>>前編はこちらから

森トラスト・伊達美和子さん

 
伊達美和子さん
森トラスト、森トラスト・ホテルズ&リゾーツ社長、経済同友会副代表幹事
だてみわこ/東京都生まれ。1996年慶應義塾大学大学院修了後、総合コンサルティング会社勤務を経て、1998年森トラストに入社。2011年にグループ会社・森トラスト・ホテルズ&リゾーツの代表取締役社長に就任し2016年6月から現職。2011年に経済同友会に入会、2022年度より副代表幹事に就任。

「常に挑戦を続けるのは、同じことを続けていると飽きてしまうから」(伊達美和子さん)

――前編では『1 Hotels(ワンホテルズ)』の誘致の背景を伺いました。森トラストは2005年の『コンラッド東京』以降、多くの海外ブランドの「日本初出店」を手がけています。

ホテルは街に不可欠なものだと感じています。ですから、土地の取得を検討している時期から「ここにホテルを作る意味はあるか」を考えます。さらに、「このエリアだったらこういう雰囲気で、このコンセプトのホテルだ」などと、ある程度アイディアを固めます。
今、多くの海外ブランドが日本への進出を計画しています。私たちの仕事には、「そのホテルがある街」を魅力的にすることも含まれますので、私たちの考え方に合うブランドとパートナーになることが多いです。 私たちはこれまで、その都市や街にふさわしい、最高の施設を作ってきたという実績があります。

――土地とホテルブランドのマッチングは、どのように行なっているのでしょうか。

これは直感です。街の雰囲気、文化、重ねてきた歴史、地形、気候、そして時代の空気などを読みつつ、判断しています。
仕事柄、世界の新しいホテルに泊まるようにしていますが、その時に、前編でもお話しした、経営者としての目線のほかに、ユーザー目線でシミュレーションもしています。これが重なったときに何かが見えてくるのです。
私たちが手がけているラグジュアリーホテルに、日本初誘致が多いのは、私のチャレンジが好きな性格もあるかもしれません。同じことが続くと飽きてしまいますし、成長ができません。次のチャレンジを探し続けるのも経営者の性分なのでしょうね。

――今、1 Hotelsの『1 Hotel Tokyo』の2025年秋オープンまでの計画が進行中です。オフィスや商業施設もある『東京ワールドゲート赤坂』に、ホテルを作る上で気をつけていることはなんでしょうか。

施設と街全体の世界観を統一することです。ただ、これは特別難しいことではなく、利便性とデザインを自然に融合させればいいのです。土地の特徴を知り、それを際立たせて、デザインに取り入れていく。土地の力を引き出し、利便性とデザインを自然な状態で調和させることを重視しています。
 

2024年11月18日の『1 Hotel Tokyo』記者会見の様子。ここでも伊達さんは「日本の資源と魅力を生かした唯一無二の視点で商品を開発することが大切だ」と語っている。
2024年11月18日の『1 Hotel Tokyo』記者会見の様子。ここでも伊達さんは「日本の資源と魅力を生かした唯一無二の視点で商品を開発することが大切だ」と語っている。

「物語性を持たせるために、ガラス張りのロビー・バー空間を作りました」(伊達美和子さん)

――その土地の力に着目して、引き出すことで、「ここだけ」の価値が生まれると感じました。森トラストのホテルの中で、それを感じられる部分を具体的にお願いします。先日、『ラグジュアリーコレクション』の『翠嵐 ラグジュアリーコレクションホテル 京都』に宿泊しました。このホテルの場合、どこにそれをより感じますでしょうか。

早朝の庭でしょうか。ここは、京都の中でも最も嵐山が美しく見える場所と言われています。日の出の時間、東から上る太陽が、嵐山を照らし、木々を輝かせます。保津川の水面がきらめき京都の自然の美しさを心ゆくまで堪能できます。

私がもう一つ重視しているのは、敷地に入ってからのストーリー性です。これは、『東京エディション虎ノ門』で感じられると思います。

フロントロビーが31階にあり、エレベーターに乗り、現実世界から浮遊していく感覚を味わいつつ、フロントに「たどり着く」という特別感があります。

このロビーにある「Lobby Bar」の一角は、一部の天井や壁がガラス張りで東京の風景を楽しめます。ここは、当初、普通のテラスだったのですが、私はもう少し物語性を持たせたかった。そこで、一部をガラス張りにすることを決断したのです。

ーー一部とはいえ、天井や壁をガラス張りにするのは、構造変更も伴いますよね。「今からですか?」とは言われなかったのでしょうか。

言われましたが、ありきたりなものでは、うちでやる意味がないと思いまして、社長責任で変えました。
このフロントロビーは、レストラン、ラウンジ、ロビーの3つの機能が、広い空間に入っており、これを分断せずに世界観を構築することが、最も重要なテーマでした。
全体は、ニューヨークのナイトクラブの仕掛け人であるイアン・シュレーガーさんがプロデュースし、「空中のジャングル」というコンセプトを打ち立てました。これを基に建築家・隈研吾さんがデザインし、高層階にありながら緑があふれる空間を作りました。窓からは東京湾と東京タワーを望めますので、東京ならではの美しい景観を楽しめます。
先日、海外のオーケストラの皆さんがご宿泊くださったのですが、このロビーで皆さんがくつろいでいらっしゃって、私たちが狙ったようにコミュニティーホテルとして使っていただいており、嬉しく思いました。

