多彩なジャンルや業態の飲食店が無数に存在し、世界的に見てもエキサイティングな東京のフードシーン。そのなかでも、この連載ではニューオープンを中心に「今」行きたい、大切な「人」を連れていきたい、“大人のためのレストラン”にフォーカス。今回は、2018年2月26日にオープンした「オステリア・デッロ・スクード」をご紹介します。

季節ごとに1州入魂、じっくりイタリアを巡る楽しみ 

天現寺の「インカント」といえば、イタリア全20州の郷土料理を提供する人気レストラン。オープンから10年間、シェフを務めた小池教之さんによる新店が「オステリア・デッロ・スクード」です。

ひと括りにすることが憚られるほど多様性に富むイタリア料理。南北にのびる地形や古代ローマまで遡る長い歴史など、各地の料理の特徴を育む要素が無数にあります。ゆえに、日本における「イタリア料理店」の形もさまざま。高級なリストランテから気軽なバールといったスタイルの違いに加え、北部や南部など広いエリアに注目したり、1州にフォーカスしたりと料理人の数だけ店の形が存在します。

そのなかにあって、小池さんが独立前から一貫して探求しているのが伝統料理。地方料理、郷土料理、家庭料理と、イタリアの社会を構成する大小の単位のなかで連綿と受け継がれてきた料理です。都内数店を経て渡伊したのち、南のプーリアから北のトレンティーノ=アルト・アディジェまで、3年間をかけて全6州7店舗を拠点に20州を3回(!)巡ったという小池さん。

「全州を回ることは、行く前から決めていました。どの地域も魅力的で、絞れなくて(笑)。星付きリストランテから町のトラットリアまで、業態はさまざまですが、働いたのはすべて伝統料理を提供する店です」(小池さん)。

店内の様子
日・伊での経験を経て小池さんが自らの店のスタイルに選んだのは、客をもてなすホスト(イタリア語でoste/オステ)が営む「オステリア」。店の造りも、キッチンから全体を見渡すことができ、それぞれのテーブルにホストの目が届く距離感です。
イタリアの田舎にあるレストランをイメージした店内
全州の料理を提供するため、イタリアらしさは出しつつ、特定の地域の「色」を打ち出さない内装に。「イタリアのどこかの田舎にあるレストラン……町で3代4代続く、温かくも品のある雰囲気をもつ店がイメージです」(小池さん)。しっかり食事をしてもらいたいと、テーブルには白いクロスを引いて。気張りすぎず、かつ砕けすぎずに料理とワインを味わうためのセッティングです。

イタリアで吸収したものを表現するべく、小池さんが帰国後に「インカント」でスタートしたのは、いわば全20州のショーケース。メニューはコースのみ。それぞれ数十種類に及ぶ各地の郷土料理と手打ちパスタを用意し、数時間でイタリア全土を駆け抜けるような構成を提案しました。

「イタリア料理がもつ多様性の楽しさ、豊かさを伝えようとした10年でした。ここでは、ひとつひとつの州をより深く掘り下げていきます。具体的には、3〜4か月のスパンでテーマとなる1州を決め、その州の伝統料理と地酒を提供するスタイル。期間ごとにそれぞれの州の専門店を開くような感じですね。時間はかかりますが、じっくりイタリア全土を旅していただくようなイメージです」(小池さん)。

なるほど、一筆入魂ならぬ「1州入魂」。その期間は料理もワインも、店まるごとその州の色にどっぷり染まります。

料理の背景にある歴史や文化を感じる、「食べるイタリア史」

オープン当初は北部のヴェネトにフォーカスした内容でしたが、取材時は南部に移ってカラブリアがテーマ。メニューはコースのみで、デザートを含む4品¥5,500、6品¥6,500のプリフィクスコースが基本です(要予約のおまかせコース¥8,000〜も用意)。特筆すべきは、メインのセコンドピアットとデザート以外は自由にチョイスできること。すべて前菜にしてもよし、パスタ三昧にしてもよし。あれこれ選ぶ楽しみがあり、品数が決まったアラカルトのような感覚。コースのみといっても、構える必要はありません。

