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2025年は“吉原の熱男”が推しです!

約1年間というマラソン放送のNHK大河ドラマですが、本放送も第3回を終えれば視聴者の評価が固まってくるころ。初回は「とりあえず」、翌週は「様子見」、そして3週目ともなれば「好き、嫌い」「観る、観ない」の判断もそろそろできようというものです。2025年1月5日に始まった『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』は、のちに「江戸のメディア王」や「江戸文化の仕掛け人」「浮世絵界の黒幕」などと呼ばれることになる版元、蔦重(つたじゅう)こと蔦屋重三郎の立身出世物語。立身出世といっても蔦重の場合は己の欲によるものではなく、自分を育ててくれた“吉原”への強い想い、恩返しからくるもの、という構成。筆者は、誰かのため、何かのためという純粋さに加え、想像力と行動力、そして人を巻き込む魅力を併せもった“江戸吉原の熱男(アツオ)=蔦重”から早くも目が離せません!


蔦重のお仕事拝見!「引手茶屋」「貸本屋」って?

1750(寛延3)年、江戸・吉原(浅草寺の裏手、現在の千束4丁目辺り)に生まれ、両親の離婚を経て数え7歳で吉原の引手茶屋「蔦屋」に養子に入った…のは実在した蔦屋重三郎。ドラマでの蔦重(横浜流星さん)は駿河屋市右衛門(するがやいちえもん/高橋克実さん)の養子で、市右衛門が営む吉原一の引手茶屋「駿河屋」を手伝いながら貸本業にも精を出している20代の青年です。では、「引手茶屋」、「貸本屋」とはなんでしょう?

蔦重(横浜流星さん)の養父、駿河屋市右衛門(高橋克実さん)は気に入らないことがあると暴力をふるう乱暴者として描かれています。実子である次郎兵衛(中村蒼さん)が怠け者と揶揄されて「そこだけは言うてもおくれな小夜嵐」とおどけたことにブチ切れ、顔面を殴りつけ、怒りの元凶となった蔦重(横浜流星さん)の襟もとを掴んで引きずり、1話と同様、またも階段から突き落とそうして自分が転げ落ち、怒り爆発。(C)NHK

■「引手茶屋」とは?

「引手茶屋」とは、客を女郎屋に案内する茶屋のこと。女郎屋への送り迎え、芸者や料理の手配など、酒宴を整えて稼ぐわけです。唯一の江戸幕府公認の遊郭だった吉原では、客と女郎、客と女郎屋などのトラブルを防ぐためにも引手茶屋の存在は不可欠。そのぶん、料金はかさみましたが安心して遊ぶことができたのは、「駿河屋」のような引手茶屋あってのことなのです。

■「貸本業」とは?

一方、風呂敷に包んだ本を背負って女郎屋を行き来するのが「貸本業」としての蔦重の姿。人口100万人という大都市に成長していた江戸中期(18世紀後半)の江戸では、庶民も相撲や歌舞伎などの娯楽を楽しむ余裕がありました。

なかでも手軽な娯楽が読書で、現代の漫画やライトノベルのような絵入りの物語本「草双紙(くさぞうし)」が大人気。成人向けの色っぽいものから童話などの子ども向けまでさまざまなジャンルがあり、それらを最も手ごろに楽しむ方法として「貸本業」が成立していたのです。

レンタル料は旧刊で約6文、新刊だと約24文。かけそば1杯16文の時代ですから、貸本は庶民の強い味方というわけ。人気の草双紙を行商しながら貸し付け小銭を稼いでいた蔦重ですが、吉原という特殊な世界で生きる彼にとってこの行商は、あちこちになじみをつくり、情報を収集したり相互援助したりするための処世術だったのかもしれません。


女郎屋の日常はまるで女子寮

『べらぼう』第2回と第3回の放送では、蔦重の幼馴染である花魁の花の井(はなのい/小芝風花さん)が身を置く女郎屋「松葉屋」で、蔦重が仕入れてきた草双紙を女郎や幼い少女たちが楽しげに物色するシーンが何度も登場しました。それはまるで女子高の教室か女子寮といった賑やかさ。昼間の彼女たちはお肌の手入れをしたり入念に化粧をするだけでなく、本から教養を得て自分磨きをしたのです。


農民も狂歌に親しんだ!江戸時代の識字率は?

ここで江戸時代の“教育”について確認しておきましょう。

まず教育に力を注いだのは武士階級。藩校をつくっただけでなく私塾を生み、さらに手習い(寺子屋)まで運営したことで、階級を問わず読み書きを習い、読書にいそしみ、議論を交わすという、社会的に学問の間口が広がったのが江戸時代でした。戦のない時代ですから、武士も剣の腕より知性や教養磨きにいそしんだというわけです。

特に初等教育のための手習いは全国各地に設置され、蔦重が生まれた100年後(1850年ごろ)の江戸幕府内全体の就学率は、農村部も含め70%から80%だったというから驚きです。蔦重も「蔦唐丸(つたのからまる)」という名前で狂歌連に参加していましたが、当時は狂歌が大流行。狂歌とは和歌のパロディですから、和歌の教養と笑いや皮肉のセンスが問われます。農作業の合間にも狂歌に親しんだというほど、読み書きはもちろん、高い教養を身に付けた人が多かったのです。江戸時代の文化に詳しい美術史家が「江戸時代の江戸の人の識字率は世界一でしょう」と言うほど、江戸っ子は大変な教養人でもあったというわけ。蔦重の行商による貸本業は、寺子屋に通えない女郎屋の幼い禿(かむろ。女郎の世話をする少女)に、教養や学問を届けることでもあったのですね。

