東京都目黒区の緑に囲まれた土地に建つ「ホテル雅叙園東京」。本ホテルが有する東京都指定有形文化財「百段階段」では、「ミニチュア×百段階段~文化財に広がるちいさな世界~」を2025年3月9日(日)まで開催しています。
文化財「百段階段」には、「十畝(じっぽ)」「漁樵(ぎょしょう)」「草丘(そうきゅう)」「静水(せいすい)」「星光(せいこう)」「清方(きよかた)」「頂上」の7つの部屋があり、階段を上って一つひとつをめぐると、食べ物やアンティーク、ひな飾り、ジオラマなど、さまざまなジャンルの「ちいさな世界」を体感できます。
内覧会に参加したPrecisous.jpライターが、展示の詳細をお伝えします。
文化財でミニチュアの世界を体感できる!ホテル雅叙園東京「ミニチュア×百段階段~文化財に広がるちいさな世界~」鑑賞レポート
時間軸によって異なる「ちいさな世界」から受け取る想い/エレベーターホール

会場を訪れるべくエレベーターを降りると、「ごちゃ絵クリエイター」のMizuki Takamatsu氏の「ちいさな世界」が目に飛び込んできました。ここからすでに展示が始まっているのです。
ちなみに「ごちゃ絵」とは、Takamatsu氏が提唱している“膨大な情報をごちゃごちゃと一枚絵に描き切る作風”のこと。本作では、過去を「ちいさな世界」として見ている現在ですら、未来から見ると「ちいさな世界の一部になる」という時間軸を表現しているのだそう。
多くの宴を見守ってきた旧目黒雅叙園の各部屋では、楽しそうに食事を囲む人たちや披露宴、創作のインスピレーションを受ける作家など、人々が思い思いの時間を過ごしており、それを上から覗く人たちが描かれています。一枚の絵から、人々の想いや物語を未来につなげていきたいというTakamatsu氏の願いを受け取ることができます。
■1:ちいさな命や食品が集う「ミニチュアの饗宴」/十畝(じっぽ)の間

「十畝の間」の展示のテーマは「ミニチュアの饗宴」。洋風の宴会場をイメージした部屋の中央には、長いテーブルが置かれています。その上にはお花やミニチュア作品が飾られており、かつて宴会場だった文化財「百段階段」が久しぶりにその姿を見せてくれています。
造本作家・佐藤りえ氏の作品は、アコーディオンブックと呼ばれる本や、開いて結ぶと星の形になる「スターブックス」など、さまざまな手製本が並びます。中には、1cm未満の「マイクロブック」も。
「一枚の金属板から」をテーマに調理器具などのミニチュア作品を作っている河合行雄氏と、ミニチュアフードや小物を製作している妻の朝子氏、娘のASAMI氏による「ミニ厨房庵」の作品。

「コロッケ60円」「メンチカツ80円」といった手書きの札が並ぶ、どこか懐かしい光景。2階にはお肉屋さん家族の家があり、食卓にはお店の残り物で作ったカツ丼が並んでいます。行雄氏が小学生の頃にお友達から聞いたエピソードが元になっているといいます。
金属プレス加工業を営んでいた行雄氏が手がけた什器が、お店のリアリティをより高めています。

元は洋食屋だったところを中華料理店にしたという「昭和の中華飯店」。カウンター奥のガス管や少し錆びついた厨房の排水溝など、リアルな部分を見つけるたびに本物の店舗かと錯覚しそうになります。
ドールハウス・ミニチュア作家の藤坂恵氏は、樹脂粘土で実在する昆虫の1/12サイズを製作しています。「secret insects box」は、からくり箱や宝箱を開けるときのワクワク感をイメージして作られたそう。

ちいさな箱を開くと、ヘラクレスオオカブトやモルフォ蝶など、たくさんのミニチュア昆虫の標本が美しく配置されています。月型の取っ手がついたチェストやミニミニ引き出しなど、細部に散りばめられたかわいいポイントも見どころのひとつです。
本物と見紛うような美しい花々は、ミニチュアフラワー作家の宮崎由香里氏の作品です。