前菜「ロザマリーナ風味の蛸とジャガイモ、ケッパーのインサラータ チロ マリーナ仕立て」
前菜から「ロザマリーナ風味の蛸とジャガイモ、ケッパーのインサラータ チロ マリーナ仕立て」。 カラブリアに欠かせない発酵保存食、ロザマリーナ(しらすの赤唐辛子漬け)で蛸とジャガイモのサラダを味付けしたもの。チロ マリーナはカラブリアの海辺の街の名前。南イタリアでおなじみの料理にロザマリーナをプラスして、よりその土地らしさを強く出した一品です。上にあしらったのはイタリアのおかひじき、アグレッティ。

「テーマとなる州は日本での季節感や年間のバランスを考えて決定します。今回は夏にむけて南イタリアを、なかでもシチリアやナポリといった人気のスポット『以外』の味をご紹介したいと、カラブリアを選びました。具体的なメニューについては、まずその地域を象徴するものを軸に据えます。今回なら、現地の食に欠かせない唐辛子。一方で、それ以外の側面を紹介する料理もそろえました。山も海もある州なので、紹介する地域や使う食材が偏らないよう、カラブリアの食文化を俯瞰するようなラインナップにしています。逆に、ものすごく振り切って徹底的に偏ることもあります。前回のヴェネトがその例で、ヴェネツィアはあまり触れず、ガルダ湖の周辺部に絞りました。一回で消化しきれるものではないので、何度20州を周ったとしてもやりたいことは尽きないですね」(小池さん)

メニューを開くと、冒頭に現地の食文化についての解説が2ページに渡って記されています。「歴史や文化が、食事をより楽しむための調味料になれば。絶対に勉強してくださいというわけでは決してなく、ご興味があればお読みくださいというくらいです」と小池さんはおっしゃいますが、ぜひご注文前にご一読されることをおすすめします!  読む前と後では、選ぶ料理も変わってくるかも?  現地の食文化に思いを馳せながらの食事は、「おいしい」「楽しい」に加えて「おもしろい」ひとときになること請け合い。その土地への興味も倍増するはずです。

手打ちの「アルバニア由来のパスタ シュトゥリーデリャ 仔山羊のラグー チヴィタ風」
手打ちの「アルバニア由来のパスタ シュトゥリーデリャ 仔山羊のラグー チヴィタ風」。前述の海辺の街、チロ マリーナに対して、チヴィタは岩山に囲まれた村。アルバニアからの移民を祖先とする人々が住むエリアで、手で伸ばす極太麺のシュトゥリーディリャはそこに伝わる料理のひとつ。寒さに強い山羊と過ごす移民の山の暮らしをイメージして、山羊のラグーを絡めた一品。

テーマの州に合わせて、グラスワインも総入れ替え

郷土料理とくれば、酒も地のもの。ワイン大国にして土着品種の宝庫でもあるイタリアであればなおさら。「各州のキャラクターをしっかりと表現したワインを選んでいます。完成された味より、不ぞろいなところがあってもその土地らしさが色濃く出ているもののほうが、うちの郷土料理にもマッチするように思います」とは、ソムリエの伊禮尚樹さん。ボトルもテーマとなる州のワインを厚くするほか、グラスワインはその州のもので統一。ひと皿ごとにペアリングできるよう、常時15種類程度を用意しています。

各種ワインの画像
グラスワインは¥750〜¥1,200ほど。通常、泡2種類、白・ロゼ・赤12〜13種類を用意。写真は取材時のグラスワインで、すべてカラブリア産。左端の「スカラ チロ ビアンコ」は、撮影した蛸とジャガイモのサラダに合わせて。料理でイメージした海辺の街、チロ・マリーナにほど近いエリアで造られた、まさに地のワイン。仔山羊のラグーには、右から2番目「テヌテ・フェッロチント マリオッコ」を。穏やかな酸味ときれいな果実味、タンニンをもち、優しい口当たりとしっかりした飲みごたえを併せもつワインです。ボトルは¥4,000〜。

「食材やゲストの反応などによって、期間中も料理は徐々に変わります。それに合わせてグラスワインも随時チェンジ。3〜4か月の間にこちらも理解を深めて、アッビナメント(イタリア語で料理とワインのマリアージュ)の精度をどんどん高めていきたいですね」(伊禮さん)

