熱視線が注がれた名門ブランドと若き才能のケミストリー

かつてこれほど待ち望まれたシーズンがあっただろうか?

2026年春夏コレクションは、華やかさと高揚感に包まれながらも、会場には張り詰めた空気が漂っていた。歴史ある名門ブランドと若く才能豊かなデザイナーとのゴールデンタッグ。それも15ブランドが一斉にデビューショーを開催したシーズンなのだ。

「ディオール」、「シャネル」、「バレンシアガ」などパリクチュールの頂点にキラ星のごとく輝くブランドをはじめ、「ロエベ」、「メゾン・マルジェラ」、そして休眠していた「ジャンポール・ゴルチエ」まで若手起用で復活。ミラノでは、「グッチ」、「ボッテガ・ヴェネタ」、「ジル サンダー」などが新たなデザイナーを迎え新作を披露した。

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「ジル サンダー」2026年春夏ウィメンズ&メンズコレクション。(C)Getty Images

なかでも、話題となったのはやはりパリで披露された名門ブランドの動向だ。メゾンのアイコンは再定義されるのか。新たな神話を生み出すことはできるのかと、ドラマティックな期待が高まる。一方で、アーカイブの豊かさゆえ、再解釈が期待されると共に、その活用に既視感があれば、デザイナー交代の価値が瞬く間に落ちる。

「ロエベ」で一世を風靡したジョナサン・アンダーソンが「ディオール」に。「ボッテガ・ヴェネタ」から「シャネル」へ移籍したマチュー・ブレイジーは、10か月の研鑽期間を経て、満を持してデビュー。「バレンシアガ」はデムナが「グッチ」へゆき、そこに「ヴァレンティノ」を辞していたピエールパオロ・ピッチョーリが起用された。実に複雑なパズルの様相を呈した交代劇が繰り広げられた各ブランドのショーには、多くの関心が寄せられた。

ちなみに、デムナによる「グッチ」第一弾は、なんとショートムービーで発表された。映画館に見立てた会場には、主演のデミ・ムーアをはじめ出演者が新作を着て登場。ショーの前には新作のルックブックが配信されるという映像へのこだわりぶりは、時代に常に先駆け、意表をつくデムナらしい。

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「グッチ」のアーティスティック・ディレクターを務めるデムナ。(C)Getty Images
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ミラノのパラッツォ・メッツァノッテで開催された「グッチ」2026年春夏コレクションでのデミ・ムーア。(C)Getty Images

こういったエピソードには事欠かないのだが、あらためてパリコレで最も盛り上がりを見せたクチュール名門ブランドに目を向けよう。

未来への期待が大いに高まった老舗メゾンのコレクション4選

■1:ディオール

パリコレクション初日に開催された「ディオール」は、予想を遥かに超えた演出と完成度で、静かな感動が会場を包んだ。ムッシュ ディオールのアーカイブに忠実でありながら、ジョナサン・アンダーソンらしい切り口で、アイコンの「バー」ジャケットはカーゴパンツやホワイトデニムと合わされ、若々しく軽やかに。

特にフェミニニティの象徴であるリボンは、首元に、ウエストに、ドレープにと、構築的で大胆な造形美として取り入れられ、単にブランドの記号的アイコンとしてではなく、ジョナサンの解釈で、「無邪気な愛らしさ」から「主張ある装飾」へと変化し、現代の女性像を映し出した。

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「ディオール」2026年春夏 コレクションのルック。(C)DIOR

オープニングには、「あなたはディオールのメゾンに入る勇気はあるの」というタイトルの短編フィルムが投影された。継承された歴史に敬意を表すように、イヴ・サンローランをはじめとする歴代デザイナーが次々と映し出され、ヒッチコックの映画をミックスしながら、ジョナサンの緊張感と伝統へのプレッシャーをも、感じさせた。

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「ディオール」のクリエイティブ ディレクターを務めるジョナサン・アンダーソン。(C)Getty Images

■2:シャネル

「シャネル」はこれまで創業者であるガブリエル・シャネルが60年近く現場でスタイルを創造し続け、その後カール・ラガーフェルドが約36年間現役、カールのアシスタントであったヴィルジニー・ヴィアールが5年間受け継いできた。110年以上続く老舗でありながら、マチュー・ブレイジーも含めてデザイナーはわずか4代である。

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「シャネル」のアーティスティック ディレクターを務めるマチュー・ブレイジー。(C)Getty Images

