伝説のスポーツカーブランド、ふたたび

 
 

あれは確か1990年代の半ばだったか。東京、南青山の交差点を、シルバーのブガッティ「EB110」が低い唸り声を颯爽と駆け抜けていった。ステアリングを握っていたのは、昨年逝去した希代の伊達男、式場壮吉。当時、彼はエットーレ・ブガッティの生誕110周年を記念して復活した新生ブガッティの、日本におけるアンバサダーを務めていたのだ。4基のターボチャージャーで過給された3.5リッターのV12エンジンを積む「EB110」は最高速度340km/hと喧伝され、景気が後退しつつあった当時の日本でも数台が販売されたという。恥ずかしながら、筆者はこのときまでブガッティのことをよく知らなかった。元は20世紀初頭に設立され、エットーレによる芸術的かつ先進的なエンジニアリングが投入されたレーシングカーが1920~30年代のモータースポーツを席巻したということを、知り合いのモータージャーナリストやスーパースポーツカーの専門誌編集者から聞いたのは、少し後のことだ。

3億円の価値を知る機会を夢見て

 
 

エットーレの死後、ブガッティは消滅するが、80年代後半にイタリア人実業家が商標を手に入れたことから第二章が始まる。「EB110」は復活の狼煙だった。もっとも、その時代は長くは続かず、98年にはフォルクスワーゲン傘下となる。仕切り直しとなったブガッティの第三章は、いくつかのコンセプトカーを経て2005年にニューモデル「ヴェイロン」で始まった。エットーレの時代を髣髴とさせる馬蹄型のフロントグリルを始め、丸を基調とした優雅な内外装のデザインをもつ「ヴェイロン」は、V8エンジンを2基並べた8リッターのW16気筒エンジンを積み、最高出力は1001馬力(最高速度400km)。比類なき美しさと速さで10年に渡ってその名声を広めた。そして昨年の晩秋、後継モデルの「シロン」が発表され、日本にも初お目見えした。圧倒的なパフォーマンスはさらにブラッシュアップされ、よりモダンかつ優雅に仕立てられたスタイリングが、並み居るスーパースポーツカーとは一線を画す圧倒的な存在感を放つ。価格はおよそ3億円(から)。もちろん、その値段には裏付けがある。外観からは見通せないビスひとつに至るまで、その品質、精度は最上級なのだ――と、お披露目の場で教えてくれたのは、80年代から欧州のスーパースポーツカーを目にしてきた自動車メディア業界の先輩である。いつの日か試乗の機会を得て、その言葉を体感できた暁には、本誌で報告したい。

 
 
 
 
 
 


〈ブガッティ・シロン〉
全長×全幅×全高:4544×2038×1212㎜
車両重量:1995kg
排気量:2996cc
エンジン:W型16気筒DOHCクワッドターボ
最高出力:1500PS
最大トルク:1600Nm
駆動方式:4WD
トランスミッション:7DCT
(問)ブガッティ東京 ☎03-6427-5393

この記事の執筆者
男性情報誌の編集を経て、フリーランスに。心を揺さぶる名車の本質に迫るべく、日夜さまざまなクルマを見て、触っている。映画に登場した車種 にも詳しい。自動車文化を育てた、カーガイたちに憧れ、自らも洒脱に乗りこなせる男になりたいと願う。