがパートナーになると予見したのです。
――伊達さんが感じた「新しさ」とはなんでしょうか。
サスティナビリティ(持続可能性)と、ラグジュアリー、ホスピタリティを両立していることです。やはり、サスティナビリティは、「モノや人的資源のロスを減らすために、何かをあきらめる」という文脈になりがちです。一方、ラグジュアリーは「モノを贅沢に使う」、ホスピタリティは「人的資源をかける」ことが欠かせません。いずれも、サスティナビリティとは相反した関係になりがちで、私自身、このジレンマを解消する方法を模索していました。
そんなときに、1 Hotelsに宿泊し、ラグジュアリーな状態でありながら、サスティナビリティを推進する事例を体験したのです。
ーー教訓めいた押し付けがなく、心地よくサスティナビリティに導かれるホテルと、あっという間に人気ホテルになりました。注目した事例をお願いします。
例えば、1 Hotelsではシャワーの横に5分の砂時計が設置されています。これにより水資源のムダを出さないように気づかせてくれるのです。客室にはペットボトルではなく、ウォーターサーバーがありました。ほかにも、建材に古材や流木がふんだんに使用され、プラスチックや金属など再生が難しい素材の使用を控えていることもわかりました。
レストランでは、二ューヨーク州周辺の契約農家や生産者からの食材を使った料理を提供しています。細部を見るほど、コンセプトがくっきりしてきて、哲学を読み取ることができました。このホテルが東京にできたら、東京全体が活性化し、さらに魅力的な都市になると感じたのです。
そのうち、お話をいただいて、私たちがパートナーになり、2025年の開業が決定したのです。客室数は211室、レストラン、カフェ、フィットネス、スパ、プール、ミーティングルームを備える予定です。
「名ホテルのリニューアル、重視したのはストーリ性」(伊達美和子さん)
――『1 Hotel Tokyo』が開業すれば、世界中から宿泊客が赤坂にやってきます。多様性も生まれ、街の雰囲気は変わっていくでしょう。また、地産地消のダイニングが置かれることで、東京の農業や酪農、畜産業ほか、地場産業の活性化にも繋がりそうです。
具体的なプランはまだ計画段階ですが、ホテルにより、東京の街はより魅力的になると確信しています。やはり、ホテルは、ただ人が集まるだけでなく、時間が堆積していき、個人の人生により深く関わってくる施設であると感じるのです。
それを痛感したのは、1894年創業の軽井沢『万平ホテル』の改修・改築事業です。約1年半の工事期間を経て、2024年10月に営業再開しました。今、それから2か月が経ちましたが、好評をいただいており、安堵しています。
万平ホテルは、130年の長い歴史を刻み、国内外の賓客をもてなしてきました。別荘がわりに使っていただいているお客様、何代にも渡りお泊りいただいているお客様なども多く、愛され続けているホテルです。リニューアルにあたり私たちはホテルを経営するという立場ですが、「お客様のものである」という意識は、常に持ち続けていました。
そこで重視したのは、「万平ホテルに、来た」というストーリー性です。敷地内に入り、エントランスに進む間、お客様は万平ホテルをどのように五感で受け取っているか、これを深掘りしていったのです。たくさんの想いが重なっているからこそ、変わらないことを重視つつ、すべきところは刷新するという方向性を探りました。その上で耐震性、安全性と快適性、バリアフリーを実現するプランを練り上げたのです。
その代表例が、エントランスの階段をスロープにしたことです。ほんの少し、印象は変わりましたが、違和感なくお入りいただいているようです。他にも、館内の移動や居心地の良さは上がっています。その差をぜひ体験してみてください。
――万平ホテルに実際に宿泊しましたが、これまでのような、和洋折衷のインテリア、ペンダント照明、ガラス障子、猫脚のバスタブ、ネジ式の鍵の窓枠…そしてダイニングのステンドグラスまで残っており、「昔のままで、新しくなっている」と感動しました。
可能な限り、残せるものを使いました。お泊りいただいた『アルプス館』は1936(昭和 11)年に完成し、2018年に国の登録有形文化財に登録された建物なので、制約も多く工事に規制もありました。多くの人が、「新しい建物を建てた方が、どれだけ簡単か」と感じたプロジェクトだったのです。
ただ、令和の今に全面改装するのですから、次の世代に続く、新しいものを作りたい。細部にその想いが具現化されているのですが、目に見える形で最もよく現れている代表例が、メインダイニングです。
かつて、あのダイニングの外側には、小さな庭があり、眺望を楽しむように工夫がされていたのですが、少し何かが引っ掛かりました。「この庭の役割はなんだろう」とこの建物を手がけた約90年前の設計者の思いを想像したのです。その時に、テラス的な役割を持たせたかったのではないか、と直感しました。
ーー当時は、海外がとても遠かった時代です。設計者は日本人の生活と海外のライフスタイルを折衷しつつ、作り上げていったのではないかと想像してしまいます。
現地に行くと、その工夫を随所に感じるのです。その文脈を理解してから、改めて庭を見ると、海外の建物によくある、サンルームテラスのような役割を持たせていたのだと解釈できました。そこで、新たに風景を楽しむテラスルーム席を作ったのです。
重厚なメインダイニングから、モザイクタイルの床がモダンなテラス席に抜けると、明るい雰囲気に変わります。このダイニングは席により、風景も印象も変わるので、季節を変えて何度来てもお楽しみいただけると思います。
ーー万平ホテルには、3つの宿泊棟があり、全室天然温泉バスタブ付きの『愛宕館』、テラス付きの『碓氷館』もあります。おすすめはどこでしょうか。
どこに泊まっても、朝の雰囲気と景色が素晴らしいです。
朝日を浴びながら、眼前に広がる雄大な日本アルプスを見ていると、心が洗われるような気持ちになります。夏もいいですが、冬の軽井沢も空気が森閑としており、心身が洗われるような気持ちになります。ぜひ、お泊まりにいらっしゃってください。
伊達さんがホテル作りで大切にしているのは、体験の新しさと「ストーリー性」です。後編では経営者として大切にしていること、アイディアの源泉、ファッションについてなど、詳しく紹介していきます
- PHOTO :
- 政川慎治
- WRITING :
- 前川亜紀