【目次】
- 前回のあらすじ
- 下級武士も楽しんだ「狂歌」のペンネーム
- 桐谷健太さん演じる、大田南畝/四方赤良
- 古川雄大さん演じる、北尾政演/山東京伝
- 岡山天音さん演じる、恋川春町/酒上不埒
- 次回 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第22回 「小生、酒上不埒(さけのうえのふらち)にて」のあらすじ
【前回のあらすじ】
第21回「蝦夷桜上野屁音(えぞのさくらうえののへおと)」は、蝦夷地を幕府の直轄地・天領とすればオロシャ(ロシア)との交易や金銀銅山で幕府は大もうけ…ともくろむ田沼意次(渡辺謙さん)と、狂歌ブームを自身の出版業に取り込もうとする蔦重(横浜流星さん)の画策が、どちらも「いよっ、商売人!」と言いたくなるような展開を見せ始めた回でした。
田沼意次の嫡男・意知(宮沢氷魚さん)は、蝦夷地の件は私にお任せを…と乗り出します。蝦夷地に詳しい田沼派の土山宗次郎(栁俊太郎さん)主催の花見会に身を隠して参加、駿河屋での酒宴で蝦夷地の役人とひそひそ話を交わしていましたね。この席でのキーマンは、幼いころから蔦重に付きまとっている花魁の誰袖(福原遥さん)。蔦重ラブのはずが「花雲助」として参加していた意知にひと目ぼれしたようですが、彼女のラブラブ光線は今後の田沼派の蝦夷地召し上げに関わりがあるような予感も…。瀬川花魁を見事に演じて評判となった小芝風花さん同様、誰袖花魁役の福原遥さんの活躍も楽しみです。
そういえば…第19回であっけなく亡くなってしまった吉原の大文字屋市兵衛(伊藤淳史さん)でしたが、第21回からは大文字屋2代目が登場! 初代同様、伊藤淳史さんが演じています。親父は「かぼちゃ」と呼ばれた熱血漢でしたが、息子は2代目にありがちな人のよさというか、のんびりさんというか…そんな風情を漂わせていましたね。大文字屋を代替わりさせたことにどんな意味があるのか…それは今後明らかになっていくのでしょうか? 気になるところです。
一方の蔦重は西村屋(西村まさ彦さん)をギャフンと言わせるべく、かつて西村屋と共同出版した『雛形若菜』を文字った『雛形若葉』を新たに出版することを企てます。しかし、試し刷りの色が全然違うのを見て、西村屋との力の差を感じたのでした。
描いた当人の歌麿(染谷将太さん)も、「色の出の差ってどっからくるんですか? 絵具や紙? 摺師の腕?」と、先輩絵師の北尾重政(橋本淳さん)に詰め寄り、そのいちばんの差は“指図”にあると知るのでした。要するに、蔦重がおもしろい企画を立てて歌麿が器用に描いたところで、浮世絵版画は彫師と摺師との共同制作。版元や絵師が彼らに詳細な指示と指図をして、それを実現させなければ一流の商品にはならないということです。現代にも通じるビジネスの極意を教えてもらったようなシーンでした。
大田南畝(桐谷健太さん)らに、老舗の本屋にはない「そう来たか!」と感嘆させる発想が強みだと励まされた蔦重は、吉原の親父連中に新たな商品計画を持ち掛けます。
そのころ美人画で人気を得ていたのは鳥居清長。彼の錦絵がウケる理由のひとつが景色の中に美人を描くからということで、吉原の景色を背景に花魁を描いて売り出そうというのです。そのシーンで吉原の親父連中に見せた清長の作画が「美南見十二候」。美南見(みなみ)とは江戸の南に位置した品川を指します。品川の海を見渡す妓楼階上の、遊女の座敷での様子を12か月にわたって描く予定だったようですが、3月から9月を出版したところで、なぜか刊行は中止に。遊女を美しく描くだけでなく、品川の景色を背景にすることで風景画としての趣も備えたところが人気だったようですが…。

