「その箱を見てごらん。リュ・ド・ラ・ペ(ラ・ペ通り)と書いてあるだろう?」
マーガレット・ミッチェルの小説「風と共に去りぬ」で、レット・バトラーが未亡人スカーレットに贈る帽子に添えた殺し文句である。南北戦争当時のアメリカ南部で、パリを代表するモードの超一流店が並ぶその地名は、すでに魔法の言葉であったとして描かれている。
未亡人に喪服を脱がせる決断をさせた店があるはずのその道、ラ・ペ通りは、オペラ座からオテル・リッツのあるヴァンドーム広場を抜け、フォーブル・サントノレのエリゼ宮に近いあたりにいたる道筋だ。華やかな通りは小生を、パリを逍遥するマルセル・プルーストになったかのような気分にさせる。夜毎に通いつめたオペラ座バレエ団の公演がはねて、大統領の住処に近い常宿に向かう道でもあった。
アートのように美しい! カルティエの新作時計
ロトンド ドゥ カルティエ ミステリアス デイ&ナイト ウォッチ PGケースモデル
ロトンド ドゥ カルティエ ミステリアス デイ&ナイト ウォッチ WGケースモデル
広場を守るかのように手前のラ・ペ通り13番地にそびえるのが、まさにカルティエ本店である。魔法にも似たミステリアスな時計のつくり手でもあるカルティエは、魅力的な新作「ロトンド ドゥ カルティエ ミステリアス デイ&ナイト ウォッチ」を世に出した。
カルティエがつくる時計には、もうひとつの時間が流れるように見えることがある。その最たるものが1912年から続く名高い置き時計の連作「ミステリー・クロック」だ。まるで針だけが空中に浮いているように見える“透明の文字盤”は、静止しているようで、いつの間にか時を進めている。時を幻惑するその時計の系譜に連なる、現代の新作が「ロトンド ドゥ カルティエ ミステリアス デイ&ナイト ウォッチ」である。こんな腕時計がつくれるのは、カルティエだけだ。
「ロトンド ドゥ カルティエ ミステリアス デイ&ナイト ウォッチ」は時針の代わりに、朝の6時から夕方までの半日、太陽の形象が透き通った文字盤上の空に昇り、沈んでいく。夜には月がその役目を引き継ぐ。長針は60分ごとに、レトログラード軌道を反復往来する。天体のダイナミズムと終わりのない地上の時間を天と地で対比させるために、不思議と機知が駆使されている。
腕時計を超えたこの時計に流れる時間もまた、普通の時間とは思えない。腕時計をつくっているようで、カルティエがつくっているのは、ひとつの覚めない夢の表象だ。だからこそ、時を知る装置としては必ずしも必要ではない現代にあって、その時計が人の心をむしろ強くとらえるのである。
問い合わせ先
- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト