【目次】

【前回のあらすじ】

蔦重(横浜流星さん)が出版する黄表紙ファンの松平定信(井上祐貴さん)が、「蔦重は私のことを応援し励ましておる」と激しく勘違いし、自身の政策を強化していく…という、まったくの逆効果となってしまった蔦重たちの仕事ぶり。本は売れても目的は果たせませんでしたね。しかも、のちにその真意を知った定信は、てい(橋本愛さん)や鶴屋(風間俊介さん)の心配通り、政を強烈に皮肉った3作に絶版命令を出します。『文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくどおし) 』の作者・朋誠堂喜三二(尾美としのりさん)と、『鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)』の恋川春町(岡山天音さん)は共に武士。戯作や絵はあくまで副業です。当時の江戸詰め武士は大変気楽な存在で、喜三二や春町のように才のある者は副業もし放題でした。ところが…。

さらに田沼意次(渡辺謙さん)の手柄を定信が横取りしたと皮肉った『鸚鵡返文武二道』が定信の逆鱗に触れ、呼び出しをくらった春町。これでは主君や駿河国小島藩に迷惑がかると、倉橋格(春町の本名)は死んだことにして別人となり、戯作者として生きていくと主君に申し出ます。「当家はたかが1万石。なにも目立ったところも際立ったところもない家じゃ。表立っては言えんが、恋川春町は当家唯一の自慢。私の密かな誇りだった」「殿…」「そなたの筆が生き延びるのであれば、頭なぞいくらでも下げようぞ」(泣~!)

いつの世も、エンターティンメントを生み出す人たちは命がけ。(C)NHK 
いつの世も、エンターティンメントを生み出す人たちは命がけ。(C)NHK 

家臣を誇りと思い、ピンチの場面では自身が矢面に立つことをいとわない、小島藩主・松平信義を演じるのは落語家の林家正蔵さん。SNSでは「理想の上司」という声が多く上がっています。9月14日に放送された第35回では、正蔵さんの弟・林家三平さんと、義兄である峰竜太さんが地方の豪商役で出演し、“3兄弟”がそろい踏みという展開も。蔦重の「耕書堂」の店先で「定信の倹約令のおかげ」だとふたりが見ていたのは、歌麿の狂歌絵本『画本虫撰』でしたね。本作には安価でキラキラとした効果を生むコストパフォーマンスのいい雲母(うんも)が使われていて、歌麿が描いた蝶の羽を輝かせていました。現存する『画本虫撰』では剥落や変色によってほとんど見られない雲母摺(きらず)りによる効果が確認できるなんて、さすがNHK! 小道具も抜かりはありません。

春町の死に様の意味を、武士として腹を切って詫び、戯作者としては豆腐の角に頭をぶつけ死してなお笑わせる――と解釈した蔦重は、「たわければ腹を切らねばならない世とはいったい誰を幸せにするのか」と。それを聞いた定信が布団部屋で号泣するシーンも涙を誘いました。しかし、これで定信も…と思ったのは甘かった! 次回からさらなる倹約地獄を推し進めます。山東京伝(古川雄大さん)や大田南畝(桐谷健太さん)、そして歌麿(染谷将太さん)の今後にも注目です。


【写楽はどうなる!?想像も期待もふくらむ伏線発見!

■「蔦重のお仕事」をさくっとおさらい

放送も残すところあと約3か月。ここから物語は一気に進んでいくはず。タイトルは『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』です。「出版王」「敏腕プロデューサー」「江戸文化をつくった男」などと称される蔦重にとっての「栄華とは?」「夢噺とは?」と考えると、やはり平賀源内(安田顕さん)から託された「おもしれぇものを出版して社会を幸せにする」に尽きるでしょう。

吉原の引手茶屋で育ち、女郎屋などに出入りする貸本業で出版界に参入した蔦重。そのうち自分で本をつくることに喜びを覚え、吉原から江戸の商業の中心地である日本橋へ。稀代のアイディアマンであり、(いい意味で)人たらしでもあった蔦重は絵師や戯作者といった作者たちの信頼を得て、源内先生が店名を付けてくれた「耕書堂」を大きくしていきます。まさに「書をもって世を耕す」ことが彼の務めであり夢なのです。

■最終章に登場の新キャスト

最終章に入った『べらぼう』ですが、9月15日にNHKの公式Xで新キャストの発表がありました。いずれも蔦重の出版事業に深く関わった絵師や作家です。それぞれのプロフィールをご紹介しましょう。

・くっきー!さん(勝川春朗、のちの葛飾北斎役):蔦重と北斎の関係にピンとくる人は多くないと思いますが、北斎がまだ勝川春朗を名乗っていた時代に、蔦重は黄表紙の挿絵を描かせています。