「シャネル」の、キルティング バッグをはじめとする全てのアイコンは、女性の心身の自由と解放を求めた結果、誕生したものだ。アウトドアでも頑丈なツイード、動きやすいジャージーはメンズウエアからアイディアを取り、チェーンがついたショルダーバッグもハンズフリーになって両手が自由に使えるからという理由である。つまりルックではなく、ガブリエル・シャネルの慧眼から発想されたアイコンなのだ。

それらに通底する思想を継承することは、どれほど難しいことか。

マチューは、自らの作家性で、高い期待値を軽やかにゴージャスに、乗り越えた。オープニングにはマニッシュなパンツスーツを登場させてゲストの度肝を抜き、フィナーレでは、白いティーシャツにカラフルなフェザーのマキシスカートで、若々しくカジュアルな「シャネル」の未来を描いてみせた。

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「シャネル」2026年春夏 プレタポルテ コレクションのルック。(C)CHANEL

「シャネル」に求められる「変化しなくても愛されるブランド」の存在感を受け止めながら、生命力に満ちた一歩を確実に踏み出したのだ。

■3:バレンシアガ

オートクチュールの実力派といえば、「バレンシアガ」のピエールパオロ・ピッチョーリを置いていないだろう。

「布の建築家」「ハサミの魔術師」と呼ばれたクリストバル・バレンシアガの、彫刻のようなフォルムの品格はそのままに、軽量に見事に、現代的に復刻して、まずブランドへのリスペクトを見せた。サックドレスやコクーンドレスなど、クチュールのアトリエが背後にあるからこその、職人技と卓越した才能の幸福な結びつきだ。

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「バレンシアガ」2026年夏コレクションのルック。(C)BALENCIAGA
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「バレンシアガ」のクリエイティブ・ディレクターを務めるピエールパオロ・ピッチョーリ。(C)Getty Images

■4:ロエベ

「ロエベ」はニューヨークの「プロエンザ スクーラー」を率いてきたジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデスの二人組がバトンを受け継いだ。「ロエベ」を世界的人気ブランドに押し上げた前任者の影を払拭するように、ブランドの故郷スペインにアイディアを取り、強烈な色彩と得意のレザークラフト技術を駆使して、力強いフォルムを披露した。

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「ロエベ」のクリエイティブ ディレクターを務めるラザロ・ヘルナンデス(左)とジャック・マッコロー(右)。(C)Getty Images
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「ロエベ」2026年春夏コレクションのルック。(C)LOEWE

今シーズンのデザイナーシャッフルは、人気デザイナーと名門クチュールブランドのカップリングが評判を呼んだが、デザイナー交代が相次ぐ最近のファッション界にも、ここで一区切りという安堵感が生まれたのでははないだろうか。

幸運なことに、今季話題に上ったブランドの多くは老舗であり、魅力的なアーカイブや磨かれた技術をもつアトリエが背景にある。「ディオール」のチェックのリボンブラウス、「シャネル」の輝くビーズのツイードスーツ、桜貝のようなピンクの「バレンシアガ」のドレス…。「袖を通してみたい!」そう思わせる魅惑に満ちて、2026年の春夏が眩しい。

変化することで生まれる短期的な刺激よりも、そこから大きく羽ばたき、時間をかけて熟成する新たなブランドの姿をぜひ見てみたい。伝統を継承する新たな章が幕を開けた。

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この記事の執筆者
1987年、ザ・ウールマーク・カンパニー婦人服ディレクターとしてジャパンウールコレクションをプロデュース。退任後パリ、ミラノ、ロンドン、マドリードなど世界のコレクションを取材開始。朝日、毎日、日経など新聞でコレクション情報を掲載。女性誌にもソーシャライツやブランドストーリーなどを連載。毎シーズン2回開催するコレクショントレンドセミナーは、日本最大の来場者数を誇る。好きなもの:ワンピースドレス、タイトスカート、映画『男と女』のアナーク・エーメ、映画『ワイルドバンチ』のウォーレン・オーツ、村上春樹、須賀敦子、山田詠美、トム・フォード、沢木耕太郎の映画評論、アーネスト・ヘミングウエイの『エデンの園』、フランソワーズ ・サガン、キース・リチャーズ、ミウッチャ・プラダ、シャンパン、ワインは“ジンファンデル”、福島屋、自転車、海沿いの家、犬、パリ、ロンドンのウェイトローズ(スーパー)
EDIT :
谷 花生(Precious.jp)