【目次】
【「アイスクリームの日」とは?「いつ」「誰が」「なぜ」を簡潔に解説】
■いつ、誰が決めたの?なぜ5月9日になった由来は?
5月9日は「アイスクリームの日」です。最初の東京オリンピックが行われた1964年(昭和39)に、東京アイスクリーム協会(現・日本アイスクリーム協会)が5月9日を「アイスクリームデー」と決め、記念事業を開催したことに由来します。意外と古くからある記念日なのですね。
■なぜ?目的は?
「アイスクリームの日」が制定された目的はズバリ、アイスクリームの普及&消費拡大です!
【「アイスクリーム」の「歴史」とは?日本での広がり】
■はじまりは健康食品!?
電気を使った機械式冷温貯蔵庫(保冷庫)がなかった古代、食品を保存するために利用されていたのが天然の氷雪です。やがて人々は氷雪を保冷用として使うだけでなく、現代のシャーベットのようにして暑い時期に食べるようになった――これがアイスクリームの始まりと言われています。兵の士気を鼓舞して肉体を元気づける、重要な健康食品として利用されていました。
■嗜好品にしたのはあの英雄!
これを嗜好品として広めたのが、「賽は投げられた」「ブルータス、お前もか」などの言葉で知られる古代ローマの英雄、ジュリアス・シーザーことガイウス・ユリウス・カエサル(BC100〜44年)です。彼は若者をアペニン山脈に走らせ、そこから氷や雪を運ばせて、乳や蜜、ワインなどを混ぜて飲んでいたと伝えられています。
暴君で名高いローマの皇帝ネロ(37〜68年)も、奴隷にアルプスから万年雪を運ばせ、バラやスミレの花水、果汁、蜂蜜、樹液などをブレンドしてつくった氷菓「ドルチェ・ビータ」を愛飲していたという逸話も残されています。この「ドルチェ・ビータ」はローマ市民の間にも広がり、裕福な人々はそれぞれの自宅に氷の貯蔵庫を設け、宴会などで楽しんだそう。
アイスクリームの原点は、富や権力の証でもあったようですね。
■最初は「あいすくりん」と呼ばれました
日本人で最初にアイスクリームを食べたのは、江戸末期の1860(万延元)年に、日米修好通商条約批准のため渡米した徳川幕府一行というのが定説になっています。そして1869(明治2)年、日本で最初のアイスクリームが横浜・馬車道通りでつくられ、日本のアイスクリームの歴史が始まったといわれています。当時は「アイスクリーム」ではなく「あいすくりん」と呼ばれましたが、これは外国人の「Ice Cream」という発音を「あいすくりん」と聞き取ったため、という説が有力です。
■アイスクリームの広まり
庶民(といっても裕福な層ですが)がアイスクリームを口にできるようになったのは、1875(明治8)年に東京・麹町の村上開新堂がアイスクリームを売り出し、風月堂、函館館もアイスクリームを店頭に並べるようになってから。
1883(明治16)年に東京・日比谷に建てられた鹿鳴館では、アイスクリームは欧米人を接待するときの不可欠なデザートとして珍重されていたそう。東京・銀座の資生堂薬局(現在の資生堂)は、1902(明治35)年に、店内にアメリカのドラッグストアを参考にしたソーダファウンテン(現在の資生堂パーラー)を併設し、アイスクリームとアイスクリームソーダの販売を始めました。
■アイスクリームは中国からマルコ・ポーロが持ち帰った!?
「アイスクリームは中国からシルクロードを通り、イタリアに伝わった」という説があります。それを持ち帰ったのがマルコ・ポーロ(1254〜1324年)。1295年、マルコ・ポーロは父と叔父との25年間のアジア横断の旅を終えてベネチアに帰還しますが、ジェノヴァとの間で戦争が起こり、捕らえられて投獄されます。その獄中で口述したのが、有名な『東方見聞録』。そのなかで、マルコ・ポーロは北京で乳を凍らせた「ミルクアイス」を味わい、その製法をヨーロッパに持ち帰ったと語ったそう。これがベネチアで評判になり、氷菓の製法は北イタリア全土に広がったといわれています。ただし、これについては後世の創作を含む、という見方もあります。
【「アイスクリーム」の魅力とは?世代を超えて愛される理由と「雑学」】
■味わいだけじゃないアイスクリームの魅力
年齢や性別を問わずアイスクリームが愛されるわけは、アイスクリームが「幸福感」をもたらすから…という説があります。科学的な見解や、情緒にはたらききかけるという研究も。
口の中に冷たいアイスクリームが入ってヒヤッとしたあと、溶けて液体に変わるプロセスが脳を刺激。温かいアップルパイに冷たいバニラアイスといった“あつひや”の組み合わせも、脳に心地いいのだとか。乳脂肪と糖によるアイスクリームは母乳に近い乳製品なため、本能的に癒しや安心感、幸福感を感じるということもあるのかもしれません。
また、なめらかなクリーム状のものから、ジャリジャリと氷の粒を感じるものまで、食感のバリエーションが豊富で、形状もさまざま。小さい子どもから高齢者まで、どの世代でも好みの製品が見つかるというところも、幅広い世代に長く愛される理由ですね。
■「シャルバータ」から「シャーベット」へ
アラブ圏では、砂糖を使って氷や雪で冷やした甘い飲み物のことを「シャルバータ」と言います。
古代ヨーロッパにおいて、文明の中心は地中海です。なかでもシチリア島は東西文明の十字路で栄華を極めていましたが、9世紀前半から2世紀半にわたりサラセンに支配され、イスラム文化が定着します。この際にアラブの「シャルバータ」もシチリア島に伝えられ、その名も「ソルベット」(シャーベットのイタリア語)へと変わっていったのです。その後、シチリア島では多種多様の果物やナッツを使ったさまざまな香り高い「ソルベット」がつくられ、そのひとつが、日本でもプチブームを引き起こしたアイスのチーズケーキ「カッサータ」です。
■冷凍技術の発展が変革をもたらした!