「花の生き生きとした感じを表現したい」と製作への想いを語る宮崎氏の作品は、近くで見れば見るほど、命が宿っているように感じられます。
「かわいい」が凝縮されたBonne Chance*yuri氏の作品は、コスメや「大正時代にこんなお菓子があったら……」という妄想を詰め込んだ作品が並んでいるといいます。

つけまつ毛やビューラーまであり、小人たちがメイクしている様子を想像してワクワクしてしまいます。
また、ミニチュアアーティストの田中智氏のミニチュア食品として、ホテル雅叙園東京のおせち料理を再現したものや、秋刀魚定食など、暮らしに根付いたものから高級なものまで、さまざまな料理が展示されています。

具だくさんの「おでんセット」は、鍋のフタについた水滴が、おでんのあつあつ感を演出しています。

ミニ切子作家・Megumi Hachinohe氏の美しい切子作品も間近で鑑賞できます。

とても小さく繊細なミニチュア切子は、アクリル棒を旋盤加工して削り、着色をし、切子の模様を彫刻し、磨くという工程で作られているそう。それぞれの作業にとても神経を使うといいます。
これらの作業を休みなく続けた場合、ひとつの作品を完成させるまでにかかる時間は約36時間! 気の遠くなるような時間と工程を経て、精巧なミニチュア切子ができあがるのです。
幻想的で美しいガラス作品は、沖縄でウミヘビの生態研究をしていたというガラス作家の増永元氏が手がけたもの。地球上で生き物が暮らせるエリア「バイオスフィア(生物圏)」をコンセプトに製作活動をしているといいます。バイオは「生物・生命」、フィアは「球体」を意味します。
球体の作品の下には鏡があり、ガラスの球体の裏側が映っています。そこには、同じ環境に生息する生き物がいるのです。

「自然環境がなくなっていく中、変色しないガラスを使って生き物たちやその環境を記録していく作業をしている」と話す増永氏。図鑑ではなく、実際に海や山に足を運び、生き物や周囲の環境を見るという取材スタイルをとっています。

青いちいさな魚が泳ぐ「夏の礁池(しょうち)」。礁池とは、潮が引いたときに、珊瑚礁のくぼみに海水が溜まって池のような状態になった水域のことを指すそうです。表の珊瑚にばかり目がいってしまいますが、じつは同じ環境に海藻が茂る藻場があるといいます。
この2種類がモザイク状に混ざり合っている状態が、もっとも生物多様性が高い状態であり、切り離して考えない方がいいとの考えから、その多様な環境を一つのガラス玉に記録しています。ぜひ裏側も合わせて鑑賞してほしい作品です。
■2:光と影の美しさに魅入ってしまう「遠近法のミニチュアハウス」/漁樵(ぎょしょう)の間

階段を上り、文化財「百段階段」の部屋の中でもひときわ絢爛豪華な「漁樵の間」へ。
建築士という経歴を持つミニチュアハウスアーティスト・島木英文氏が手がけたミニチュアハウスは、覗くと奥行きを感じられるよう計算して作られています。また、畳製作や小物製作など、それぞれを別の方が手がけている点も鑑賞ポイントのひとつです。
「斜陽館(太宰治記念館)」は覗き込むと、庭から差し込む温かい光と土間に落とした建具の影のコントラストがとてもきれいです。

島木氏は光の当て方を大事にしていたそうで、テレビの取材などが来ると、照明の方に光を当てる角度や表現できる時間帯について聞き、教わっていたといいます。
こちらは映画『用心棒』の世界が広がる作品。主人公の佇まいとその先に広がる光景に自分がタイムスリップしたような感覚を覚えます。

まるで映画のワンシーンを切り取ったかのようなこの作品……実は、こんなに小さいのです!