『東京エディション虎ノ門』には季節営業のテラス席もある。地上140mの超高層階から”東京らしさ”を凝縮した景色を開放感と共に楽しめる。問い合わせ先/東京エディション虎ノ門

――体験と人との交流は、コロナ禍を経験した今、私たちが求めている2大要素とも言えます。東京エディション虎ノ門の開業が、コロナ禍中の2020年と知り、伊達さんの先見性に驚きました。ホテルが開店休業状態に追い込まれた当時のこと、そして、今後のビジネスの展望をお聞かせください。

ホテルは数年かけて開業準備をします。コロナ禍のときに、私たちは3つのホテルを開業しており、中には私たちが日本初進出として誘致した『JWマリオット』の『JWマリオット・ホテル奈良』もありました。
客室稼働率が下がり、ホテルの需要予測は大きく下回りましたが、一方でオフィスや投資事業の方は好調で、売上の目標達成はできたのです。経営は、いくつもの手を打ちつつ、常に前に進むものです。リスクを分散させて、戦略的なポートフォリオを組み立て、再びコロナ禍のようなことがある可能性も考えつつ、経営の舵取りをしています。

ーーその指針となるのが、2023年に策定した中長期ビジョン『Advance2030』ですね。10年先の未来を見据え、グローバル化、地方創生などを軸に、強い財務基盤を維持しつつ、社会のニーズに先だった価値創造を目指す、とあります。

少し未来の社会が何を求めているのか、という問いは、私はもとより社員全員が考え続けている課題です。経営者として感じるのは、リーダーは、アクセルを踏み込む時も、常に細かいところまで目を配ることも必要だということ。その目的は全体のバランスをとることなのです。

工事の遅延、予算の不足が生じても、会社全体で見たときに成長していればいいのです。この大きな目標とゴールを決めて、判断をすることが経営者の仕事です。加えて、最初から完璧を目指さず、確実にやり遂げるという指針作りも大切です。

2025年秋に開業予定の、『1 Hotel Tokyo』エントランスイメージ。現在、この施工が急ピッチで進んでいる。
2025年秋に開業予定の、『1 Hotel Tokyo』エントランスイメージ。現在、この施工が急ピッチで進んでいる。

「日本の経営者は男性が多いので、明るい色の服を着るようにしています」(伊達美和子さん)

――会社の象徴であるのも、また経営者です。森トラストを率いる伊達さんがファッションで心がけていることはありますか? 
表に出る時は、明るい色を着るようにしています。日本の経営者は男性が多いので、暗めの色では埋没してしまいますので。
取材の時は、その媒体の読者の方になじむ服装にしております。ビジネス誌、ファッション誌、海外の雑誌など、目的に合わせて変えるようにしていますが、黒、白、ベージュが基調になることが多いですね。
ヘアスタイルは決まったサロンに行き、ロングヘアを維持しています。学生時代からこのスタイルで、ほとんど変えたことがないのです。

――プライベートでは、どのようにリフレッシュしていますか?

今はゴルフに夢中です。学生時代に本気で取り組んでいたのですが、社会人になるとそれどころではなくなり、20年ほどのブランクができていたんです。
ところが、コロナ禍で時間ができ、周囲の同世代も再開する人が続出。私も始めてみたところ、なかなか面白い。今は、空白の20年分を取り戻すように、週末はゴルフ場に通っています。
あとは、ジムですね。週2回ほどジムに行き、トレーニングをしています。朝にしているのは、別の予定が入りにくく、ルーティンにできるから。1日のスイッチが入りますし、気分転換になります。
経営者として大切なのは、気力と体力の維持です。体力の元となる筋肉は動かし続けなければ維持できませんし、体力は気力も生み出します。これがいい経営と判断に繋がっていくと信じています。

伊達さんは、「会社を安定的に成長させることが、私自身のモチベーションであり、新しい挑戦がリフレッシュになっているのかもしれません」と話を締め括りました。伊達さんと対峙していると、新しい目標を持ち、挑戦をし、理想を実現する努力を惜しまないことが、新しい価値を生むのだと気づきます。伊達さんが率いる、森トラストの施設に行くと、新しい発見や、時代に即した「特別」を体験できる。それが私たちの仕事や人生に、いいエッセンスをもたらしてくれるのでしょう。

 
聞き手…能  聡子(のう さとこ)
Precious.jp編集長 
しなやかに、今を生きる…プレシャス世代の新たなBOSS像を本連載を通じて、探っていきます。
 
PHOTO :
政川慎治
WRITING :
前川亜紀