クチーナ・ミクロ・テリトリアーレという言葉をご存知だろうか? これは「局地的郷土料理」と訳されるが、ある地域限定の郷土料理が発展し、ハイエンドな料理まで進化しているイタリア料理界の現状を示す言葉である。提唱者はイタリアで最も権威あるレストラン・ガイド「エスプレッソ」の主幹エンツォ・ヴィッツァリで、70年代に起きたヌーヴェル・キュイジーヌの影響などイタリア料理50年の流れを識る第一人者の言葉だけに重みがある。

「食」のヒントはミラノにあり!

イタリアの食トレンドを識る「スパツィオ」

ファッション同様、レストランのトレンドも発信地はやはりミラノ。「スパツィオ」は古い空間を修復し、カジュアルなインテリアでビストロ風にまとめた。
ファッション同様、レストランのトレンドも発信地はやはりミラノ。「スパツィオ」は古い空間を修復し、カジュアルなインテリアでビストロ風にまとめた。

わかりやすい例でいうならば近年イタリアから生まれたミシュラン3つ星獲得店を見てみるとその傾向がよくわかる。「オステリア・フランチェスカーナ」(モデナ)、「ピアッツァ・ドゥオモ」(アルバ)、「レアーレ」(アクイラ)、「ダ・ヴィットリオ」(ベルガモ)、「サント・ウベルトゥス」(ドロミティ)と旅行でもそう簡単には行かない地方都市から誕生しており、いずれも地域の伝統を遵守しつつファイン・ダイニングへと昇華させるのに成功した店が栄誉を獲得しているのだ。

ヴィンテージが現代イタリアのキーワード

ヴィンテージ風インテリアも、現代イタリアにおけるレストランの主流となっている(左)シンプルな子牛肉のカルパッチョ(右)
ヴィンテージ風インテリアも、現代イタリアにおけるレストランの主流となっている(左)シンプルな子牛肉のカルパッチョ(右)

アブルッツォ州初の三つ星シェフ

女性シェフのガイア・ジョルダーノは、ニコ・ロミートが「スパツィオ」のシェフに抜擢。オープン4年目でエスプレッソ誌の最優秀女性シェフに輝いた。
女性シェフのガイア・ジョルダーノは、ニコ・ロミートが「スパツィオ」のシェフに抜擢。オープン4年目でエスプレッソ誌の最優秀女性シェフに輝いた。

中でもアブルッツォ州初の三つ星シェフとなった「レアーレ」のニコ・ロミートの活動はユニークだ。ニコ・ロミート・アカデミーを創設して料理学校を運営し地元の若者たちに料理を教えるだけでなく、その若者たちに勉強しながら料理を覚える場としてラボラトリー・レストラン「スパツィオ」を展開しているのだ。現在「スパツィオ」はミラノ、ローマ、そして地元アブルッツォの3件。

中でもミラノのガレリアに隣接した「スパツィオ」は、ミラノにいながらにして本店「レアーレ」のシグネチャー・ディッシュも食べることができるのだ。厨房を任されているのは、長年ニコ・ロミートの右腕として働く女性シェフ、ガイア・ジョルダーノ。2018年度版エスプレッソでは「最優秀女性シェフ」に輝いた実力派だ。

ピエモンテ産の赤ワインにある牛フィレ肉のソテーと夏野菜のグリル。調理時間は極力短く、加熱を最小限に抑えることで食材が持つ力を引き出している。
ピエモンテ産の赤ワインにある牛フィレ肉のソテーと夏野菜のグリル。調理時間は極力短く、加熱を最小限に抑えることで食材が持つ力を引き出している。

イタリアの料理の現在点、のもうひとつの傾向に女性シェフの躍進がある。過去を振り返ってみても「エノテカ・ピンキオーリ」のアニー・フェオルデ、「ダル・ペスカトーレ」のナディア・サンティーニ、「アル・ソリーゾ」のルイザ・ヴァラッツァと歴代3つ星シェフ・リストにも女性の名前が多く登場するし、現在もこのガイア・ジョルダーノはじめ、数多くの女性シェフが現役で活躍している。

近年「世界ベスト・レストラン50」「アジア・ベスト・レストラン50」など日本の料理界も世界的に非常に高い評価を得ているが、女性シェフは残念ながらまだ1人もいない。

「トマト・ウォーターのトルテッリ」中にリコッタ・チーズを詰めた手打ちパスタ「トルテッリ」に、トマトの中心部にある水分だけを抽出したトマト・ウォーターが酸味とフレッシュさを与える。
「トマト・ウォーターのトルテッリ」中にリコッタ・チーズを詰めた手打ちパスタ「トルテッリ」に、トマトの中心部にある水分だけを抽出したトマト・ウォーターが酸味とフレッシュさを与える。

さて、その「スパツィオ」だが、店のスタイルは近年主流となっているビストロ・スタイルで、例えばテーブルクロスが無い、ゴージャスな絵画や花、家具が無い、などいわゆる旧来のグランメゾンとは180度異なるカジュアル・レストランとなっている。

料理はニコ・ロミートのシグネチャー・ディッシュである「トマト・ウォーターのトルテッリ」も食べられるが基本的には高級食材を使わず、伝統に根ざしつつも技術はきちんとプロの技、というロースコスト・ハイエンドがコンセプトだ。イタリアにおいて各地方料理が食べられるのはミラノだけの特権だが、こうした現在のトレンドであるクチーナ・ミクロ・テリトリアーレを体験できるのもまたミラノならではである。

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。