ハリー・ウィンストンという“人名”を知ったのは、まだひどく若い頃だ。ダイヤのことを教えて頂戴、とマリリン・モンローが歌の合間にささやく相手のフルネーム。その羨ましさを、誰が忘れるものか。オールド・アメリカン・フィルムのファンだった若造は“紳士は金髪がお好き”に名前だけ登場する人物に嫉妬した。大学でときに映画論を講じるようになったいまでも、その気持ちは変わらない。
「キング・オブ・ダイヤモンド」の称号を持つハリー・ウィンストンが提案する新作腕時計
建築的で独創的なデザインが魅力「プロジェクト Z12」
その男がつくった、ニューヨークに本店を置く世界的ジュエラーは、ジュエリーだけでなく時計にもおそるべき情熱を注いできた。独立時計師とのコラボレーション「オーパス」は17年で14作を発表し、いまだ完結する気配がない。2009年からのエクストリームなトゥールビヨンの連作も継続している。さらに、小生が目をはなせないのは、15年目をむかえた「プロジェクト Z」だ。今年のバーゼルワールドでは最新作「プロジェクト Z12」が発表された。“Z”は、オリジナルのケース素材である“ザリウム”の頭文字である。
ハリー・ウィンストンは「プロジェクト Z」を2004年に立ち上げた。それ以来、ずっと興味をそそられるその時計の素材は、プラチナでもホワイトゴールドでもなく、ましてやスティールでもない。ジュエラーの気高いプライドは、スポーティでモダンな時計の構想に、貴金属をつかわないにしても、ステンレスの使用をみずから禁じ手としたのである。ジルコニウムを主原料に軽量で硬く、アレルギーを起こすリスクが少なく、耐腐食性のたかい独自の合金をつくりあげた。独占使用する優れた素材のケースに、大胆な構想の機構とデザインをのせたシリーズがはじまった。
ファサードのアーチからインスパイアを受けたリューズガード
いつも魅力的に趣向をたがえるシリーズの第12作は、とびきりユニークな機構とデザインを持つ。いっけん普通のセンター2針と見紛う時分針は、上も下もそれぞれ140度でフライバックするレトログラード針だ。つまりはセンター同軸で時針と分針のダブル・レトログラードという離れ業を果たしながら、それが当然のような顔でわれわれを幻惑する。デイト表示も蛍光ホワイトのバックグラウンドが日ごとに進み、数字のシルエットをハイライトしていく新機軸である。一方、シリーズを貫くアイコニックなディテールである、五番街本店のアーチを象る印象的なリューズガードはなくさない。
ニューヨークを連想させる美しいシンメトリー
文字盤を一文字にブルーの“ブリッジ”が横断するデザインのダイナミズムが小気味よい。斜材をX字形にぶっちがいにした“ダブルワーレントラス”のかたちは、マンハッタン・ブリッジのワイヤーを支える鋼材製タワーがとった構造だ。魅力的で大胆なデザインには、生粋のニューヨークっ子であるブランドのルーツとアイデンティティの主張がひそんでいる。いうまでもなく、紳士は腕時計も大好きだ。偉大なるハリー翁はもうこの世にないが、もっと教えて欲しいと望むまでもなく、ブランドとしてのハリー・ウィンストンは、男が持つべき時計を教えてくれるのである。
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト