イギリスの通貨は長らく1ポンドが20シリングで、1シリングは12ペンスだった。1971年に現行の通貨制度ポンド(10進法)に切り替わったニュースは、ケネディ・スタンプ・クラブの会員だった少年時代の私に衝撃を与えた。切手とコインは、間違いなく当時の小学生の嗜みであった。イギリスの不思議な12進法が謎のまま消えていくことは、遠い世界の話ではなかったのだ。一方で、時計で使われる謎の12進法・60進法が変わらない秘密を解明した気がしたのも、その時のことだ。例えば1分はイコール100秒に割った方が便利そうだが、実は100までの10刻みのキリ数で、60だけが1から6までの数全てを約数に持つ。つまりは、“1分の何分の1”に割りやすい。科学と歴史が同居する時間の表現を、時計が統合しているのではないか。
ブランド創立150年を記念し、ブランド初となるデジタル表示の機械式時計を発表
19世紀に実現していたデジタル表示の懐中時計「パルウェーバー・ポケットウォッチ」
時計にはデジタルとアナログがある。デジタル表示は通常クオーツ時計であることの決定的アイコンのはずだが、それを覆す時計が登場した。「IWC トリビュート・トゥ・パルウェーバー “150 イヤーズ”」は、IWCの腕時計では初となるデジタル式の時刻表示を備えている。“腕時計では”というのは、同様の表示形式のポケットウォッチを1884年に自社で造っているからだ。IWC創業150周年を祝う機会に、その傑作に対するトリビュートが選ばれた。
「IWC トリビュート・トゥ・パルウェーバー “150 イヤーズ”」18Kレッドゴールド ケースモデル
デジタルは流れる時間の一瞬だけを切片として取り出す。過去も未来からも切り離された、最も科学的な時間の見せ方である。それを、機械式で実現した。クオーツ時計がデジタル式を採ったのは、減る一方の電池でモーターを駆動して針を動かす非合理を避けたこともある。えっちらおっちら針を進めるより、液晶の画面を変えたほうが楽である。
「IWC トリビュート・トゥ・パルウェーバー “150 イヤーズ”」ステンレススティール ケースモデル
だからこそ余計に、ゼンマイの力で数字をひとつずつ送っていくこの機械式デジタルの真摯な誠意というか、潔い凛々しさが際立ってみえる。皇居の信任状捧呈式に向かうには、やはり儀装馬車が様になる。外洋ヨットレースでは、使えば速いのは当たり前であるエンジンを、決して使わない。科学の時代だからこそ、変えてはいけないものがあるということだ。
デジタル式機械時計を可能にしたIWCオリジナルムーブメント
機械式デジタルは間違いなくコンプリケーション=複雑時計である。IWCの凄さは、それをあたかも普通のことのように平然とやることだ。スイスの中でも一流ブランドのほぼ全てがフランス語圏にある中で、隣接するドイツ語圏のIWCは特別な存在である。詩人で小説家、政治家で科学者でもあったゲーテに、実はストラスブールで学んだ時期があったようなものだ。ドイツとフランスの文化が越境しあう国の、孤高の一流ブランドは、機械式で駆動する画期的なデジタル懐中時計を過去に造り、世紀をまたいで腕時計で蘇らせた。「IWCトリビュート・トゥ・パルウェーバー」は、科学的で複雑でありながらロマンティックでもある、特別な存在なのである。
問い合わせ先
- IWC TEL:0120-05-1868
- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト