日常の食卓に宝物はあり、それはだれにでも発見できるのだ
食欲そそる、食卓を巡る本3選
■1:『安閑園の食卓 私の台南物語』 著=辛 永清
『安閑園の食卓』は、台湾から日本に渡り、中国料理研究家として活躍した、辛永清氏の幼少期の実話である。裕福な家庭で育った食べ物の思い出だが、その料理がたまらない。
蓋を取ると温かな、甘い湯気に包まれる豆花。丸ごと一羽食べる生姜たっぷりの焼鶏。豚血入りのスープ。子豚の丸焼き、生湯葉を重ねた精進料理など、今の台湾でも出合えぬ料理が、情感たっぷりに描かれている。
たゆまない、つくる人への愛があり、読むだけで、同じ環境で人々と笑いながら食べた気になる。その後戦争で生活は一変するが、辛さんは言う。日常の些細なことのなかに、宝物はある。いつの時代にも、注意深く見つめてさえいれば、宝はだれにでも見つけることができると。
STORY
著者が生まれたのは1930年代の台湾。台南郊外の広大な屋敷「安閑園」には、緑豊かな庭園、実りをもたらす果樹園、野菜畑が広がり、母たちが大家族のために腕を振るっていた…。
■2:『ラーメン食いてぇ! 上・下』 著=林 明輝
次は漫画である。つくり手のおばあさんが亡くなり、喪失状態のラーメン屋店主のおじいさんに、友人の裏切りで登校拒否となった孫の女子高生が店を受け継ぐと言いだす。動揺する娘の両親。そこへネパールで遭難し、奇跡の生還をした料理評論家が加わり、話が展開していく。
荒唐無稽だが、話の芯に愛がある。笑いがあり、家族愛や友情があり、哲学がある。真理をついた味への表現があり、ラーメン屋の真実と批判もあり、料理の深層に触れている。そしてなによりおもしろく、食べたくなる。
STORY
舞台は、群馬県にあるラーメン屋「清蘭」。ラーメンへの愛を前提に、シンプルなタイトルを裏切る、複雑な人間ドラマが展開される。上巻最後の読み切り「傘がない!!」も秀逸。
■3:『春情蛸の足』 著=田辺聖子
『春情蛸の足』は、大阪人が愛する、きつねうどんやお好み焼きなどを題にした小物語で、各料理と大阪人との密愛関係が、明晰かつ人情深く描かれている。思わず食べたくなる描写も見事だが、「昼のうどんをひたすら美味しく食べるために人生はある」「下降思考の魔力を具そなえて、下品中の下品というのがあらまほしい(お好み焼き)」というように、庶民食の立ち位置を、社会学、文化人類学の面からも、考察している点が、たまらない。
STORY
表題作をはじめ、「慕情きつねうどん」「人情すきやき譚」「薄情くじら」「当世てっちり事情」など全8作を収録。大阪の食をモチーフに、豊かな人情と恋模様を堪能できる。
※本記事は2018年11月7日時点での情報です。
『超一流のサッポロ一番の作り方』(ぴあ)ほか著書多数。
- PHOTO :
- 市原慶子
- EDIT :
- 本庄真穂