エルメスが導く、アーティストと職人の出会い

Photo : Tadzio, 2015 © Fondation d’entreprise Hermès
Photo : Tadzio, 2015 © Fondation d’entreprise Hermès

2010年にエルメス財団がスタートした「アーティスト・レジデンシー」。若き才能の育成と支援を目指すもので、アーティストたちがエルメスのさまざまな工房に滞在し、職人の技に触れ、作品制作に挑むプログラムです。

職人の協力を得てアーティストが生み出した作品を披露する展覧会が今回の「眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展」。今年9月から11月にかけて開催されたVol.1に続き、現在Vol.2が「銀座メゾンエルメス フォーラム」で開催中。アーティストの感性と職人の優れた技術が響き合って生まれた作品たちを鑑賞することができます。

展覧会の第二期では、5人の女性アーティストの作品を展示

Vol.1とVol.2の2回に分け、全9名のアーティストの作品を展示する「眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展」。クリスタルやシルバーなど硬質な素材を用いたコンセプチュアルな作品に焦点を当てたVol.1とは対照的に、Vol.2では靴や人形など日常的で色彩豊かなモチーフをいかした作品が並びます。

英国が誇る革靴の最高峰、ジョンロブの職人への敬意

例えば、ギリシャに生まれアテネを拠点に活動するアナスタシア・ドゥカが滞在したのは、革靴の最高峰と称されるジョンロブの工房。彼女はロンドンから約110km北に位置する“革靴の聖地”ノーサンプトンで、職人たちと過ごし、彼らのクラフツマンシップに魅了されたといいます。

「職人たちが日常的に触れる靴そのものを制作しようと考えました。工房で働く105名の職人と話し合い、それぞれの嗜好に基づいた靴を共に創り上げました」(アナスタシア・ドゥカ)。

工房で働く105名の職人と話し合い作り上げた靴
ずらりと並んだ約100足の靴は圧巻。アナスタシアの予想を超えて、サンダルやパンプスなどバラエティー豊かな靴が生まれました。
©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès 
靴を制作する職人の様子
職人一人ひとりと話し合って靴を制作したアナスタシア(写真右)
Photo : Tadzio, 2017 © Fondation d’entreprise Hermès 

「この作品は集団のアイデンティティーを示すもの。展示方法も重要なポイントです。すべての靴が一緒に展示されて初めて、工房のアイデンティを表現することができます。また、ペアとなる2足の間に、わざと透明な仕切りを入れました。左右の靴を分かつガラスが集団の背骨や中枢を表します」とアナスタシア。

革靴職人の生き様やクラフツマンシップに対する敬意が、彼らとの対話によってうまれた作品にいきいきと宿ります。

解体と再構築を経て、シルクの上に描かれた現代社会

パリを拠点に活動するベルギー生まれのビアンカ・アルギモンが滞在したのは、リヨンの「ホールディング・テキスタイル・エルメス」。彼女はエルメスのテキスタイル製造の柱となるシルク工房で作品を制作しました。

作品を通して社会が孕む問題を表現しようとするビアンカは、まず紙に21世紀版の「エデンの園」を描きました。大きく変化した自然、消費社会、現実を直視しない人間と動物たち。行き過ぎた現代社会を描いた作品の色彩は、シルク工房でCMYK(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラック)の4色に分解され、それぞれの色をプリントしたシルクモスリンを重ねることで、新たな質感と表情を獲得しました。

展示された作品たち
写真左がシルクモスリンを重ねて浮かび上がる、21世紀版のエデン。中央に見えるのは、エデンの一部分を拡大プリントしたシルクモスリン。写真右はデッサンが再現されるまでのさまざまな段階のシルクモスリンを7枚綴じた本。作品はこれらを総称して「エデンの西」と名付けられました。
©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès 
ビアンカ氏とシルク工房のスタッフたち
紙に描かれた「エデンの園」を囲むビアンカ(写真右から2人目)とシルク工房のスタッフたち。
Photo : Tadzio, 2017 © Fondation d’entreprise Hermès 

「自分の作品にパラドックスは欠かせない要素です」と語るビアンカ。彼女が「やわらかく光沢があり、まるで光を発するような素材」と賞賛するシルクに批判的な目線で現代社会を描いたこともまた、彼女の制作姿勢そのもの。シルクの上の「エデンの園」は、ビアンカのクリエイティビティーとエルメスが誇る素材と技が溶け合った作品といえます。

ビアンカ氏の2017年の作品「マテラッツィ」
ビアンカの2017年の作品「マテラッツィ」。「選手たちは、怪我をしたふりをして横たわり、フットボールゲームは遊ぶことができない状態にあります」とビアンカ。機能を失ったゲームは、彼女が言う自身の作品に欠かせない要素、パラドックスを表しています。
©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès 

会場には、それぞれのアーティストがレジデンシー期間以外に制作した作品も展示されており、このプログラムがアーティストにもたらした新たな変化や刺激を感じることができるのもポイントです。

「眠らない手」と名付けられた今回の展覧会では、頭で考えて動かす意識的なものではなく、手の自律的な「動き」や「しぐさ」に焦点を当てたといいます。アーティストと職人の「手」が、エルメスのもつ素材を自由な感覚で変容させた作品たち。アーティストの通常の作品と合わせて鑑賞することで、レジデンシー・プログラムの意義が一層鮮やかに際立つことでしょう。

今回紹介したふたりを含め、5名のアーティストと職人が「眠らない手」をもって生み出した作品が集結した成果展。ここでは、エルメス財団が目指す「技術と創造、技術と伝承が出会い、相互に発展し合う世界」への鍵が感じられるはずです。

眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展 Vol.2

  • 会期/2018年11月15日(木)〜2019年1月13日(日)
  • 会場/銀座メゾンエルメス フォーム
  • 住所/東京都中央区銀座5-4-1 8階
  • 開館時間/11:00〜20:00(月曜〜土曜/入場は19:30まで)、11:00〜19:00(日曜/入場は18:30まで)
  • 定休日/不定休(12月11日及び12月31日~1月2日は閉館/銀座メゾンエルメスの営業時間に準ずる)
  • 入場料/無料

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EDIT :
石原あや乃
EDIT&WRITING :
門前直子