秋の初め、英国紳士道を学ぶラグジュアリーなレッスンを受けてきた。
教材は、美と速さを兼ね備えたアストンマーティン、英国式パーソナルテーラリングの雄、ハケット ロンドン、そしてスコッチウィスキーの代名詞、ジョニー ウォーカーだ。クルマと装いとお酒。各分野で英国クラフツマンシップを体現し続ける本場の一流品に、男は憧憬を抱き、淑女はよろめく。その理由を紐解いていきたい。
感性と理論で形づくられるアストンマーティンの美
1限目はアストンマーティン。
このクルマの魅力は何といっても、走り手だけでなく見る者すべてを魅了する、品位溢れる美しさだ。このレッスンでは英国から来日したクレイモデラー、ジェームス・ファロン氏が、手作業でフォルムを創り上げる様子を披露してくれた。デザインのインスパイアソースは何かと尋ねてみたところ、「オードリー・ヘップバーンのスカーフ」や「海岸の波打ち際」といった、なんとも叙情的な言葉が出てきた。もちろんそうした感覚的な部分だけでなく、理論も一貫している。それは黄金比。ミロのヴィーナス、ギザのピラミッド、パルテノン神殿……。時代を超えて普遍的な美しさを伝えてきた歴史遺産は、いずれも1:1.618という比率の元に構成されている。自然界では巻貝の渦が有名だが、黄金比を目にすると、人は本能的に美しいと感じ、惹きつけられ、心地よさを覚える。それがアストンマーティンのデザインにも取り入れられているのだ。
ハケット ロンドンが今も大切にすること
2限目はモダン・ジェントルマンスタイルを提唱する紳士服ブランド、ハケット ロンドン。
ハケットのオーダースーツは国内で縫製するジャパンメイドのほかに、イギリス最高峰のファクトリーで仕立てるUKメイドがある。そのUKメイドのトップライン、プレミアムコレクションについて、英国ハケットのテーラリング部門を統括するグラハム・シンプキンズ氏の説明を受けた。
彼が顧客に提案するビスポークには、頑固なこだわりとユニークさがちりばめられている。パンツはボタンフライ。ややハイウエスト気味の深い股上も英国の伝統だ。そして頑丈すぎるくらい大きなフロントホックは、ちょっと食べ過ぎてしまった夜も、膨れたお腹をしっかり押さえてくれて、スタイルを崩さずに済みそうだ。また、ジャケットの内側には、エアチケットを折らずに収められる細長い内ポケットが付いている。ペーパーレス全盛の今となってもアナログ時代の名残りを「味」として大切にするのが、ハケットの流儀だという。
ところで英国では、生地ブランドのラベルはジャケットの内側ではなく、あえて内ポケットの内側にひっそりと縫い付けるのが一般的なのだそう。たとえ自慢したくなるような高級生地であっても、これ見よがしは無粋と考えるからだ。
琥珀色の一杯に込められた200年の歴史
締めくくりの3限目は、ジョニー ウォーカーによる紳士の嗜み、美酒についてのレッスン。
ジョニー ウォーカーには「プラチナラベル」や「ゴールドリザーブ」などの種類がある。なかでもトップに君臨するのは「ブルーラベル」である。英国のロイヤルブルーに象徴される通り、気品あるこの色を最高位としているのだ。スコットランド中の蒸留所から厳選された高品質の原酒をブレンディングし、1万樽にひとつという極みに達した希少なウィスキーのみが、このブルーラベルのボトルに詰められるという。
レッスンでは、最高峰のブレンデッド・ウィスキーの奥深さを堪能すべく、映像、音楽、そしてアンバサダーを務める金子亜矢人ベンツェ氏の導きによる、「時空を超えたヴァーチャルジャーニー」というシチュエーションでテイスティングが行われた。まずスクリーンに描き出されたのは、鳥がさえずり小川がせせらぐ爽やかな果樹林。この映像を前にノージングをしてみると、現れたのはきらめく琥珀色の液体に漂う女性的でフルーティな香りだ。場面変わって1820年、創業者のジョン・ウォーカーが経営していたスコットランドの雑貨店内が映し出される。薄暗いウッディなフロアでカカオパウダーが舞い上がると、先ほどと同じ手元のグラスのウィスキーからチョコレートの香りがほのかに匂い立つ。口に含めば、ジンジャーやペッパーなど男性的な香ばしさも…。金子氏曰く、「ブレンッデッドウィスキーはクラシック音楽に例えるなら、最高のハーモニーを奏でるフルオーケストラ」。
琥珀色の一杯に200年の歴史、自然、人の営みなど様々な要素が幾重にも重なって込められている。この引き出しの多さも英国の魅力なのだろう。
操る、装う、嗜む…。
紳士の娯楽ともいうべき3種のレッスンを通して感じたことは、英国紳士の圧倒的な自己肯定感である。これは侵略を許すことがなかった国の成り立ちに起因しているのだろうか。自国の文化や価値観に誇りを持ち、昔から変わらない良さを頑固なまでに守り抜く。それこそ英国クラフツマンシップの要なのだろう。歴史に裏づけられた貴重なストーリーをふんだんに有しながらも、自らひけらかすことは決してない。彼らのアンダーステイトメントな美徳は、日本人の奥ゆかしさにも通じるがゆえに、我々はそれに共鳴し、憧れ、ますます探究心をくすぐられてしまうのだ。
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- TEXT :
- 林 公美子 ライター