「パンドラ」はなぜ彼女を起用したのか?

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デンマーク・コペンハーゲン発祥のジュエリーブランド「パンドラ」の「BE LOVE」キャンペーンビジュアルより。(C)PANDORA

世界的なジュエリーブランド「パンドラ」が放つキャンペーンに、スーパーモデルのイマンやヴィットリア・チェレッティ、ヒー・コン、ウグバッド・アブディなど世界的なセレブリティとともに起用されているのが、女優のウィノナ・ライダー。
極めて贅沢なキャンペーンだが、その人選がまた何ともユニークで、見逃せない感がある。例えばイマンは慈善事業でも有名な元祖黒人系スーパーモデルで既に69歳、ヴィットリア・チェレッティは若いモデルとしか付き合わないレオナルド・ディカプリオの現在の恋人……という具合に注目度抜群。それだけでキャンペーンとして成功と言えるが、「BE LOVE」というテーマ自体、様々な愛の行動が持つ変革力を称えるメッセージが含まれている。
実はそういう意味でも、ふと考えてしまったのは何故ウィノナ・ライダー? ということ。
何ともキュートな美しい顔だちは相変わらずだけれども、ウィノナ・ライダーの女優生活は、決して順風満帆なものではなかった。栄光と挫折の繰り返しであったはず。一時期は、再起不能と思われたほどだった。そういう人になぜ白羽の矢がたったのか?

若くしてオスカーに次々ノミネートされる演技的成功を遂げた人

まず彼女を有名にしたのは、18歳で主演した『ヘザース/ベロニカの熱い日』。チアリーダーたち1軍の女性たちにいじめられ、こき使われるイタイケな少女ベロニカ役を演じてブレイクした。そういう意味では最初から"汚れ役"的なスタートだったが、人形のような美しさはやはり際立っていた。にもかかわらず後に彼女はこんな告白をしている。

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1988年、映画『ヘザース』のセットにて。右からウィノナ・ライダー、キム・ウォーカー、リザンヌ・フォークシャナン・ドハーティ。(C)New World Pictures/Getty Images

まだ役がつかなかった頃に受けたオーディションで、キャスティングディレクターに「あなたは女優になるべきではない。あなたはそこまで美しくないから。学校に戻りなさい。あなたには無理よ」とハッキリ言われたというのである。つまり幼い少女のうちに、映画界の残酷な現実を身をもって体験したわけである。日本人からすると、この愛くるしさこそ理想。でもセクシーな金髪美女をもてはやすハリウッドでは、この手の美しさは重用されないのだ。

しかしそうした逆境を、あえて"いじめられ役"で乗り切ったということ。しかもその後に主演する『エイジ・オブ・イノセンス』や『若草物語』で、次々にオスカーにノミネートされるなど非常に若くして1つの成功を手にするのだ。特に『エイジ・オブ・イノセンス』で演じた、文字通りの純粋無垢な妻は、夫の長年にわたる裏切りを全て知っているのに、死ぬまで知らないふりをし続けるという、健気にして怖い女。容姿の愛らしさを見事に昇華させる凄い演技であった。

長く尾を引いた最大の悲恋と、驚くべき万引き事件

またその頃、『シザーハンズ』で共演したジョニー・デップとの交際が始まり、5ヶ月後には婚約、ジョニーの腕に「ウィノナ・フォーエヴァー(WINONA FOREVER)」というタトゥーが刻まれたのは有名な話。ところが、ジョニーの一目惚れから始まったと言われる若い熱愛も4年後には破局、そのタトゥーは「ワィノ・フォーエヴァー(アル中よ永遠に)」と修正されていた。

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映画『シザーハンズ』のプレミアにて。ウィノナ・ライダーとジョニー・デップ。(C)Barry King/WireImage

ややあってジョニー・デップと交際が始まったケイト・モスも、彼との破局後、精神を病んだと言われるように、ウィノナ・ライダーもその後数々の交際報道があったものの、婚約破棄となった大悲恋がずっと後を引いていたとも言われる。
ジョニー・デップは、すべて自分が一目惚れし、婚約までするのはいつものパターン。ただ心底愛された実感があったからこそ、ダメージも大きかったのだろう。 そしてあの事件が起こるのだ。
あろうことか、5500ドル相当の商品を万引き。逮捕され裁判にかけられて保護観察3年、罰金と福祉活動が義務付けられるが、明らかに精神のバランスを崩していたことが伺える。

