ハリー・ウィンストンという“人名”を知ったのは、まだひどく若い頃だ。ダイヤのことを教えて頂戴、とマリリン・モンローが歌の合間にささやく相手のフルネーム。その羨ましさを、誰が忘れるものか。オールド・アメリカン・フィルムのファンだった若造は“紳士は金髪がお好き”に名前だけ登場する人物に嫉妬した。大学でときに映画論を講じるようになったいまでも、その気持ちは変わらない。

「キング・オブ・ダイヤモンド」の称号を持つハリー・ウィンストンが提案する新作腕時計

建築的で独創的なデザインが魅力「プロジェクト Z12」

意欲的な「プロジェクト Z12」の最新作は、中央のオープンワークの上半分がレトログラード式の時表示、下半分がレトログラード式の分表示。扇型に進行する針が反対側に達した瞬時にゼロに戻り、再び進行を開始する。ラバー×デニムエファクトを施したカーフスキン製ストラップが、アイコニックなブルーの“ブリッジ”を引き立てる。●自動巻き ●ザリウム ●ケース径42.2mm ●10気圧防水 ●¥3,078,000 (税込予価、10月発売予定)世界限定300本
意欲的な「プロジェクト Z12」の最新作は、中央のオープンワークの上半分がレトログラード式の時表示、下半分がレトログラード式の分表示。扇型に進行する針が反対側に達した瞬時にゼロに戻り、再び進行を開始する。ラバー×デニムエファクトを施したカーフスキン製ストラップが、アイコニックなブルーの“ブリッジ”を引き立てる。●自動巻き ●ザリウム ●ケース径42.2mm ●10気圧防水 ●¥3,078,000 (税込予価、10月発売予定)世界限定300本

 その男がつくった、ニューヨークに本店を置く世界的ジュエラーは、ジュエリーだけでなく時計にもおそるべき情熱を注いできた。独立時計師とのコラボレーション「オーパス」は17年で14作を発表し、いまだ完結する気配がない。2009年からのエクストリームなトゥールビヨンの連作も継続している。さらに、小生が目をはなせないのは、15年目をむかえた「プロジェクト Z」だ。今年のバーゼルワールドでは最新作「プロジェクト Z12」が発表された。“Z”は、オリジナルのケース素材である“ザリウム”の頭文字である。

 ハリー・ウィンストンは「プロジェクト Z」を2004年に立ち上げた。それ以来、ずっと興味をそそられるその時計の素材は、プラチナでもホワイトゴールドでもなく、ましてやスティールでもない。ジュエラーの気高いプライドは、スポーティでモダンな時計の構想に、貴金属をつかわないにしても、ステンレスの使用をみずから禁じ手としたのである。ジルコニウムを主原料に軽量で硬く、アレルギーを起こすリスクが少なく、耐腐食性のたかい独自の合金をつくりあげた。独占使用する優れた素材のケースに、大胆な構想の機構とデザインをのせたシリーズがはじまった。

ファサードのアーチからインスパイアを受けたリューズガード

リューズガードには、先を丸めた長方形の意匠が配されている。ハリー・ウィンストンのニューヨーク本店と聞けば思い浮かべる人も多いだろう、ファサードのアーチからのインスパイアだ。印象的なこの形は日本のフラッグシップ・ショップ、銀座本店をはじめとする各直営サロンのファサードにも採用されている。
リューズガードには、先を丸めた長方形の意匠が配されている。ハリー・ウィンストンのニューヨーク本店と聞けば思い浮かべる人も多いだろう、ファサードのアーチからのインスパイアだ。印象的なこの形は日本のフラッグシップ・ショップ、銀座本店をはじめとする各直営サロンのファサードにも採用されている。

 いつも魅力的に趣向をたがえるシリーズの第12作は、とびきりユニークな機構とデザインを持つ。いっけん普通のセンター2針と見紛う時分針は、上も下もそれぞれ140度でフライバックするレトログラード針だ。つまりはセンター同軸で時針と分針のダブル・レトログラードという離れ業を果たしながら、それが当然のような顔でわれわれを幻惑する。デイト表示も蛍光ホワイトのバックグラウンドが日ごとに進み、数字のシルエットをハイライトしていく新機軸である。一方、シリーズを貫くアイコニックなディテールである、五番街本店のアーチを象る印象的なリューズガードはなくさない。

ニューヨークを連想させる美しいシンメトリー

中央にブランドの頭文字をエメラルドカットの枠内に収めたロゴを掲げる、ブルーの“ブリッジ”。外のサークルは1から31までの数字を配したデイト表示で、今日の日付だけが、背景からハイライトされる。
中央にブランドの頭文字をエメラルドカットの枠内に収めたロゴを掲げる、ブルーの“ブリッジ”。外のサークルは1から31までの数字を配したデイト表示で、今日の日付だけが、背景からハイライトされる。

 文字盤を一文字にブルーの“ブリッジ”が横断するデザインのダイナミズムが小気味よい。斜材をX字形にぶっちがいにした“ダブルワーレントラス”のかたちは、マンハッタン・ブリッジのワイヤーを支える鋼材製タワーがとった構造だ。魅力的で大胆なデザインには、生粋のニューヨークっ子であるブランドのルーツとアイデンティティの主張がひそんでいる。いうまでもなく、紳士は腕時計も大好きだ。偉大なるハリー翁はもうこの世にないが、もっと教えて欲しいと望むまでもなく、ブランドとしてのハリー・ウィンストンは、男が持つべき時計を教えてくれるのである。

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この記事の執筆者
桐蔭横浜大学教授、博士(学術)、京都造形芸術大学大学院博士課程修了。著書『腕時計一生もの』(光文社)、『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)がある。早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校・学習院さくらアカデミーでは、一般受講可能な時計の文化論講座を開講。