宇宙を目指す男のもうひとつの事業
稀代のロックスター、デヴィッド・ボウイは、アルバムのコンセプトをライブステージで視覚的にも表現した先駆者だ。ビジュアル面にも強いこだわりをもつ彼はいくつかの映画にも出演していて、特に「戦場のメリークリスマス」(1983年)が有名だが、代表作ともいうべき映画は、「地球に落ちてきた男」(1976年)である。異星人として地球を訪れたボウイが、人間をはるかに超える頭脳を以て次々と特許を取得し、やがては自ら興した会社でロケットまで作り上げるが、アメリカ政府は民間企業の独走を許さなかった......。これは、ボウイが1973年に発表した代表作「ジギースターダスト」、すなわち異星からやってきたロックスターの栄華と没落を描いたコンセプトアルバムのイメージを投影した、"ボウイのための映画"だった。一方、現実の世界では、今や民間企業によるロケット打ち上げが推奨されるまでになっている。その筆頭が、衛星打ち上げロケットの垂直着陸を成功させた「スペースX」だ。共同設立者のイーロン・マスクは、今最もクールなカリスマ経営者として日本にも多くのファンをもち、彼らはマスクが興したもうひとつのベンチャー「テスラモーターズ」(以下、テスラ)のクルマに、共感を抱いている。

車両の機能は通信でアップデート可能

 
 

テスラは2003年にEV(電気自動車)のスポーツカー、ロードスターを作り上げ、一躍脚光を浴びた。イーロン・マスクは映画のボウイと違って地球人だし(当たり前だ)、テスラのクルマに人知を超える技術など盛り込まれているはずもなく、2009年に登場したセダン「モデルS」の、余裕ある航続可能距離やスポーツカーの名に恥じない圧倒的な加速を可能にしているのは、日本製PC用電池を床に6000~7000個敷き詰めるという、きわめて現実的な(だがどこも本気でやらなかった)仕掛けによるものだ。大容量モデルでは理論上、フル充電状態から約500kmもの走行が可能になっている。デザインも独創的で、開錠するとドアノブがせり出してきたり、室内のコンソールには大画面の液晶パネルが鎮座し、3G通信で機能のアップデートが行なえる。2016年からはスタイリングも改良され、フロント部分のグリルがなくなった。そもそもEVだからしてエンジンを冷却する空気取り入れ口は必要ないのだが、ユーザーに慣れ親しんだガソリン自動車のイメージで乗ってもらうための"戦略"として、従来型にはあえてグリル(風の付加物)を付けていたという。

簡易自動運転に加え自動駐車システムも登場!

同じく2016年からは、ソフトウェアのアップデートにより、簡易自動運転機能「オートパイロット」が追加された。モーター、ブレーキ、ステアリングをデジタル制御するこの機能は、主に高速道路や自動車専用道路限定ながら、ウィンカー操作で車線変更まで行ない、ドライバーの負担を軽減する。今回その機能を確かめるべく、東京~箱根間を往復したが、「オーロパイロット」のありがたみを最も実感できたのは、混雑した首都高速道路での走行中だった。どのタイミングで使うかはドライバーの好みの問題だが、個人的には空いている東名高速道路で、圧倒的なトルクを発揮するモーターによる、胸のすくような加速を堪能したかったのだ。ほかにも、スマートフォンで遠隔操作する自動縦列駐車システム「サモン」が追加されるなど、進化ぶりは目覚ましい。

インターネット決済システムで初めての成功を収め、宇宙事業とクリーンエネルギーで人類の進歩に貢献することを信条とするイーロン・マスクは、これからも既存の自動車メーカーとはまったく違う手法で、新しいアイデアを導入していくだろう。完全な自動運転システムの実現には技術的な課題だけでなく、法整備の問題もあってハードルは高いが、既成概念にとらわれることなく果敢な挑戦を続ける男の「反逆の精神=ロック」こそが、テスラ最大の魅力なのだ。

 〈テスラ・モデルS 90D〉

全長×全幅×全高:4979×1950×1435㎜
最高出力:193kW(前後モーター合計)
最大トルク:660Nm
駆動方式:4WD
航続距離:557km
価格:1187万2000円(税込)
(問)テスラモーターズジャパン ☎0120-982-428

この記事の執筆者
男性情報誌の編集を経て、フリーランスに。心を揺さぶる名車の本質に迫るべく、日夜さまざまなクルマを見て、触っている。映画に登場した車種 にも詳しい。自動車文化を育てた、カーガイたちに憧れ、自らも洒脱に乗りこなせる男になりたいと願う。