近年日本のファイン・ダイニングの躍進が目覚ましい。ミシュランとは評価方法が異なり、ワールドワイドなランキングをすることで知られる「世界ベスト・レストラン50」「アジア・ベスト・レストラン50」で日本のレストランは毎年上位にランキングされ、日本のガストロノミーはこれまで以上に世界中から注目されている。その両大会をスポンサードするのがイタリアの世界的飲料メーカー「サンペレグリノ」。
グローバルなファイン・ダイニングの世界を積極的に後押ししているが、将来世界の料理界を背負って立つ存在となる、若き才能を発掘するのがこの「サンペレグリノ・ヤングシェフ」の最大の目的だ。そのコンセプトは「ボーダーレスでジェンダーレス」。唯一の制限は30才以下という年齢制限のみで、世界のあらゆる地域で活躍するヤングシェフたちに門戸は開かれている。
若手シェフの登竜門
国際料理コンクール「サンペレグリノ・ヤングシェフ」
「サンペレグリノ・ヤングシェフ」のユニークなシステムに「メンター」という制度がある。これは各地域予選で審査員を務めたトップシェフが今度は「メンター」という後見人となり、ヤングシェフとタッグを組んで参戦するものだ。
日本地区予選で優勝し、代表となった藤尾さんのメンターを務めるのは「ブルガリ イル・リストランテ ルカ・ファンティン」のイタリア人エグゼクティヴ・シェフ、ルカ・ファンティン・シェフだ。いわば日本とイタリアの合同チームなのだが、こうしたボーダーレスかつリベラルな発想が「サンペレグリノ・ヤングシェフ」最大の特徴であるともいえるだろう。
日本での予選が終了してから8ケ月、二人は何度も試作や修正を繰り返し、鮎を使った藤尾さんのシグネチャー・ディッシュ「Across the sea」をブラッシュアップ。本大会仕様に仕上げてミラノ入りしたのだ。地域代表のヤングシェフとメンターという21組のドリームチームを審査するのが「七人の賢人」と呼ばれる審査員だが、毎回そのゴージャスなメンバーも大きな話題となっている。
今年の審査員はまずイタリアから「エノテカ・ピンキオーリ」の女性シェフ、アニー・フェオルデ。「世界ベスト・レストラン50」で南米最優秀レストランに選ばれたペルーの「エル・セントラル」シェフ、ヴィルジリオ・マルティネス。他にも「世界ベスト・レストラン50」で最優秀女性シェフに選ばれた「アトリエ・クレン」のドメニク・クレンらが参加し、7人中4人が女性シェフだったことはジェンダーレスの象徴でもあった。
そして注目の大会初日、藤尾さんは日本から自ら持ち込んだ鮎を使って制限時間5時間で料理を仕上げ、7人の審査員が試食した。英語での質疑応答をともに行ったルカ・シェフは「一口目を食べた時に審査員の顔つきが変わった。見てみると完食しているシェフが何人もいたので、これはいけると思いました。1日14皿、2日で21皿を試食する審査で普通完食とはありえないのです」と優勝後にコメントしてくれた。
一方藤尾さんは「通常の仕事ではコース料理の流れで味を組み立てるのですが今回は一皿勝負なので一口目のインパクトを大事にしました。一口の中に日本的エッセンス、文化や素材や思想、そういったものを感じていただけるように調理したのです」と審査後に感想を述べてくれた。
大会初日を終えた審査員やメンターたちと話をすると「日本のフジオはよかったよ」という声が何人からも聞かれたので、これは優勝もあるのでは、と期待しながら臨んだ最終日。
派手なセレモニーが行われる中でまず21人中7人のシェフが選ばれ、ついで3人だけがステージ中に残されたが、その中にもちろん藤尾シェフの姿もあった。
3人の中から今年のヤング・シェフ世界一が選ばれるのだが、その前にまず「アクア・パンナ賞」に藤尾さんが選ばれた。これはメンターたちの相互投票により、素材をもっとも大事にしたヤングシェフに贈られる賞だ。そして注目の優勝者のアナウンスで藤尾さんの名前が読み上げられると会場は一斉に紙吹雪に包まれた。なんと優勝と「アクア・パンナ賞」のダブル受賞という、これ以上はない結果が藤尾さんを待っていたのだ。
優勝後のインタビューで藤尾さんはこんな風にコメントした。「いままでは自分自身で料理を追求することが多かったのですが、今回はルカ・シェフはじめ、本当に多くの方にサポートしていただき、協力していただいた結果での優勝でした。周囲に感謝する、それが今大会を通じて自分が学んだ一番重要なことだと思います。」一方藤尾さん以上に緊張していたというルカ・シェフは「初日は12時間緊張しっぱなしで手が震えるような経験をしたことはいままでありませんでした。
今回は自分が料理するのではなく、ヤングシェフを選び、メンターとしてイタリアに連れてきたのですがその責任がある。優勝できなかったらパスポートを破いて日本に返さないからと、以前から言ってたのですが、実はそれは半分は本気だったのです。
審査員のヴィルジリオ・マルティネスは大会中「日本の食材、料理法、アポルーチは世界のファイン・ダイニングのメイン・ストリームとなっている」と繰り返し発言。確かに多くのヤング・シェフやメンター、審査員たちが「出汁、紫蘇、鰹節、旨味」といった日本語をごくごく普通に話し、料理の中に取り入れているのを目にし、耳にした。日本の料理が世界から注目される中、見事優勝を成し遂げた藤尾さんの功績は大きい。それは今後ますます日本の料理界が世界から注目される、大きな第一歩になるとあらためて確信した。
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト