腕時計の世界で復刻がブームになって久しい。その多くは“原点回帰”をキーワードとした、ブランドのアイデンティティを振り返る魅力的な作風だ。ヴィンテージの世界で途方もない価格高騰をしていたり、まったく市場に出てこないモデルが復活するのだから、好事家にはたまらない。そんなアーカイブの宝が、掘り尽くせないほど眠っているヴァシュロン・コンスタンタンの「ヒストリーク・トリプルカレンダー1942」が、11月9日のGPHG=ジュネーブ時計グランプリ2018で“リバイバル賞”を受賞した。間違いなく今年の“復刻ナンバーワン”であり、世界的な注目が集まっている。

復刻ナンバーワンに輝いたヴァシュロン・コンスタンタンの歴史的名品

「ヒストリーク・トリプルカレンダー 1942」

外側を一周するカレンダー表示のアラビア数字が、こちらではボルドーに。シックなストラップのカラーとも調和する。ダイヤル中央部はどちらもサンバーストのサテン仕上げ。●手巻き ●ステンレススティール ●ケース径40mm ●ブラウンのアリゲーター革ストラップ ●防水30m ¥2,332,800(税込価格)

 ジュネーブ時計グランプリは主催者組織にジュネーブ州、ジュネーブ市、ラ・ショー・ド・フォンの時計博物館、「タイムラボ」の通称で呼ばれるジュネーブ時計・マイクロエンジニアリング研究所と、複合企業グループのエディプレッスが名を連ねる。公益的な色合いが強い上に海外にも門戸を開いており、日本の時計メーカーの受賞実績もある

月と曜日・日付を表示するトリプルカレンダー。外周に1から31までの数字をすべて表示し、指針で指すポインター式デイトは伝統的なスタイル。●手巻き ●ステンレススティール ●ケース径40mm ●ダークブルーのアリゲーター革ストラップ ●防水30m ¥2,332,800(税込価格)

 公平で権威あるその賞で評価されたのは、1942年の「リファレンス4240」をオリジナルとするモデルを蘇らせたものだ。月・曜日を小窓(ギシェ)、日付をポインター式で表示する、トリプルカレンダーまたはコンプリートカレンダーとよばれる機構を、当時の典型的なツートーンのダイヤルと特徴的な数字書体で洒落のめしてみせる。往時のヴァシュロン・コンスタンタンは、どれだけ技術に優れ、粋なデザインに長けていたのか。

1942年のオリジナルに勝る、新型ムーブメント「キャリバー4400QC」

ヴァシュロン・コンスタンタンの自社開発・自社製造による新型ムーブメント「キャリバー4400QC」を搭載。約65時間ものパワーリザーブを誇る。シースルーバックからその極上の仕上げを眺められるのは、1942年のオリジナルに勝る、新作ならではの愉しみだ。

 直径40mmのケースには、クロウ(カギ爪)型のラグを配し、3列の溝=トリプル・ゴドロン装飾を彫ったケースバンドと、ディテールが凝っている。もちろん性能は現代レベルにアップデートされていて、シースルーバックから覗く美しい手巻きムーブメントは、65時間ものパワーリザーブを持つ。

 1942年といえば第二次世界大戦の真っただ中、スイスは周囲を枢軸国のドイツとイタリア、占領下で親独ヴィシー政権下のフランスに囲まれていた。永世中立国スイスとはいえども攻め込まれてもおかしくない状況下、国を指揮したのがアンリ・ギザン将軍だ。スイスでは少数派のフランス系である将軍は、仏語圏の中心都市であるジュネーブに隣接したヴォー州の出身。ジュネーブの高級時計店が並ぶローヌ通りの湖側を並行する道は“ジェネラル・ギザン河岸”と命名されている。ギザン将軍は、40万人を超える民兵を動員した“ハリネズミ作戦”で、ナチス・ドイツの侵攻を思い留まらせた。

 こうして、欧州全体を巻き込んだ戦時下であっても、高級時計の聖地を代表するブランドの工房では心おきなく素敵な腕時計がつくられていた。復刻されたその時計は、ヴァシュロン・コンスタンタンの歴史的名品であるとともに、1942年のヨーロッパとスイスの記憶を象徴する。4分の3世紀を超えてなおも魅力的に映える腕時計は、ジュネーブで喝采を浴びるのに、まさにふさわしい品なのである。

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この記事の執筆者
桐蔭横浜大学教授、博士(学術)、京都造形芸術大学大学院博士課程修了。著書『腕時計一生もの』(光文社)、『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)がある。早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校・学習院さくらアカデミーでは、一般受講可能な時計の文化論講座を開講。