そもそも演技派である上に、才能に恵まれた人でもあり、28歳にしてある映画の制作総指揮に挑み、高い評価を得ているのだが、それが精神病棟での少女たちの苦悩を描いた『17歳のカルテ』。実はウィノナ・ライダー自身10代で境界性パーソナリティー障害を患い、精神科に入院していた経験を持ち、全く同じ境遇が描かれたのが、実話を元にしたこの映画だった。まさに自分のアイデンティティーをそっくり託した作品で、思い入れは非常に強かったはずだが、皮肉にも注目浴びたのは主演と総指揮の彼女ではなく、オスカーなどの助演女優賞を総なめにした新人のアンジェリーナ・ジョリーだったのだ。

悪いことは続くもので、その後に発表された『オータム・イン・ニューヨーク』では、共演のリチャード・ギアとともに "最低最悪映画を選ぶラズベリー賞の最低スクリーンカップル賞"にノミネートされるという不名誉な結果も残している。

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映画『17歳の少女』。ウィノナ・ライダー(左)とアンジェリーナ・ジョリー。自由と束縛、友情と裏切り、狂気と正気の境界を問う。(C)Suzanne Tenner 1999 Columbia Pictures, Inc

再び注目されるのは狂気の女の役?

そういう仕事上の不振も、万引きの引き金になったのかもしれないが、当然のことながらその後しばらく女優としての活動は明らかに低迷、悲惨なものだった。もはや再起不能かと思われた頃、久々に注目を浴びたのが『ブラック・スワン』でのヒロインの先輩プリマ役。「白鳥の湖」の主役を奪われてバレエ団を追われ、嫉妬に狂う恐ろしい女は、彼女の残念なキャリアを象徴するようであった。

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映画『ブラック・スワン』クロージング・ナイト・ガラ・プレミア上映会にて。2010年11月ハリウッドのグローマンズ・チャイニーズ・シアターで開催。(C)Gregg DeGuire/FilmMagic

でもやっぱりこの人には、何か演技の神様がついているのだろう。若い頃はその風貌から"清楚でピュアな役柄"しか巡ってこなかったこともあって、狂気の女の役は、彼女の中に眠っていた"演じる魂"に改めて火をつけたのではなかったか。47歳の時、『おとなの恋はまわり道』でキアヌ・リーブスとの共演も評判となり、ようやく再びまっとうなヒロインの役をこなして"素敵な女性"の印象を徐々にではあるが取り戻していった。しかし、万引き事件から、なんと約20年が経っていた。

53歳になってもこの美しさは、精神が穏やかになった証

40代後半となっても、可憐な美しさのまま、意外にも、と言っては失礼だが、上手に歳を重ねたことも功を奏して、再ブレイクと言われるまでに復活を遂げる。若い頃はただキラキラと輝いて見えた大きな瞳が、途中、虚空を見つめるように不安な心の震えを写し出したが、さらに年齢を重ねて、その眼差しは世の中の機微の全てを見抜いているような神秘的にして滋味深い光を放っている。今は心が安定していることの証。若くして演技派としてもてはやされたかと思えば、急激なキャリアの凋落など、壮絶な浮き沈みがあったからこその、安らぎの視線なのだろう。

現在53歳。こうやって振り返れば、改めて「パンドラ」のキャンペーンに起用されたことにも納得が行く。彼女は飾らずに真摯に生きる"時代を超えた"存在であり、「愛とは本物でいること(authenticity)」というBe Loveキャンペーンの核となるメッセージと重なるという。また、これまで複雑な人間模様や感情の複雑さを描いた役
柄を多く演じてきたことから、「パンドラ」の象徴であるチャームの“物語性”ともシンクロする。その起用には、明快な理由があったのだ。そして今の彼女にとっての「BE LOVE」は、自分自身を丁寧に愛してあげること……そんな意味合いをも持つのではないだろうか。モノクロのビジュアルの中で光る彼女の瞳がなんとも印象的。人は何があろうと、どんな屈辱にまみれようと、必ず再起ができること、この人が教えてくれている。

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!も清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
PHOTO :
Getty Images
WRITING :
齋藤薫
EDIT :
三井三奈子