
“役者”としての自分以外、何も残らない人生になってもいい

横浜流星さんの最新作である映画『国宝』は、歌舞伎役者が刷毛で白塗り化粧をしながら役が降りてくるのを待つ“虚と実の間(あわい)”の情景から幕を開ける。才を見込まれ上方歌舞伎の名門の部屋子(へやご)となり芸にすべてを捧げる喜久雄(吉沢 亮)と、名門の血を引く御曹司の俊介(横浜流星)が、高みを目指して切磋琢磨しながらもがき苦しむ、壮絶な半生に心揺さぶられる。
「李相日(り・さんいる)監督から“本物の歌舞伎役者になれ”と命じられ、贅沢にも一年弱の準備期間をいただき、芝居も舞踊も時間をかけて少しずつ自分の中に染み込ませていきました」
試写会に臨んだ多くの関係者が女形として艶やかに舞う二人を称賛した圧巻の『二人道成寺(ににんどうじょうじ)』はじめ、“演目のシーンはすべて吹き替えなしでやり遂げた”という横浜さん。
「役者として非常にやりがいを感じる現場でした。歌舞伎は演技に様式美が求められます。監督からは“歌舞伎の世界を壊さずに、俊介としての感情をむき出しにしながら、『曽根崎心中』のお初を演じてほしい”と、けっこうな難題をいただきました(苦笑)。しかし映画人の我々が歌舞伎役者を演じる意味はそこにあるのだと、夢半ばで病に倒れながらも板の上で逝けることに幸せを感じる俊介の人生を生き、彼の最期の舞台は自分も悔いなく出しきりました」

歌舞伎のためなら躊躇なくすべてを捨て孤高に芸の道を究めた喜久雄と、家を継ぎ家庭を築き、女形として頂点に立つ夢を追い求めてあがき続けた俊介。ふたりの対照的な役者人生に対して、“自分は喜久雄の人生により多く共感する“と話す。
「今、本当に身命を賭す覚悟で芝居と向き合い、日々を捧げているので、最終的には“役者”以外何も残らない喜久雄のような人生になるだろうなと思っています」
『国宝』が今年のカンヌ国際映画祭監督週間部門に正式出品され、昨年11月公開の主演映画『正体』では第48回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞に輝いた。それでも謙虚で冷静な眼差しは変わらない。自身を“頑固で遊びのないつまらない男”と分析する。
「趣味もないし、役者以外に引き出しが何もない。でもだからこそ、演じることだけにすべてを懸けられるので、むしろそれでいいと思っているんです」
役づくりに真摯に取り組み“役を生きるため”ボクシングのライセンスやダイビング資格を取得する。黙々と鍛錬を重ねて体に染み込ませるストイックさはアスリートのようであり、武道家のようでもあり。
空手から芝居へ、感情を解き放つ。未知なる“快”が人生を拓いた

「僕は10代のとき、格闘家になる夢を捨てて芝居の道を選びました。当初芝居は習い事感覚でしたが、戦隊ドラマの現場で“演技で感情を爆発させる”楽しさに目覚めたんです。人生の初期に打ち込んでいた空手の精神で身についた、自分を律して抑える習慣から解放された衝撃も大きかったかもしれません」
近年は映画『流浪の月』のDV加害者や『ヴィレッジ』のゴミ処理施設で働く殺人犯の息子、『正体』の脱獄した少年死刑囚など、メッセージ性の強い作品での鮮烈かつ卓越した演技で観る者を圧倒する。
「『流浪の月』の公開後、インスタグラムのフォロワーの方がごっそりいなくなったときがありました。でも、それは役をまっとうできた証じゃないか、役者冥利に尽きるととらえました。映画ってやっぱりすごく大きな力をもっている。心揺さぶられますし、観る人に影響も与えられる。社会的なテーマを扱う作品にも積極的に参加したいですし、もちろんそれだけにこだわらずに映画人の一人として業界を盛り上げたい。幅広くさまざまな挑戦をしていけたらと考えています」
高校時代の同級生である岩谷翔吾さん(THE RAMPAGE)と組んで、2年がかりで小説『選択』(幻冬舎)を紡いだのもその一環。原案者として関わり、執筆者の岩谷さんと100回以上のやりとりを重ねたという本作は、シビアな世界を生き抜く少年が直面する残酷な現実が、歯切れのよい文章で描かれたネオ・ハードボイルドな作品。これまで横浜さんが演じてきた役柄ともどこか重なる。
「人生における“選択”を主題におきました。実は、主人公の亮はいつか自分が演じられればと思っていました。でも自分が演者になると俯瞰の視点がなくなってしまいそうで(笑)、次世代にバトンを渡せたらいいなと思っているところです」
■映画『国宝』6月6日 (金)より公開中!

監督:李相日
脚本:奥寺佐渡子
出演:吉沢 亮
横浜流星/高畑充希、寺島しのぶ
森 七菜、三浦貴大、見上 愛、黒川想矢、越山敬達
永瀬正敏
嶋田久作、宮澤エマ、田中泯
渡辺謙
原作:『国宝』吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
配給:東宝
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- EDIT :
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- 取材・文 :
- 谷畑まゆみ