また第21回は、江戸の吉原では宴と称してさまざまな会合や密談が行われていたのだと改めて知った回でもありました。吉原は、時には政治の場でもあったのです。戯作者で絵師の恋川春町(岡山天音さん)が、自身の『辞闘戦新根(ことばたたかいあたらしいのね)』を下敷きにしたと思われる北尾政演(古川雄大さん)の『御存商売物(ごぞんじのしょうばいもの)』が南畝の番付で一番を取ったことに憤慨し、南畝たちを皮肉った歌を詠んで暴れ、挙句に懐から筆を出して「これにてご免!」とふたつ折りに。まさに筆を折って創作を断つ、ということなのでした。

【下級武士も楽しんだ「狂歌」のペンネーム】
朋誠堂喜三二(尾美としのりさん)が腎虚の恐怖と闘いながら執筆した『見徳一炊夢(みるがとくいっすいのゆめ)』が、黄表紙(大人向けの絵物語本)の批評集『菊寿草』で“極上上吉”という最高評価を得たのは第18回の最終版でしたね。
この『菊寿草』を制作したのは、かつて平賀源内にその才能を激賞された大田南畝。戯作者・大田南畝であり、狂歌師・四方赤良(よものあから)でもある御家人です。当時の江戸では文芸や芸能が花盛り。江戸幕府に仕える武士のなかにも、和歌や漢詩をベースにした狂歌や狂詩に親しむ者は多かったわけですが、彼らもほかの狂歌師同様ペンネーム(狂名)を使いました。いえ、彼らこそ洒落ではなく、身を隠すために狂名を使う必要があったのです。
本名、幼名、通称、俗名にペンネームまで。ドラマを見ていて「〇〇って誰のことだっけ?」となることはありませんか? 今後の『べらぼう』をすっきり楽しむために、今回は放送中盤で大活躍しそうな3人について整理をしておきましょう。
【桐谷健太さん演じる、大田南畝/四方赤良】

大田南畝は江戸幕府に仕える下級武士。狂歌、狂詩、狂文、洒落本、黄表紙、滑稽本の作者で随筆家でした。号に蜀山人(しょくさんじん)や四方赤良、山手馬鹿人(やまてのばかひと)など多数。『べらぼう』を見るときには、桐谷健太さん演じる下級武士は戯作者の大田南畝で、その狂名が四方赤良と覚えてみてください。
1767(明和4)年、19歳のときに狂詩が平賀源内の推賞するところとなり、出版されたのが『寝惚先生文集』です。若き武士は、その軽快な諧謔(かいぎゃく/ユーモア)がウケて名をあげたのでした。その2年後、同門の唐衣橘洲(からごろもきっしゅう)に誘われて始めたのが狂歌です。
大田南畝としては洒落本の作者としても活躍し、次第に文芸界の中心的な人物に。そして1781(天明元)年に『菊寿草』、翌年に『岡目八目』と、黄表紙の書評集を出版しました。これが、蔦重たちが一喜一憂する「番付本」「評判本」です。
四方赤良としての南畝は、唐衣橘州、朱楽菅江(あけらかんこう/浜中文一さん)と共に狂歌三大家と呼ばれ、天明狂歌を牽引しました。

【古川雄大さん演じる、北尾政演/山東京伝】
女好きで吉原好き、お調子者だけれど憎めない――そんな絵師の北尾政演(きたおまさのぶ)を古川雄大さんが好演。政演は北尾重政の弟子で、蔦屋の出版物でも活躍している絵師です。
ところが何冊か辞書で「北尾政演」をひいてみても、「山東京伝(さんとうきょうでん)の項目へ」…という記載ばかり。『べらぼう』では絵師・北尾政演として登場しましたが、彼は戯作者・山東京伝としての人生のほうが表街道のようです。
絵師としては蔦重が囲っているような形でしたが、鶴屋(風間俊介さん)の指導のもと戯作を書いたら当たっちゃった~というわけです。戯作を書かせるという発想も、当代人気作をマーケティングしたうえでのアイデア出しや助言によるこの成功も、鶴屋が出版人としての腕を見せつけた瞬間でした。山東京伝の名前で戯作を書いたこの『御存商売物(ごぞんじのしょうばいもの)』が、大田南畝による書評記『岡目八目』でナンバーワンとなり、京伝は人気戯作者の仲間入りを果たします。今まで通り絵師としては蔦屋で描き、戯作者としては鶴屋で書く、というわけです。