北斎といえば、世界でいちばん知られている日本の絵師だというのは異論ないでしょう。代表作「冨嶽三十六景」のなかの「神奈川沖浪裏」は、外国の人にとっても「浮世絵といえばコレ!」という1図です。お笑いタレントのくっきーさんは画家としても精力的に活動しています。どんな春朗(北斎)を演じるのか楽しみですね。

・津田健次郎さん(滝沢瑣吉、のちの曲亭馬琴役):“イケボのイケおじ”として人気の俳優の津田健次郎さんが演じるのは、『南総里見八犬伝』で知られる曲亭馬琴。『べらぼう』では滝沢瑣吉(さきち)として登場します(「曲亭馬琴」は戯作に用いたペンネーム)。山東京伝を師と仰ぎ、蔦重に見込まれて「耕書堂」の手代として働きます。28年間にも及んで執筆した読本『南総里見八犬伝』は蔦重亡きあとの作品ですが、蔦重イズムがよい影響を与えたことでしょう。

・井上芳雄さん(重田貞一、のちの十返舎一九役):弥次さん喜多さんで知られる滑稽本『東海道中膝栗毛』の作者、十辺舎一九を演じるのはミュージカル界のプリンス、井上芳雄さん。戯作も絵も描けるうえ、紙の加工や挿絵もこなす――彼もまた「耕書堂」で筆耕や版下づくり、挿絵などの仕事を手伝いながら“便利な従業員”に終わらず、やがてその才能を大きく開かせます。彼は原稿料だけで生計を立てることができた、日本で最初の作家ともいわれています。

■新キャストに「写楽」の名前がない!

さて、蔦屋重三郎といえば浮世絵師・東洲斎写楽を世に送り出したプロデューサーとしても知られていますが…新キャストのなかに写楽の名前がありません。最後のお楽しみとしてNHKが出し惜しみしているのか、あるいは写楽の登場はないのか…気になるところですね。

写楽といえば、その実態は謎。近年は美術史家や研究者の間でも、大方「阿波蜂須賀家のお抱え能役者、斎藤十郎兵衛である」というところに落ち着いてはいますが、「写楽=歌麿」「写楽=北斎」「写楽=蔦重」なんていう推理もあるんですよ。

9月に入ってドラマオープニングのタイトルバッグが変更になりました。4月の放送からチラッチラッとは見かけましたが、写楽を思わせる“あの手”ががぜん多くなったと思いませんか? “あの手”とは、写楽作品最大の人気作「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」の“手”のこと。口を一文字に結び顎を突き出してにらみ上げ、広げた両手を懐から出した1図は、北斎の「神奈川沖浪裏」とともに浮世絵の代名詞だといっていいでしょう。これは寛政(1794)年5月に河原崎座で上演された歌舞伎「恋女房染分手綱」で、市川男女蔵演じる奴一平のお金を奪おうと襲い掛かる江戸兵衛を描いたもの。「おうおう、金をよこせ~」という感じでしょうか。

写楽は蔦重プロデュースによって役者の大首絵でデビューした謎の絵師。新人がいきなり28図、しかも大判錦絵(判型が大きく多色摺りの豪華版)で売り出すのは前例がなく、しかもいずれも人気役者の“素”や“特徴的な個性”を捉えたものだったため、歌舞伎を知らない人にも大受け! その反面、役者絵に“美しいブロマイド”であることを期待するファンや役者本人からは不評だったようです。

第35回放送には阿波藩蜂須賀家の儒者、柴野栗山(りつざん/嶋田久作さん)が登場しましたね。「蜂須賀家――写楽の影がちらつき始めたーっ!」と興奮したのは筆者だけでしょうか? これを「写楽登場の伏線」と期待しつつ、写楽をどう描くのかますます楽しみです。


【次回 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第37回「地獄に京伝」のあらすじ】


 

春町(岡山天音)が自害し、喜三二(尾美としのり)が去り、政演(古川雄大)も執筆を躊躇する。その頃、歌麿(染谷将太)は栃木の商人から肉筆画の依頼を受け、その喜びをきよ(藤間爽子)に報告する。一方、定信(井上祐貴)は棄捐令、中洲の取り壊し、大奥への倹約を実行する。その煽りを受けた吉原のため、蔦重(横浜流星)は政演、歌麿に新たな仕事を依頼するが、てい(橋本愛)がその企画に反論する。

(C)NHK

※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第36回「鸚鵡(おうむ)のけりは鴨(かも)」のNHKプラス配信期間は2025年9月28日(日)午後8:44までです。

この記事の執筆者
美しいものこそ贅沢。新しい時代のラグジュアリー・ファッションマガジン『Precious』の編集部アカウントです。雑誌制作の過程で見つけた美しいもの、楽しいことをご紹介します。
WRITING :
小竹智子
参考資料:『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 後編』(NHK出版)/『教えてコバチュウ先生! 浮世絵超入門』(小学館)/『浮世絵の解剖図巻』(エクスナレッジ) :