時代とともに輝き続けるアイコン
腕時計にはモードがある。ある時期のアイコニックなファッションに完全に調和する腕時計は、生まれ続けてきた。仕事として腕時計を眺め、研究し続けてわかったことでもあるが、年齢相応の時計という普遍の縦軸も確かになくはないが、腕時計はあるディケイドに特有に従属するものだ。
20歳代の時計、30歳代の時計といった、ジェネレーションで似合う時計が確かにあるとは思うが、それ以上に'70年代、'80年代といった〈時代〉のほうが優越するのである。統計学の用語では「コーホート」という言い方をするが、その10年間を共有した人間こそが、ひとつの注目すべき文化を持つ主体である。
つまり、時代を象徴するような時計のスタイル、その時代の男たちの夢を具現化したオブジェクト、代表的な一本が存在するということだ。
たとえば、映画における小道具の時代考証のようなものである。アイビールックにデジタルクオーツを合わせたらどうだろうか。似合う似合わない以前に、間違い探しの正解になる。立場を変えれば、正しく時代を映す腕時計を嵌めることで、スタイルが説得力を持って完成する。いつの時代にも、男たちはそのことを無意識に感じ取り、自分の装いを完成させる腕時計を選んだのだろう。腕時計は社会史的に見ても、間違いなくモードの一部分であった。
そうして選び取られた〈時代の腕時計〉たちは、やがて伝説として語られることになる。貴重なヴィンテージが丁寧にオーバーホールされて残ってもいるだろう。また近年の腕時計ブランドをまたぐ大トレンドである「忠実な復刻」として再登場もする。時代の腕時計は、それなくしては存在しなかったファッションを語りだす。腕時計は、モードをつくるのである。(文・並木浩一)
1960'S|アイビーの時代に…
日本の男性洋装史において、はじめて爆発的なトレンドをアメリカから運んできたのは、紛れもなくアイビーだった。まだ知らぬファッションがあまりにも多かった夢の大国への、壮大な憧れでもあった。
アイビーは、男の服装にありったけの夢とロマンを与えた。ほとんどのアイテムに、何かしら意味深長なルールが仕込まれていた。
つまり、本物の服飾の成り立ちに好奇心を抱く男たちの、琴線に触れないわけがなかった。日本の最も華やかで文化的な街の銀座でアイビールックに包まれた男たちが闊歩し「みゆき族」が生まれた。
ブレザー、ボタンダウンシャツ、レジメンタルタイ、コインローファー……は、アイビーファッションの不可欠なアイテムであった。
つける腕時計は、譲り受けたものならより価値を感じ、年季の入ったケースから物語を紡ぎ出す。少しぐらいキズがあるアンティークやヴィンテージの時計が、断然に格好よかった。
ジョン・F・ケネディが最も輝いていた往時、風俗現象までになったアイビーは、手に届くところにあったが、永遠の憧れでもあったのだ。
1970’S|先進的なデザインの隆盛
自身のメゾンのデビューは、破竹の勢いでスタートを切り、天才デザイナーとして盤石な1970年代を迎えたイヴ・サンローラン。
レディスの先鋭的なデザインを創造し、サンローラン自身は、エレガントなモードに昇華したサファリジャケットやパンタロンパンツを愛用した。
バウハウスの影響を受けた、芸術家肌の巨匠であるグラフィックデザイナー、カッサンドルの腕による「Y」「S」「L」のイニシャルを重ね合わせたブランドロゴは、華麗なファッションとともに、力強いアール・デコをにおわせた。時計もデコラティブに傾いた時代。
たとえばオメガ。『スピードマスター』や『シーマスター プロプロフ』は、本来の機能に上乗せして、過剰なまでに時計のフェイスにヴォリュームを与え、腕時計に装飾的な存在感をもたらした。色彩もまた、激しくビビッドだった。サイケデリックな極彩色の波が、男のファッションにも襲いかかった。
目の覚めるような色といえば聞こえはいいが、まるで絵の具をチューブから出したような高彩度の色は、感情を逆なでするかのように、穏やかならざる色で脳髄を覚醒した。それでも、世界の男たちが、格闘しながら愛し続けていたのは、明るい未来に突き進んでいくデザインとカルチャーの先進性が目の前に現れたからではないか……。
1980’S|華やかなスタイルとともに
俗称イタカジと呼ばれたイタリアン・カジュアルが台頭した'80年代初頭。
ファッションの大きなうねりは、カジュアルが萌芽となってモードに影響し、フランスからイタリアにファッションの覇権は流れ出した。
プレタポルテの展開に先鞭をつけた、奇才のデザイナー、ウォルター・アルビーニの精神を受け継ぐ、ジョルジオ・アルマーニ、ジャンニ・ヴェルサーチ、ジャンフランコ・フェレは、後に「3G」として、イタリアン・モードの全盛期を築く。ミラノでのファッションショーは、常にゴージャスを極めた。
コンケーブした逞しいショルダーと大きなラペルのスーツのそで口には、必ずと言っていいほどカルティエの『タンク』や『サントス』、ブルガリの『ブルガリ ブルガリ』が、まぶしく輝いていた。流麗なドレープの服の下で、艶めかしく時を刻んでいたのだ。
ディスコ、クラブ、バー、シアター……。
世界5大都市の夜の街は、一夜限りの欲望の沸点に到達していた。
'80年代を踊らせたのは、ヴァニティ・フェア=虚栄の市だったのかもしれない。ファッションとマネーが過剰に流動していた時代のなかで、人々は果てることなく、しかし、それを望んでいたのだろう。
※価格はすべて税抜です。※2018年夏号掲載時の情報です。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2018年夏号服飾と腕時計に見る、あの時代より
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- クレジット :
- 撮影/川田有二 スタイリスト/石川英治(tablerockstudio)構成・文/矢部克已(UFFIZI MEDIA)