覗きこんだときの不思議な感覚を、ぜひ会場で体験してみてくださいね。
■3:文化財の中で息づくジオラマ「街のジオラマ」/草丘(そうきゅう)の間

「草丘の間」のテーマは「街のジオラマ」。部屋に足を踏み入れると、横須賀軍港の風景や新宿、秋葉原の街並みが目に入ってきました。

これらは千葉経済大学 模型部が手がけたジオラマ作品です。プラモデルとペーパークラフト、オリジナルのプリント作品、プラ板などを組み合わせて作っています。

ペーパークラフトは折るときに歪んでしまったり、カッターで折れ目に切れ線を入れる際、加減がわからず切ってしまったりすることも。失敗を重ねながら2か月ほどかけて完成させたといいます。
全体の雰囲気を大事にしているため実際の配置とは異なるそうですが、ランドマーク的な建物や看板を見ると、「自分が知っている街だ!」とうれしくなります。
目線を地面の辺りまで落として鑑賞すると、より臨場感を感じられますよ。
水没した世界を立体造形で表現したというジオラマ作家・MASAKI氏の作品。さまざまな水没後の世界を3Dプリンタとレジンを使って表現しています。

作品の奥には、一風変わった展示も。水没後の世界で人が暮らしている「水没夜景」や、クジラの背中に街がある「Life on the whales」などを暗いところで鑑賞でき、より作品の世界に没入できます。
こちらは、ジオラマ作家で日本大学芸術学部文学学科教授の青木敬士氏が作った今にも動き出しそうな街並み。

青木氏が5歳の頃の故郷の風景を再現しているとのこと。工場が稼働し、列車や車が走っている様子から、活気のある様子が伝わります。
■4:職人の技術の高さを感じる江戸時代の小さな雛飾り「ミニチュアのお雛さまと和の世界」/静水(せいすい)の間

「静水の間」では、雛道具研究家の川内由美子氏のコレクションの中から約1,000点が展示されています。

江戸時代に人気を博したというおもちゃ屋の名店「七澤屋(ななさわや)」の雛道具を中心とした雛飾り。七澤屋の雛飾りは、小さな本には字が書いてあり、貝桶にはきれいな模様が描かれた貝がたくさん入っていたりするなど、細かい部分も丁寧に作られています。

約200年前に作られたという江戸時代の切子のミニチュアは、すべて手彫りです。間近でじっくり眺めると職人の技術の高さを感じることができるでしょう。
「知らないのになぜか懐かしい昔の暮らし」のコーナーには、お花や家具、食べ物など多様なミニチュアがずらりと並んでいます。

でんでん太鼓や風車、けん玉などのおもちゃももちろんミニサイズ。子どもたちが楽しそうに遊んでいる光景が目に浮かびます。
■5:国と時空を超えたミニチュアの世界を堪能できる「ドールハウスの魅力 アンティークドールハウスと和の景色」/星光(せいこう)の間

「星光の間」のテーマは「ドールハウスの魅力 アンティークドールハウスと和の景色」。和と洋の二つのミニチュアの世界を体験できます。
歴史を感じる洋風のドールハウスは、アンティークドールハウス コレクター・佐藤與一氏のコレクションの一つ。およそ250年前作られたイギリスのドールハウス「ハスケルハウス」で、100年前に内装を修復し、照明を入れたそうです。外側も含めてきれいな状態を保っていることに驚きましたが、海外のドールハウスは、ハウスや調度品をそれぞれ別の人が作っていて、その分クオリティも高いと聞き、納得しました。
ちなみにこのハスケルハウスができた1700年代後半の日本は江戸時代。西洋のドールハウスが長い年月をかけて文化として醸成したことがわかります。
実在した肉屋で客寄せに一役買っていたという「ミリガン家の肉屋」。

吊るされた大きな肉の塊は、客の注文に応じて切り分けられるそう。当時の食文化を垣間見ることができます。
ドイツ製の「おもちゃ屋」には、クリスマスの雑貨が並んでいます。

たくさんのおもちゃの中には、ミニチュアの世界の住人が遊んでいるであろうドールハウスも。見るたびにちいさな発見があります。さらに中央には、文化財「百段階段」と同級生(1935年生まれ)のドールハウスもあるので、ぜひチェックしてみてください。
部屋の手前に並ぶのは、水槽の中で気持ちよさそうに泳ぐ金魚たち。魚に特化したミニチュア作品を製作しているミニチュアドールハウス作家・小林美幸氏の展示です。