3話では、田沼意次(渡辺謙さん)がのことを「ありがた山の寒がらすか!」と思い出すシーンが。今回の大河では、言葉遊び的要素がそこかしこに散りばめられていて、それをリフレインさせて視聴者に印象付ける手法が目立つ。右は嫡男田沼意知役の宮沢氷魚さん。(C)NHK

第3回に登場した『一目千本』は三方よしで続編も

■「入銀本」は現代のクラファンです!

さて、遊客が激減してピンチに陥った吉原の立て直しに奔走した蔦重。奮起第一弾は、かの平賀源内(ひらがげんない/安田顕さん)にわくわくする序文を書いてもらった『吉原細見 嗚呼御江戸(ああおえど)』で、出来も評判もよかったものの客足はなかなか戻りませんでした。

そこでもっと知恵を絞って制作したのが、入銀本(にゅうぎんぼん)の『一目千本(ひとめせんぼん)』です。入銀本とは、今でいうクラウドファンディングによって制作された本のこと。掲載してほしい女郎が出資するのですが、お金の出どころはもちろん彼女らに入れ揚ている遊客です。「推しのためなら…」は、18世紀も21世紀も相違ない、ということですね。

『一目千本』は挿花(生け花)の画集に見えて、実は入銀した120人の女郎を花に見立てて描いたもの。「ツーンとしたつれない女郎はワサビの花」「夜が冴えないのは昼顔」など、人気絵師、北尾重政(きたおしげまさ/橋本淳さん)による挿絵から、狂歌のようにパロディを読み解くおもしろさに人々は熱狂したのです。

北尾重政(橋本淳さん)に、「人物を墨摺りで書くとおもしろくないんじゃないか」と言われ「じゃ、なんならいいですかね」と尋ねる蔦重(横浜流星さん)。「動物に見立てるのはどうか」「花に見立てるのは?」と案が飛び交います。これは今で言うブレストですね。蔦重は人の意見からさらにいいアイデアを膨らませる柔軟な思考の人物として描かれています。(C)NHK

■デビュー作で“三方よし”を実現

『吉原細見 嗚呼御江戸』はもともとあった『吉原細見』の改訂版でしたが、奮起第二弾である『一目千本』は、編集者としての蔦重のデビュー作。しかも本を売ることができる版元株をもっていなかった蔦重は、女郎からごひいき客に配る非売品のプロモーションツールとして『一目千本』を制作しました。欲しければ女郎と遊ぶしかない、というわけです。妓楼(妓楼・女郎屋のこと)と女郎、客、そして蔦重と、すべてが満足する“三方よし”。これは江戸の町衆に浸透していく精神ですが、蔦重の商売規範のデフォルトにもなったのです。

■『一目千本』の後日談

その後、出版権を得た蔦重は、この『一目千本』から妓楼と女郎の名前を除いた挿花絵本『手ごとの清水』を出版販売。『一目千本』の続編ともいえる『手ごとの清水』は、女郎という“推し”がいなくても北尾重政の挿絵で十分楽しめるという良質さと、蔦重の商才を証明するもののひとつとなりました。

そして、第3回の放送で花の井が読んでいた赤い表紙の本は「赤本」と呼ばれる童話の本。20代の花魁が読む本ではなさそうですが…実はこれ、子どものころに蔦重からプレゼントされた『塩売文太(しおうりぶんた)物語』なのです。内容はともかく、この本をいとおしそうに手に取る花の井…。蔦重と彼女の関係、今後の展開も気になりますね!


次回『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第4回「 『雛形若菜』の甘い罠」のあらすじ

『一目千本』で成功した蔦重(横浜流星さん)は、次なる一手に、呉服屋の入金で店の着物を着た女郎の錦絵をつくる計画を立てるも、自身の知名度の低さで資金集めに苦戦する。そんななか、西村屋(西村まさ彦さん)が共同制作の話を持ち掛け、錦絵づくりは順調と思われたが…。一方、田安治察(入江甚儀さん)亡きあと、賢丸(寺田心さん)は、田沼意次(渡辺謙さん)が画策した白河藩への養子の一件を撤回するため松平武元(石坂浩二さん)にある頼みを命じるが…。

※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』~第3回 「千客万来『一目千本』」のNHKプラス配信期間は2025年1月26(日)午後8:44までです。

この記事の執筆者
美しいものこそ贅沢。新しい時代のラグジュアリー・ファッションマガジン『Precious』の編集部アカウントです。雑誌制作の過程で見つけた美しいもの、楽しいことをご紹介します。
WRITING :
小竹智子
参考資料:『デジタル大辞泉』(小学館)/『日本国語大辞典』(小学館)/『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 前編』(NHK出版)/『はじめての大河ドラマ べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 歴史おもしろBOOK』(小学館)/『大河ドラマ べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 蔦屋重三郎とその時代』(宝島社)/田中優子著『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(文藝春秋) :