「自分も酒飲みなので(笑)、料理とワインの関係は非常に重視しています。郷土料理をつくっているので地域性は必須。味がいいからといって、その地域と全く関係のないワインを合わせることはしません。かといって、同じ地域なら何でもいいというわけではありません。試飲会に足を運んだり、メーカーズディナーを開催したりと、常に料理とワインの相性を検証しています」(小池さん)

伝統料理を「護り、磨き、未来へ繋ぐ」場所を目指して

店名に掲げた「スクード」とは、イタリア語で盾やシールドを表す言葉。伝統料理を「護り、磨き、未来へ繋ぐ」という小池さんの信念が込められています。昔ながらの味を大切にしつつ(=「護る」)、その背景にある食文化を踏まえた上でレストランの料理へと昇華させ(=「磨き」)、若い世代へ伝えていくこと(=「未来へ繋ぐ」)。昨今人気を博すイタリア料理と対照的な、そして、だからこそ貴重な場所といえるでしょう。

「イタリア料理の枠を取り払った料理が増えていますが、自分は逆にその枠をどこまでも護り通したいんです。ただ、現地の『マンマがつくる豪快な大皿料理』そのままではレストランの料理とはいえません。基本の部分は変えず、一方で全体のバランスや食感、温度など、レストランとしての精度を上げる努力をしています」(小池さん)

情報が瞬時に伝搬するようになり、食のみならずすべての領域において均一化が進む現在。そのなかにあって、いかに伝統や独自性を保ち、磨いていくかは今後重要な課題となっていくように思います。「飲食店が外向きに、『世界』に合わせてアップデートすることに腐心している印象があります。食の業界全体としては発展していくべきですが、それには視線を内側に向けて、『土台』を堅固にしておく必要があると思っています。であれば、自分はイタリア料理の土台をきちんと護りたい。革新と伝統、どちらがいいということではなく、刺激を受けあって切磋琢磨していきたいですね。店としては、イタリア好きが集まるサロンや談話室のような場所にできたらと。……デートにも接待にも向かない店です(笑)」

全20州を季節ごとにじっくり、ゆっくり巡る、舌と想像力で味わう長い長い旅。あふれる情報は、ときに物事を表面的に捉えることを助長します。うわべの雰囲気ではなく、深く掘り下げて味わうこと。「オステリア・デッロ・スクード」にあるのは、知的好奇心を伴う食の楽しみ。まさにこの連載のテーマでもある、大人にこそ訪れていただきたいレストランです。

オステリア・デッロ・スクードのスタッフの方々
左からソムリエの伊禮さん、小池教之シェフ、キッチンスタッフの小野崎大地さん。「3人と少数のチームなので、何でも皆で意見を出し合いながら進めています」(小池さん)。この風通しのよさも、店全体に漂う心地よい一体感に一役。いくつかの要素を掛け合わせることで軸がブレてしまう飲食店も多いなか、ここには迷いのない信念が漂います。

問い合わせ先

  • オステリア・デッロ・スクード
  • 営業時間/12:00〜13:30(LO/月曜、水曜のみ ※2日前までに要予約)、18:00〜21:00(LO)、土曜は12:00〜19:30(LO/17:00入店までは2日前に要予約)
  • 定休日/日曜、不定休(月数回/ウェブサイトとFacebookで随時告知)
  • ランチ、ディナー共にコースのみ(全4品¥5,500、全6品¥6,500のプリフィックス、要予約のおまかせ¥8,000〜)。
    料理は各テーブルでオーダーをそろえる必要あり。テーブル5卓(全20席)、個室なし。
  • TEL:03-6380-1922
  • 住所/東京都新宿区若葉1-1-19 Shuwa House1F

※掲載した商品はすべて税抜です。
※上記は取材時の内容です。最新の情報についてはお店にお問い合わせください。

この記事の執筆者
早稲田大学卒業後、アシェット(現ハースト)婦人画報社に入社。『エル・ジャポン』、『エル・ガール』、「エル・オンライン」編集部を経て独立。現在はフリーランスのエディター、ライターとして紙/Webの両媒体を中心に、主にファッション、フード、ライフスタイルのジャンルで活動。セレクトショップ「ドローイングナンバーズ」ではワイン&フードのセレクトも担当。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。
PHOTO :
竹之内祐幸
EDIT&WRITING :
門前直子