「北尾政演」より「山東京伝」のほうが名前を残しているのは、もしかしたら曲亭馬琴(きょくていばきん)のおかげかもしれません。馬琴といえば『南総里見八犬伝』の作者で、これは2023年度前期のNHK連続テレビ小説『らんまん』で、浜辺美波さん演じる寿恵子が夢中になっていたあの物語ですね。馬琴は山東京伝の弟子ということになっていて(弟子入りは断られたが親しく付き合ったという説もあり)、曲亭馬琴と山東京伝が一緒に語られることが少なくないからです。
【岡山天音さん演じる、恋川春町/酒上不埒】
1775(安永4)年に出版した『金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)』は、『ベらぼう』のサブタイトル「蔦重栄華乃夢噺」のもとになっているのはご存知でしょうか。
駿河小島藩(静岡市清水区)の江戸詰用人で、小石川春日町に住んだので「恋川春町」と号しました。絵は鳥山石燕(片岡鶴太郎さん)や勝川春章(前野朋哉さん)に学び、自作、あるいは他作の黄表紙の挿絵を描きました。恋川春町は現代の私たちにはあまり馴染みのない名前ですが、当世の風俗をうがち、通俗読み物の作風を一変させた江戸後期の重要文芸人。安永・天明にかけて活躍しました。蔦重が歌麿を売り込むために催した“歌麿大明神の会”で筆を折ってしまった春町ですが、蔦重のプロデュースによって新境地を開いていくのでしょうか。
狂名は、酒上不埒(さけのうえのふらち)。大河ドラマ『べらぼう』では歌麿大明神の会の酒宴で山東京伝(北尾政演さん)に絡まれ、「今日出んと(京伝と) 女にもてぬと焦りける 人の褌 ちょいと拝借」と吐き、四方赤良(大田南畝さん)には「四方の赤 酔った目利きが品定め 岡目八目囲碁に謝れ」と、親友の喜三二(尾美としのりさん)にも「気散じと(喜三二と) 名乗らばまずは根詰めろ 詰めるも散らすも吉原の閨(ねや)」と詠み散らします。これはなかなかパンチの利いた皮肉作でしたね。岡山天音さんの快演ぶりが光りました。さて、次回以降の春町は…どうなる?
【次回 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第22回 「小生、酒上不埒(さけのうえのふらち)にて」のあらすじ】
歌麿(染谷将太)の名を売り込む会で政演(古川雄大さん)に激しく嫉妬した春町(岡山天音さん)は、蔦重(横浜流星さん)の依頼に筆を取らない状況が続いていた。そんな春町を説得しようと喜三二(尾美としのりさん)と歌麿が春町を訪ねる。
一方、誰袖(福原遥さん)は意知(宮沢氷魚さん)に、蝦夷地の件で協力する代わりに身請けしてほしいと迫る。そして松前廣年(ひょうろくさん)に接触を試み、“抜荷”と呼ばれる密貿易の証を掴もうとするが…。
※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第21回「蝦夷桜上野屁音」のNHKプラス配信期間は2025年6月8日(日)午後8:44までです。
- TEXT :
- Precious編集部
- WRITING :
- 小竹智子
- 参考資料:『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 後編』(NHK出版)/『世界大百科事典』(平凡社)/『蔦屋重三郎 江戸のメディア王と世を変えたはみだし者たち』/『全文全訳古語辞典』(小学館) :