出だしをほんの少し聴いただけで、「あ、これは…」と気づく曲がある。世界中で愛される人気オペラの筆頭であるビゼーの代表作『カルメン』には、前奏曲をはじめ、「ハバネラ」「闘牛士の歌」など、誰もが聴き覚えのある曲が散りばめられている。

 スペインを舞台に、魔性の女カルメンと一途な男ドン・ホセの宿命の愛を描いた『カルメン』の原作は、プロスペル・メリメの小説。その小説よりもオペラの方が有名になったのは、ビゼーの書いたエキゾチックで切れのいい音楽の魅力のためだろう。

 しかし、世界的に有名なこのオペラは、最初から人々に愛される名作だったわけではない。それを成功へと導いたのは、初演の舞台でカルメンを演じたオペラ史上特筆すべき大歌手、セレスティーヌ・ガリ・マリエの存在だと言われている。

 19世紀のヨーロッパでオペラの都といえば、ベル・エポックを迎えていたパリ。どんなオペラ作家でもパリでの成功を夢見たものだった。そのひとりだったビゼーが、セレスティーヌ・ガリ・マリエをヒロインに起用した『カルメン』は、1875年3月3日、パリ オペラ コミック座で初演を迎えた。

 しかし、艶かしい女、脱走兵、密輸団の男などが登場して、激烈なエネルギーを行き交わせる内容は観客に受け入れられず、最後の幕では氷河のごとき冷たさが客席を包んだとも言われている。そんな風に当初は“野蛮なオペラ”とされた『カルメン』だったが、やがて、このオペラの革新性を認める人も出現。歌手たちの奮闘もあって、徐々に人々に受け入れられていった。

 その成功の一番の功績者が、カルメンを演じたセレスティーヌ・ガリ・マリエ。カルメンが歌う曲が気に入らなかった彼女は、ビゼーに曲の作り直しを要求。鋭い指摘でビゼーを屈服させて生まれたのが、印象的な俗謡長のフレーズをアレンジした「ハバネラ(恋は野の鳥)」だったのだ。

 そんなセレスティーヌ・ガリ・マリエは、オペラの歴史に名を残す大メゾソプラノ。オペラでヒロインといえばソプラノがほとんどだが、基本的に『カルメン』はメゾソプラノがヒロインを歌う。確かに、ホセを惑わすときに歌う魔的なアリア「ハバネラ」は、そうした低めのメゾソプラノの声がことさら魅惑的に耳に残る。

 カルメンのように作品のタイトルになっている役柄のことを舞台や映画の世界では“タイトルロール”と呼ぶ。世界一有名なアリア「ハバネラ」が生まれるきっかけをつくったセレスティーヌ・ガリ・マリエは、その意味で、『カルメン』の真のタイトルロールなのだ。

新国立劇場「カルメン」2017年公演より 撮影:寺司正彦

世界で注目を集める情熱的な美貌の歌姫が、タイトルロールとして待望の新国立劇場デビュー

ジンジャー・コスタ=ジャクソン

 時代を超えて愛されるオペラ『カルメン』は、新国立劇場で上演される幅広い演目の中でもとくに人気の高い作品。今シーズンもファンの期待に応え、スペインの香り漂う『カルメン』の舞台が間もなく開演する。

 この舞台でタイトルロールを演じるのは、“新世代のカルメン歌い”と世界中から熱い視線を集めるジンジャー・コスタ=ジャクソン。メトロポリタン歌劇場で研鑽を積んだ後、パリ・オペラ座などヨーロッパの名門劇場で活躍。卓越した歌唱力と情熱的な美貌で、カルメンを当たり役としている。

そしてこの舞台が、彼女の新国立劇場デビューとなる。

「ビゼーは素晴らしい音楽を書いていますが、歌と同時にエネルギーとカリスマ性のある演技をしなければ説得力のあるカルメンにはなりません。そこがまたカルメンを演じることの魅力ではあります」と、コスタ=ジャクソンは彼女のカルメン観を語る。(新国立劇場・情報誌『ジ アトレ』 より)

新国立劇場「カルメン」2017年公演より 撮影:寺司正彦

 全3幕の上演時間は決して短くはないけれど、息をもつかせぬ幕切れとなる最後の見せ場まで、舞台から目が離すことができないはず。

 自由に恋し、熱く生きた魔性の女カルメンを演じるコスタ=ジャクソンは、いったいどんなオーラを放ってくれるのだろう。燃え上がるように熱いその舞台を見逃す手はない!

■新国立劇場 2018/2019シーズン
開幕公演:オペラ『カルメン』 [全3幕/フランス語上演 日本語字幕付]
公演日:2018年11月23日(金・祝)~12月4日(火)
会場:新国立劇場 オペラパレス/東京都渋谷区本町1-1-1

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音楽情報誌や新聞の記事・編集を手がけるプロダクションを経てフリーに。アウトドア雑誌、週刊誌、婦人雑誌、ライフスタイル誌などの記者・インタビュアー・ライター、単行本の編集サポートなどにたずさわる。近年ではレストラン取材やエンターテイメントの情報発信の記事なども担当し、ジャンルを問わないマルチなライターを実践する。
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