金魚やお花は、すべて樹脂粘土製。それぞれに色を付けて入れ物にセッティングしてから、水の役割をするレジンを流し込んでいるそう。最初にすべての配置を決めるため、じつは金魚には細いテグスが付いているといいます。
実際に浅草にあるという「浅草きんぎょ」。

紙製の金魚が店内を泳ぎ、中央には金魚すくいができる水槽もあり、金魚好きにはたまらないお店です。実際の店舗も訪れてみたくなりますね。
■6:本の間に潜む路地裏「本の間のちいさな世界」/清方(きよかた)の間

「本の間のちいさな世界」をテーマにした「清方の間」へ。一見ミニチュアとは関係なさそうですが、よく見ると、すでに小さな世界の入口が顔を出しています。
作者は路地裏BOOKSHELF作家のmonde氏。自身が暮らす東京の街並みなどをモチーフに制作をしているといいます。展示は「旅に関する物語」「酒と酒場に関する物語」「昭和時代の物語」の3つのエリアで構成され、さまざまな路地裏と出会うことができます。
「旅に関する物語」では、香港やベニチアを訪れることができます。

海外の映画で目にしたことがあるような世界です。飲食店から立ち上る湯気が見え、そこで生活する人々の元気な声が聞こえてきそう。
「酒と酒場に関する物語」に進むと、小さな赤提灯が灯る路地裏や雑居ビルの隙間といった「知らないけど知っている気がする風景」が現れます。覗き込んでいると、別の世界に迷い込んでしまったのかと錯覚してしまいそうに。

「昭和時代の物語」には、商店街や木造住宅、猫がいる路地などの懐かしい風景が。ちいさな路地裏に迷い込んでいる少しの間、タイムスリップしたような感覚を覚えます。

たばこ屋さんやスナックが並ぶ、どこか懐かしい風景。本のタイトルも気になります。
■7:自分自身がミニチュアになれる「Alice in "Wa"nderland」/頂上の間

99段の階段を上り「頂上の間」の入り口に着くと、うさぎがお出迎えしてくれました。ここからは、「不思議の国のアリス」をモチーフにした、ジャイアントフラワーアーティストMEGU氏による展示。

中に入ると、不思議なメッセージと茶器が置かれています。部屋の奥には、大きな芍薬が……。

迫力のある芍薬を前に、あのお茶を飲み、自分の体が小さくなってしまったことに気づきます。さらに奥へ進むと、床や天井から鮮やかな花々が咲いています。

大きな花々に見惚れ、圧倒されながら進むと、暗いトンネルにたどり着きました。

幻想的なトンネルを抜けた先にあったのは、旅の終わりを意味するメッセージとお菓子です。

そして、元の世界へ。展示もここで終わりです。小さいものをたくさん見て、最後には自分自身が小さくなってしまうという、なんとも不思議な体験でした。
企画展と連動したランチやアフタヌーンティーも

ホテル内のレストランでは、ランチやアフタヌーンティーと企画展を楽しめるプランを提供しています。さらに、着物レンタルと着付けもセットになったプランもあり、何重にも楽しめそうです。
メニューやプラン内容などの詳細、予約に関しては、公式サイトをご確認くださいね。
さまざまなアプローチから「ちいさな世界」を体験できる本展示。鑑賞していると、自分が大きくなったり、小さくなったりするような不思議な感覚を覚えます。
一つひとつの作品がミニサイズで作品数も多いため、見応えは十分すぎるほどにあります。ゆっくりじっくり鑑賞したい方は、時間に余裕のある日に訪れることをおすすめします。
問い合わせ先
- ホテル雅叙園東京
- 開催期間/〜2025年3月9日(日)
- 開催時間/11:00〜18:00(最終入館17:30)
- 休館日/なし
- 料金/大人 ¥1,600、大学生・高校生 ¥1,000、中学生・小学生~中学生 ¥800
- TEL:03-5434-3140(イベント企画 10:00〜18:00)
- 住所/東京都目黒区下目黒1-8-1
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- TEXT :
- 畑菜穂子さん ライター
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- EDIT :
- 小林麻美