東西ドイツを隔てるベルリンの壁が崩壊したのは1989年のことだ。なし崩しに東欧の民主化が加速したその年の暮れ、ルーマニア革命の取材を上司に止められ、休暇をとってパリに滞在していた。通りでは小商人が、壁の砕片を売る露店を出していた。冷戦が終末を迎えるこのお祭り騒ぎの中で、故ウォルター・ランゲ氏はどんな気持ちでいただろうか。

ブランドを再興させた偉大な時計師ウォルター・ランゲ氏に捧ぐ

故ウォルター・ランゲ氏。1924年、ドレスデン生まれ。曽祖父が創業したA.ランゲ&ゾーネを、ベルリンの壁崩壊後に再興。経営の現役から退いた後もアンバサダー、相談役としてランゲの「顔」であり続けた。2017年、92歳で永眠。

2018年1月のSIHHを目前にした昨年12月、A.ランゲ&ゾーネは 「1815“ウォルター・ランゲへのオマージュ”」と名付けた腕時計を発表した。1秒ごとのステップ運針を行うジャンピングセコンドという機構を持つモデルは、2017年のSIHH2日目に急逝したブランド中興の祖、ウォルター・ランゲ氏へ捧げたものだ。特殊な機構は創業者、曽祖父のフェルディナント・アドルフ・ランゲが発明し、祖父エミールが実用化、1877年に得た特許技術に由来する。

有能な子孫に継承されていた工房の伝統が暗転するのが、第二次大戦後の東西ドイツ分断である。ドレスデンは東独領となり、A.ランゲ&ゾーネの工場は国有化され、ブランドの名が消えた。その工場で時計技術を磨いていたウォルター・ランゲ氏は、動員されたウラン鉱山の労働から逃れ、西ドイツに渡ったのである。

曽祖父アドルフの技術を現代へと受け継いだムーブメント

曽祖父アドルフによる懐中時計時代の発明をベースとした、1秒ごとのステップ運針を刻むムーブメント。ハンドエングレービングのテンプ受け、スワンネック型緩急針微調整装置など、評価の高いランゲ製ムーブメントの特徴も網羅されている。キャリバー番号の「L1924」は、ウォルター氏の誕生年から命名。

ベルリンの壁崩壊が途切れた歴史を繋げ、ウォルター氏の執念がブランド再興を現実にした。その後に頂点を極めていくブランドの成功物語は、決して単なる美談ではない。ウォルター氏が再興したのは「一度組立てた腕時計を必ず解体し、装飾を施して組立て直す」ルールに象徴される、完璧主義への誇りそのものなのである。

A.ランゲ&ゾーネのメモリアルモデル「1815“ウォルター・ランゲへのオマージュ”」

ステップ運針するジャンピングセンターセコンドは始動・停止機能付き。一般の機械式と同じく、連続して流れるようにスイープ運針するストップセコンド機能付きのスモールセコンドも装備している。シンプルな外観でありながら、中には確かな複雑機構を搭載したモデルだ。●手巻き●ケース径40.5mm●パワーリザーブ60時間●世界限定 18Kホワイトゴールド 145本、18Kローズゴールド90本、18Kイエローゴールド27本●¥5,767,200(税込予価、9月以降発売予定)

A.ランゲ&ゾーネはこのメモリアル・モデルをホワイトゴールドで145本、ピンクゴールドで90本、イエローゴールドで27本だけ製作する。それぞれ、初代アドルフが工房を設立してから現在の会社をウォルター氏が登記するまでの年数、登記の年である1990年、それから今回の記念モデル発表までの年数を意味する。ゴールドモデルで576万7,200円という価格は、このブランドで特別な機構を搭載した限定モデルなのだから、極めて真っ当だ。

しかしこの3種類の他に、驚愕の特別版が存在していた。プラチナとゴールドの時計しか作らないA.ランゲ&ゾーネが、たった1本だけスチールのモデルを製作したのだという。後にも先にもない1本だけのモデルは、故人の遺徳が活かされるようフィリップスのオークションにかけ、収益金は心身に障害を持つ青少年を支援するチルドレン・アクション財団に寄付されるのである。

世界限定1本の希少なモデル「1815“ウォルター・ランゲへのオマージュ”スティール・エディション」

5月13日、フィリップス社のオークションに出品された1本だけのスティール製モデル。バイヤーズプライス込みで1億円近いハンマープライスを記録した。

値段がつり上がることをこれだけ期待されたオークションも珍しいだろう。2018年5月13日、そのスチール製モデルは852,500スイスフラン、日本円でおよそ9,300万円(バイヤーズプレミアム含む)という高額で落札された。その時計が何を意味するのか知っていただろう落札者も、必ずしも低いハンマープライスを望んではいなかったかもしれない。なお落札者には、3種のゴールド限定版のシリアルナンバー#1を「購入する権利」が贈られるのだという。

スチールで1億円近い値が付いた時計のゴールド版200本あまりを、世界で分け合うことになる。ウォルター氏への献花に代える人も多いだろうから、手にできるかどうか。1年前の悼みをメモリアルに代えたモデルの心を受けとめる人たちがいる。ウォルター氏が再興し育てたのは、そういうブランドなのである。

問い合わせ先

この記事の執筆者
桐蔭横浜大学教授、博士(学術)、京都造形芸術大学大学院博士課程修了。著書『腕時計一生もの』(光文社)、『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)がある。早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校・学習院さくらアカデミーでは、一般受講可能な時計の文化論講座を開講。