16世紀の初め、イタリアでものを冷やす技術が大きく発展します。パドヴァ大学教授であったマルク・アントニウス・ジマラが、水に硝石を入れるとその溶解熱により水の温度が下がることを発見しました。
当時のイタリアの富豪たちは、この方法をまずは食卓でワインなどを冷やすのに利用しました。次いで、氷に硝石を混ぜることにより冷やす時間をスピードアップさせる技術が開発され、ついに果汁などを凍らせることに成功。天然氷を利用しないシャーベットがつくられるようになり、バリエーションも一気に広がりました。
■禁酒法時代、お酒に代わってアイスクリームがブームに!
アメリカとアイスクリームの関係も気になりますね。
アイスクリームがいつアメリカに渡ったのかについては、はっきりとわかっていませんが、1700年には「アイスクリーム」という言葉が記載された手紙が残っています。そして1811年には、第4代大統領ジェームズ・マジソンの夫人ドリーが、初めてホワイトハウスの晩餐会にアイスクリームを登場させています。
アイスクリームにホイップクリームなどをトッピングした「サンデー」というスイーツがあります。これは、1890年代初めに登場したといわれています。このころ、アメリカのウィスコンシン州でチョコレートをかけたアイスクリームが販売されました。しかし、高価すぎてあまり売れませんでした。そこで日曜日に限定して売り出したところ大評判に。これが「サンデー」の誕生だといわれています。
さらに、1920年に始まるアメリカの禁酒法時代には、多くのビール会社がアイスクリーム産業に参入し、新しいアイスクリームが売り出され、新技術が開発されました。そのひとつが、チョコレートをコーティングしたアイスクリームバーです。1921年には最初のアイスクリーム包装機が開発され、1926年にはアイスキャンデーが誕生しました。。
■アイスクリームには賞味期限が記載されていないって知ってた?
アイスクリームの賞味期限については、消費者庁の食品表示基準の規定により、「アイスクリーム類にあっては、期限及びその保存方法を省略することができる」と定められています。実はアイスクリームは、温度管理がきちんとされていれば、細菌が増えることはなく、長期間保存しても品質変化は極めてわずかなのです。ただし、「アイスクリーム類及び氷菓の表示に関する公正競争規約」では、「ご家庭では-18℃以下で保存してください」、または「要冷凍(-18℃以下保存)」などと容器に記載して、アイスクリームを保存するときの注意を喚起しています。
■アイスクリームが最も多く食べられている国はどこ?
アイスクリームのひとり当り消費量は、第1位のニュージーランド(20.1リットル)を筆頭に、オーストラリア、フィンランド、アメリカ、イタリア、ノルウェーと続きます。日本は6.7リットルで22位。オーストリアやベルギーなどと同程度の消費量となっています。アメリカが第1位でないのは、意外な気がしますね!
■「アイスクリームの日」のイベントは?
近年では全国主要都市部で、アイスクリームを無料配布する「アイスクリームフェスタ」が行われています。
2026年は「アイスクリームの日」の前日、5月8日(金)に全国8都市(東京・神戸・名古屋・福岡・札幌・広島・仙台・金沢)で、合計1万個のアイスクリームの無料サンプリングを実施する予定です。
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日常的に食べるだけでなく、記念日やイベントで、外出先や旅先で…と、ハレでもケでも楽しめるところもアイスクリームの魅力ですね!
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 参考資料:『デジタル大辞泉プラス』(小学館) /一般社団法人 日本アイスクリーム協会(https://www.icecream.or.jp) :

















