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プロフィール

 

名前:ハンフリー・ボカード(Humphrey Bogart)
出生地:アメリカ合衆国ニューヨーク州
生年月日:1899年12月25日

1930年に映画『河上の別荘』でスクリーンデビューしたハンフリー・ボガート。いくつかの作品に端役で出演した後、映画『化石の森』(1936年)のギャング役で注目を集めました。
1941年の映画『ハイ・シエラ』で初主演を果たすと、同年の映画『マルタの鷹』での演技が高い評価を獲得。翌年には『カサブランカ』(1942年)でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。
妻であるローレン・バコールと共演した『三つ数えろ』(1946年)『潜行者』(1947年)『キー・ラーゴ』(1948年)など、代表作は多数。『アフリカの女王』(1951年)ではアカデミー賞主演男優賞を受賞しています。
1950年代に入ってからも、オードリー・ヘプバーンと共演した『麗しのサブリナ』(1954年)やアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた『ケイン号の叛乱』(1954年)などに出演するなど、人気俳優として活躍。
一方でアルコール問題など健康面での陰りもみえはじめ、1956年には食道がんの診断を受けています。その後、1957年1月にロサンゼルスの自宅で死去。最後の作品は亡くなる前年に公開された『殴られる男』でした。

私生活では、生涯で4度の結婚を経験。特に、4番目の妻である女優ローレン・バコールとの25歳差のロマンスは世界中から注目を集めました。ローレン・バコールとは1944年の映画『脱出』での共演がきっかけで出会い、交際に発展。1945年に結婚し、ふたりの子どもを授かっています。

「若いころ」「昔」の写真9選

まず、ハンフリー・ボガートの「若いころ」「昔」の写真をピックアップ。

1900年(1歳)ニューヨークの裕福な家庭で育った

 

1930年(30歳)ロサンゼルス ポートレイトセッション

 

1936年(36歳)

 

1936年(36歳)映画『化石の森』より

 

1938年(38歳)映画『犯罪博士』より

 

1939年(39歳)

 

1941年(41歳)映画『マルタの鷹』より

 

1942年(42歳)

 

1944年(44歳)

 

「映画」代表作5選


ここからは、チェックしておきたいハンフリー・ボガートの代表出演「映画」をご紹介します。

『マルタの鷹』(1941年)

 

ジョン・ヒューストン監督。ダシール・ハメットの小説が原作。共演は、メアリー・アスター、シドニー・グリーンスリートなど。

あらすじ:私立探偵のサム・スペード(ハンフリー・ボガート)は、ブリジッド(メアリー・アスター)という女性から受けた依頼がきっかけで相棒を殺されてしまう。警察から犯人と疑われたことで、サムは独自の捜査を開始。事件の真相を追ううち、ある鷹の置物が事件に関係していることを突き止める。

『カサブランカ』(1942年)

右は、イングリッド・バーグマン。
右は、イングリッド・バーグマン。

マイケル・カーティス監督。マレイ・バーネット、ジョアン・アリスンの『皆がリックの店にやってくる』が原作。ハンフリー・ボガート演じるリックの台詞「君の瞳に乾杯」は映画史に残る名文句とされている。

あらすじ:第2次世界大戦下、フランス領モロッコのカサブランカ。アメリカ人リック(ハンフリー・ボガート)が営む「カフェ・アメリカ」に、かつての恋人イルザ(イングリッド・バーグマン)が夫のヴィクター(ポール・ヘンリード)を伴って現れる。ドイツ抵抗運動の指導者であるヴィクターを助けるため、イルザはリックに協力を求めるが…。

『三つ数えろ』(1946年)

右は、ローレン・バコール。
右は、ローレン・バコール。

ハワード・ホークス監督。レイモンド・チャンドラーの小説『大いなる眠り』が原作。共演は、ローレン・バコール、ジョン・リッジリーなど。

あらすじ:私立探偵フィリップ・マーロウ(ハンフリー・ボガート)は、資産家のスターンウッド将軍から依頼を受け、娘カルメン(マーサ・ヴィッカーズ)への脅迫に対処することになる。カルメンの姉ヴィヴィアン(ローレン・バコール)から、用心棒と運転手の両方が姿をくらましているとの情報を得たマーロウは、事件との関連を調査していくが…。

『アフリカの女王』(1951年)

左は、キャサリン・ヘプバーン。
左は、キャサリン・ヘプバーン。

ジョン・ヒューストン監督。セシル・スコット・フォレスターの小説が原作。共演は、キャサリン・ヘプバーンなど。ハンフリー・ボガートはこの作品でアカデミー賞主演男優賞を受賞した。

あらすじ:1914年、アフリカの奥地で布教活動をしていたローズ(キャサリン・ヘプバーン)は、滞在していた村がドイツ軍の焼き討ちにあい、たったひとり残されてしまう。チャーリー(ハンフリー・ボガート)という船乗りに助けられたローズはドイツ軍への報復を決意。手製の魚雷で攻撃することを提案する。無鉄砲なローズの計画に反対していたチャーリーだったが、協力せざるを得ない状況に陥ってしまう。

『麗しのサブリナ』(1954年)

 

ビリー・ワイルダー監督。サミュエル・テイラーの戯曲が原作。共演は、オードリー・ヘプバーン、ウィリアム・ホールデンなど。

あらすじ:大富豪ララビー家の長男ライナス(ハンフリー・ボガート)は、弟デヴィッド(ウィリアム・ホールデン)の政略結婚を成功させるため、運転手の娘サブリナ(オードリー・ヘプバーン)との仲を邪魔することに。はじめは策略に過ぎなかったが、共に過ごすうちにサブリナの魅力に夢中になっていくライナス。サブリナもまた、ライナスの優しさに心を動かされ、彼を心から愛するようになるが…。

「妻/子ども」の写真6選


生涯で4度の結婚を経験したハンフリー・ボガート。4番目の妻ローレン・バコールとの間に、ふたりの子どもを授かっています。ここからは、「妻/子ども」の写真をピックアップ。

1926年に結婚した最初の妻ヘレン・メンケンと

 

1938年に結婚した3番目の妻マヨ・メトットと

1940年 ロサンゼルスにて。
1940年 ロサンゼルスにて。

1945年に結婚したローレン・バコールと

映画『キー・ラーゴ』より。
映画『キー・ラーゴ』より。

結婚当初ハンフリー・ボガートは45歳 ローレン・バコールは20歳だった

 

息子のスティーブン、娘のレスリーと

1954年。
1954年。

1955年 映画『必死の逃亡者』プレミア

 

「男前遍歴」9選


次に、40代後半からの「男前遍歴」をお届けします。ダンディの体現者、その佇まいに見惚れてしまうはず。

1945年(45歳)

 

1947年(47歳)

 

1949年(49歳)映画『暗黒への転落』より

 

1949年(49歳)

 

1950年(50歳)

 

1950年(50歳)パリにて

 

1952年(52歳)映画『デッドライン~USA』より

 

1954年(54歳)パリにて

 

1955年(55歳)

 

「晩年」の写真


1951年には念願のオスカーを手にするなど、精力的に活動していたハンフリー・ボガート。華々しい活躍の一方で、飲酒や喫煙の影響による健康問題を抱えていたともいわれています。1956年に食道がんの診断を受け、1957年1月にロサンゼルスの自宅で死去。
のちのエンターテイメント界にも多大な影響を与えたとされる名俳優の功績は、没後70年近く経った今もなお、色褪せることはありません。

1956年(56歳)映画『殴られる男』プロモーション写真

 

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